プロローグ2
その後、マルティナと彼は少し会話を楽しんで、さよならをした。
彼が部屋を出ると、外で待機していたマルティナの執事が恭しく一礼をする。名をニコラスと言ったか。
「ジル様、お帰りになられますか?」
ニコラスは、整った顔立ち、ストレートな銀髪に珍しい赤紫色の眼。執事服をきっちり着こなした青年だ。
「…ニコラス、最近マルティナ様について、何か変わったことはないか?」
彼、ジルは、マルティナの夢の話を聞いた時から、ずっと心の隅に引っかかったなにかがあった。なにかいけないもののような気がしたが、一向に思い出せない。
「…?いえ、特には。ああ、ですが最近奥様は夜、灯りをつけたまま寝てしまわれる事が多いですね。」
結局は思い出せず、もやもやしたまま帰ることとなった。
今日の夢はいつもと少し違った。
"約束を交わさないか"
"いやよ"
それだけで終わるはずの夢に続きがあった。
『それでいいのか?』
影は聞いてくる。
「…どういう意味かしら?」
背中に冷や汗が伝う。わけがわからない。
『分かっているのだろう?このままだと、お前も、その腹の子も死ぬ。』
「だから、なによ…そんなこと…………!」
それだけを口にすると、足から力が抜けていき、立つことがままならずペタンと真っ黒な床にへたり込む。
自分は死んでもいい…だが、お腹の子には生きて欲しい。そう、いつも願っていた。現実を言ってしまうと、トラウマが蘇るようで怖かった。
マルティナは、以前死産した事があった。初めて授かった子。産み落とす数ヶ月前から、夫と名前を考えていた。産まれる日を、今か今かと待ちわびていた。…だが、産まれてきたその子の首には、へその緒が絡まっていて、産声をあげることすらなかった。自分を責めることしかできなかった。私が、死なせてしまった。そんな思いに心が潰される。生きて、欲しかった。
そのうち第2子を孕んだが、黒死病を患ってしまった。今度は自分の身体がもちそうにない。また、死なせてしまうのか……………。
『悪い話ではない、俺と約束を交わせ。そうすればその腹の子は助かるだろう。』
マルティナは自分の耳を疑った。
「どういう…こと…?」
『そのままの意味だ。さあ選べ。約束を交わすのか、交わさないのか。』
影は手を差し伸べる。
もはや彼女に選択肢は無いも同然だった。どうせ死んでしまうなら、可能性のある方に賭けるだけだ。
マルティナは影の手を取った。
影はニヤリと笑う。
『俺はアルベルト、お前の病だ。さあ、約束を交わそう。人と病との奇跡なる約束を。』