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病と少女と幽閉奇譚  作者: 繭月
想いは受け継がれて
1/11

プロローグ1

 コンコンと控えめなノック。


 本を置いて、顔をあげると、艶やかな長い髪が顔にかかる。


 ベッドから上半身だけを起こして、それまで本を読んでいたのは、黒髪に灰色の眼、そして病的な白い肌の美しい女性だ。服からちらりと覗く肌には、黒いシミのようなものが見える。一目で病気を患っている事が分かるだろう。


「どうぞ。」


 彼女に促されて部屋に入ってきたのは、黒のコートと帽子に白い手袋、そして鳥の嘴のようなマスクをつけた、ペスト医師と呼ばれる人だ。体格からして、男性だと分かる。目に見える持ち物は、相当年季の入っている木でできた杖のみ。たたずまいだけでも十分不気味だが、装飾してある4つの目が、さらに不気味さを醸し出している。彼は彼女の主治医だ。


「…体調の方はどうだろうか、マルティナ様。」

 数秒たって、落ち着いたバリトンの声が投げかけられる。彼は会話が苦手なのか、いつもゆっくりとしたペースで話が進められる。


 淡いオレンジ色の光が2人を照らす。


「そうね、今日は調子がいいわ。」


 広い部屋の中心にある大きなベットの横には、本が乗った小さな丸い机と椅子。その奥には大きめの窓が1つ。その傍に、化粧台と姿見。反対側には、棚とタンスが並べて置かれている。物が少なく、白と茶で統一されたシックな作りのこの部屋は、マルティナの自室だ。家具に施された優美な装飾と、部屋の広さからは、マルティナが位の高い人物だという事が分かる。


「そうか…体調の変化があれば、すぐ言うように。…では、診察を始めよう。」

 会話はマイペースだが、診察の準備は手早く行われる。頭の後ろを手で支え、ゆっくりとベッドに寝かせる。お腹までかけられた毛布を取ると、お腹が小さく膨らんでいることが分かる。


「……つわりの方はどうだ?辛くないか?」

 いたわるような手が、小さく膨らんだお腹にそっと置かれる。その言動から、マルティナが子を孕んでいるという事が分かるだろう。

「お気遣いありがとう、先生。今のところ大丈夫よ。この病気にくらべればなんともないわ。」

 彼女は嬉しそうに微笑む。


「そうか。」


 先生と呼ばれた彼は、彼女のお腹から手を離し、手早く服を脱がせていく。露になった彼女の肌は、ところどころ黒くくすんでいた。

 ペスト、通称黒死病とも呼ばれる病気だ。見たところ、彼女の症状はほとんど手がつけれないほど進行している。


「心配事があるとすれば、この子が産まれる前に私が死んでしまうかもしれない事かしら。」

 彼女の笑顔に影が差す。ここで自分が死ぬと、まだ未発達なお腹の中の我が子も死んでしまうかもしれないのが、たまらなく辛いのだろう。


「ねえ、先生。私の余命はあとどのくらい…なのかしら?」

 彼は答えない。

「………あまり、ないのね。」

 数秒の沈黙。彼の眼から見る彼女の余命は、あまりにも少なかった。もって2、3日、だろうか。


「……………すまない。」

 絞り出すような声が、マスクの下から聞こえる。テキパキと動いていた手は、いつの間にか止まっていた。

 自分を責めているのか、握りしめた拳が震えている。


「先生のせいじゃないわ…」


 彼女は目を伏せたあと、思い出したかのように、話し始める。

「…ああ、ねえ聞いてくれないかしら。最近、同じような夢を毎日見るの。」

 彼女はゆるりと話を変える。


「…夢?」


 彼は握りしめた拳を解き、服を丁寧に着せていく。今日の診察はこれで終わりだ。

 以前は瀉血という治療法を行っていたが、今ではもうしていない。今は、簡単なメディカルチェックだけだ。肌にはくっきりと、瀉血のために切った痕が残っている。


「そう。暗くてなんにもない部屋の中で、私と、影のようなものがいるの。…私がなにも言わず立たずんでいると、影が話しかけてくるの。"約束を交わさないか?"…ってね。私の答えはいつもNOよ。だって怖いじゃない?相手は得体の知れないなにかなんだから。」


 彼は椅子を引き寄せてベッドの傍に腰掛ける。


「不思議な…夢だな。」

「ええ、でもね…」

 彼女はそこで言葉を切って、その夢を思い出すかのように虚空を見つめる。


「……なんだかその影、とても馴染み深いもののように思えるの。」


 マルティナの表情は、ぼやけたように分からない。

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