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空もとべるはず  作者: さとちゃん
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第五話 奇跡

 勝手に病室から出歩いたせいで、僕は戻ってから医師と看護婦にこっぴどく怒られた。その後も何だかんだで一週間入院させられ、退院した時は既に夏休みに突入していた。

 休みに入ったせいで僕は思う存分、月山奇の願い事をかなえるべく動くことが出来た。ただ、いろいろと準備している内に。結局、7月も終わって終ってしまったが。

 

 万全の準備が整ったのを確認してから、僕は学校の回覧簿を引っ張り出し、月山さんの家に電話を掛けた。

「はい、月山です。」

電話に出たのは年配のご婦人だった。恐らくのぞみのお母さんだろう。


「もしもし、僕はのぞみさんの

 クラスメイトで・・・と言います。 」


「はあ、どんなご用件でしょうか。」

声に力が無い。まあ、一人娘を亡くしたとこなんで無理もないだろう。


「奇さんとはお友達でした。

 実は最近まで入院してまして、

 ご焼香がまだなんです。」


「貴方、ひょっとして、のぞみを助けようとして、

 巻き込まれた人?」

 事実と少し異なるが、どうやら世間的にはそういう事になっているらしい。この際なんでその話に乗っかることにした。

「ええ、そうです。これも何かの縁なので、

 もしよかったら、お宅に伺いたいのですが、

 明日とか大丈夫でしょうか?」


「大丈夫ですわ。ありがとうござます。

 奇も喜ぶと思います。」


 次の日、僕はショルダーバックを引っ提げて、月山さんの自宅に向かった。バックの中には月山さんの頼みを叶えるための例のブツが入っていた。月山さんの家は、住宅街の外れにある閑静な一軒家で、僕は緊張しながら呼び鈴を押した。


「はーーーーい。」


 まもなく間延びした声がして、年配のご婦人が出迎えてくれた。間違いなくのぞみのお母さんだろう、なんとなく面影が似ている。

「遠慮なく上がってください。」


「それじゃあ、お邪魔しますね。」

 僕が通されたのは、庭の離れに有る和室だった。そこには仏壇が置かれており、廻りには座蒲団が敷かれている。僕は仏壇の正面にある座蒲団に腰かけると、焼香の後でリンを鳴らし、しばし手を合わせた。仏壇の中には袱紗に包まれた彼女の遺骨と、制服を着た彼女の遺影が置かれていた。


「ごめんなさいね。うちの娘が最後まで、

 ご迷惑を掛けたみたいで。」

お母さんはそういって力なく笑った。無理やりの笑顔が心に痛い。


「迷惑だなんてとんでもない。

 出来れば助けてあげたかったです。

 奇さんの事、好きでした。」


「そうなんですか。」

 お母さんは少し複雑な表情をした。一応、嘘は言っていないが、これから行う犯罪の伏線だと思うと、罪悪感が込み上げてくる。


「すみません、少し奇さんと、

 二人きりにさせて頂けますか??」


「ええ、でしたら少し外しますね。」


 お母さんはそういって、和室から出て行ってしまった。その足音が聞こえなくなるのを待って、僕は行動を開始した。チャンスは一回切り、僕は仏壇に置かれている袱紗に手を伸ばすと、中から奇の遺骨が入った骨壺を取り出た。幸運にもそれは僕が持ってきた骨壺にそっくりだった。僕は予め鞄の中に用意しておいた骨壺と、奇の骨壺を入れ替え、後はそ知らぬフリをして殊勝に手を合わせ続けた。


2、3分後お母さんが、30代くらいの男女を伴ってやってきた。

「すいません、山田さん。あいにく来客中でして。」

僕の姿を見たお母さんが、その男女に向かって言った。

どうやら夫婦らしい。


「ああ、僕にはお構いなく。間もなく退出しますんで。」

 とりあえずブツは回収できたので、僕はずらかろうとした。

ただ、山田??


「ひょっとして、お隣の山田さんですか?

 彼女に何度かお話は聞いていましたんで。」

僕はその見知らぬ夫婦に向かって話しかけた。


「ええ、そのお隣の山田です。

 奇ちゃん何て言ってました?」

 夫人の方が、僕に笑顔で答えてくれた。山田夫人は少しトウが立っていたが、柔らかくて知的な感じの素敵な女性だった。


「ええ、山田さんの家に、

 早くお子さんが出来ないかなって、

 いつも話してましたよ。」


「そうなんですか。

 実はその事で今日は奇ちゃんに、

 報告する事が有ったんですよ。」


「じゃあ、ひょっとして。」


「ええ、妻が懐妊したみたいなんですよ。」

山田さんのご主人が妻の言葉を継いだ。


「おめでとうございます!!」

夫婦とは初対面にも関わらず、僕はなぜか我が事の様に嬉しくなった。


「でも皮肉ですよね。妊娠した日を逆算すると、

 ちょうど奇ちゃんの命日に当たるんですよ。

 こんな偶然ってあり得るんですね。」

 ああ、やはり彼女は間違っては居なかった。山田夫人が懐妊したのは、彼女が手放した奇跡の効果に違いない。


「妻と話したんです。

 この子はきっと、

 奇ちゃんの生まれ変わりに違いないって。

 だからもし女の子が産まれたら。

 名前は(のぞみ)にするつもりです。」

 僕はなんだか微笑ましい気持ちでいっぱいになった。ただ、これだけは話しておいたほうが良さそうだ。


「あの、折角の良いお話に水を差す様でなんなんですが、

 (のぞみ)ちゃん、

 自分の名前があまり気に入ってないようでしたよ。

 どうせなら希望の「希」