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空もとべるはず  作者: さとちゃん
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第六話 青空

 6月の最後の週、気持ちよく晴れたある日の事だった。僕は久しぶりに一人で公園を散歩していた。

長かった梅雨もようやく空け、そろそろ始まる本格的な夏に向けて、日差しは勢いを増し始める、今はちょうどそんな季節だった。


 公園の新緑は目に眩しく、ふと上空を見上げれば、雲一つない青空の真ん中から、初夏の日がガンガンと照り付りつけていた。

 僕はいつものお気に入りベンチに腰掛けると、うーーーーーんと思いっきり背を伸ばした。こうやって雲一つない空を眺めていると、昔々に空を飛んだ日々の事を思い出すなーーー。


「ガン!!」


僕が思い出に浸ろうとした瞬間、いきなりベンチが蹴っ飛ばされ、その衝撃で跳ね起きた。


「どうしたのよ。急に居なくなるなんて。びっくりするじゃない。」

 こんな事をする人間は一人しか思い浮かばない。振り向くまでもなく、ベンチを蹴っ飛ばしたのは妻の「のぞみ」だった。


「いや、男はたまに一人になりたい時があるんだよ。」


「だからって新婚早々、身重の妻をほっといて、

 ほっつき歩く事も無いでしょ。」

そう、彼女は妊娠5ヶ月、お腹に居るのは可愛い女の子だそうだ。


「だから、名前を考えてたんだって。」


「ほうほう、聞かせてもらいましょう。」

彼女はそう言って、僕の隣に腰かけた。

170cmの身長にすらりとした手足、

栗色の長い髪と整った目鼻立ち。

月山奇つきやまのぞみ」と生き写しの容姿を持つ彼女の旧姓は「山田希やまだのぞみ

そう、月山家のお隣の山田さんの娘だ。


「輪廻転生」


それが月山奇つきやまのぞみ最後の奇跡の正体だった。

     ・

     ・

     ・

 月山さんを喪った夏休みも終わり、二学期最初の登校日の事だった。傷心を押して登校した僕を迎えたのは、クラスメートの質問攻めだった。質問内容は主に月山さんの事と、僕の具合についてだ。事実と少し異なるが、僕が月山さんの自殺を止めようとして入院した事は、クラスの皆に一種の武勇伝として受け入れられたらしい。


 僕は適度な嘘と幾分かの真実を交えて、彼女の最期をクラスの皆に伝えた。その時気付いた事が有る。分かり合えないと勝手に決めつけていたクラスメイト達は、実際に話してみると気の良い奴ばっかりだったのだ。

 またクラスメイト達は僕の理数系の成績に、ある程度畏敬の念を持っていたらしく、僕のクラスでの立ち位置は「少し取っ付き辛いが、頭が良くて男気も有る奴。」で落ち着いた。


 月山さんを失った心の痛みは、正直耐えがたいモノだったが、皮肉にもその事が僕を人間的に成長させる手助けをしたらしい。おかげで高校の3年間は友人にも恵まれ、充実した日々を過ごすことが出来た。


 卒業後の進路は色々迷った末、得意の理数系の能力を生かして、理系の大学に進むことにした。ただ数学者になるには独創性に乏しかった為、素直に教育者の道を目指すことにした。そこそこ有名な大学で、みっちり4年間数学を学んだ後、僕は高校の数学教師になった。


 その後、あちこちの高校で教壇に立ち続けた。前途の有る若者に数学の面白さを教える仕事は、思ったより性に合っていた。

 そして、しばらく地方を転々とした後、僕は定年退職した吉村先生の後任として、母校で教鞭を取ることになったのだった。月山奇(つきやまのぞみ)の死から数えて16年後の春のことだった。

     ・

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     ・

16年ぶりの母校で、僕は1年A組の担任を任されていた。


「起立・・・礼・・・着席。」


 入学式の後のクラスのHRで、僕はとりあえず生徒に自己紹介をやらせることにした。こちらも生徒とは初対面なので、ついでに顔と名前を覚える事にしよう。


 1年A組には気になる女生徒が二人いた。

月山恵つきやまめぐみ」と「山田希やまだのぞみ


 月山恵はどうやらあの月山奇つきやまのぞみの妹らしい。住所が同じだし、眼鏡を掛けてはいるが何となくのぞみの面影が有る。


 そして山田希やまだのぞみ。名前からして、16年前に奇の焼香の時に出会った山田夫妻の娘だろう。家が隣のせいで月山恵とも仲が良いらしい。

 ただ、彼女を最初に見た瞬間、僕は心臓がが止まりそうになった。170cmの身長にすらりとした手足、栗色の長い髪と整った目鼻立ち。そう、彼女の容姿は16年前に他界した月山奇つきやまのぞみに生き写しだったのだ。


 「山田希やまだのぞみです。趣味はバスケットボールです。皆さんよろしくお願いしますね。」

モデルの様にすらりとしたスタイルに、整った目鼻立ち。いかにも体育会系らしい、溌剌とした自己紹介。クラスの男子が騒めくのが判る。


 「では先生、これからもよろしくお願いしますね。」

山田希やまだのぞみは皆に挨拶したあと、担任である僕のところに来て、両手で握手を交わした。クラスメイト達から「ヒューヒュー」と冷やかしの歓声が上がるが、山田希やまだのぞみは気にしていない様だ。

 柄にもなく頬が赤くなるのが分かる。落ち着け・・・いくら月山奇つきやまのぞみそっくりとはいえ、彼女が僕を知っている訳が無い。

 ただ、さっきの握手の瞬間。僕は手にノートの切れ端を握らされた事に気が付いた。教卓の陰でこそっそり開けてみると、そこにはこう書かれていた。


「今日の放課後、例の場所に来てください。」


 やがて自己紹介を兼ねたHRが終わった。初日は授業が無いため、本日はこれで終業だ。僕の目線は自然に山田希やまだのぞみを追っていたが、彼女は隣の月山恵つきやまめぐみと、なにやら話しこんでいるようだ。


「ゴメンね恵ちゃん、今日は先に帰ってて。」


「わかった。頑張ってね、お姉ちゃん。」


 山田希やまだのぞみ月山恵つきやまめぐみとその会話を交わした後、僕に目配せをして教室を出て行ってしまった。


お姉ちゃん??・・・月山恵つきやまめぐみは確かに山田希やまだのぞみをそう呼んだ。


「そうか、私が生きていたら妹になるんだ。」


16年前の月山さんの言葉が頭を過る。

まさか・・・


改めて先のノートの切れ端を見てみる。

「今日の放課後、例の場所に来てください。」


例の場所・・・僕にはあの場所しか思い当たらない。


僕は16年ぶりに屋上に向かう階段を上っていた。

頬が火照る、心臓が高鳴る。

まさか、まさか、そんなハズは!!


屋上の重たい扉を開けた先。

4月の暖かな春の日差しを浴びて、彼女はそこに立っていた。

その足はしっかり屋上フロアを噛みしめて。


月山奇つきやまのぞみ改め

 山田希やまだのぞみただいま参上!!」


「久しぶり・・・今回は16年ぶりくらいかな。」

おもわず泣きそうになるのを堪える。こんな事が起こり得るなんて。


「ふふっ、その頃、私はまだ産まれてなかったけどね。」


「でも、覚えていてくれたんだ。」

やっとわかった。月山奇つきやまのぞみ

最後の奇跡とはこれだったのだ


「もう、空は飛べないんだね。」

僕はしっかりと屋上フロアを踏みしめている彼女を見ていった。


「ええ、飛べないし、鉛筆転がしで100点も採れない。

 壁抜けも念動力も使えないし、未来も全然解らない。

 残念?」


「いや、全然。」


「こっちも普通に産まれて来てほっとしたわ。

 また屋上から飛び降りるのだけはご勘弁。」


「ははっ、確かに。」


「ありがとうね、貴方がお母さんに言って、

 名前を変えさせてくれたからよ。」


「あれって、やっぱりそうなのか?」


「さあ??どうなんでしょう。」

彼女はそういって悪戯っぽく笑った。


「どちらにせよ、もう奇跡は要らないよ。

 君に再び出会えたんだから。

 で、未来の判らない生活はどうかな。」


「貴方の言った通りよ、嬉しいと悔しいの繰り返し。

 何が起こるか解らない毎日が、

 こんなに楽しいとは思わなかった。

 で、貴方はどんな嬉しいと悔しいを

 私に与えてくれるのかしら。」


「今日会ったばかりの君に、

 こんな事言うのも変だけど・・・

 ずっと君が好きだよ。」

ああ、やっと現在形で言えた。

その一言をきっかけに彼女は僕の胸に飛び込んできた。


16年前、手に入れかけて失った、

暖かくて柔らかい感触。もう二度と離すもんかと思う。


「背伸びたね。」

「そうかな。」

当時の僕は彼女を見上げていたが、

幸いにも高校卒業まで背が伸び、

僕の身長は180cmになっていた。

「だいぶ年上になっちゃったけどごめんね。」


「でも、カッコよくなったよ。」


「ありがとう・・・」


「で、言いたいことはそれだけ??」


「僕と結婚してください。」


「こちらこそ喜んで、

 ただ高校はちゃんと卒業させてね。」


「はい、それまでは色々我慢します。」


 結局、この約束は無事に守られ、彼女の高校三年の卒業式の日、僕は改めて彼女にプロポーズした。彼女はバスケ部のエースで男女ともに大人気だったので、二つ返事でOKした彼女の後ろで、多くの涙が流されたのだった。


     ・

     ・

     ・


「で、なんて名前にしたの。」

 卒業式から約4ヶ月ほど経った六月の終わり、彼女は妊娠5ヶ月だった。えっ、計算が合わない。数学教師なのに?? 人生は単純な方程式だけじゃ解けないのだ。


「ああ、やっぱり「のぞみ」が良いんじゃないかなと思って。」


「ええ、また「のぞみ」なの・・」

彼女は不服そうだった。


「うん、でも望みが叶うののぞみ


「なるほど、親子合わせたら希望になるわけね。

 よし、それで行きましょう。」

どうやら納得してくれたようだった。一人になって考えた甲斐があった。


 のぞみは僕の肩に頭を預けると、まだそれほど大きくないお腹をさすりながら言った。


「ねえ、のぞみちゃん。

 貴女が大きくなって、

 人を愛することと、

 失うことの意味を知ったなら、


 貴方とママが知り合う前、

 誰も知られずに世界を救って亡くなった、


 もう一人の「のぞみ」のお話しを

 聞かせてあげるね。」


 僕たちは並んでベンチに腰掛けて、なんとなく上空に目を向けた。僕たちが一緒に見上げた青空は、20年近く前に一緒に飛んだ空と繋がっていた。ただ、もう空を飛びたいとは思わなかった。奇跡が欲しいとも思わなかった。奇跡は僕の隣に居るし、彼女のお腹の中にも居るからだ。

 公園の新鮮な空気を取り入れるべく、僕たちは大きく深呼吸をした。僕たちの吐いた息は、何故かキラキラと輝いて、雲一つない六月の空に消えていった。


おしまい。

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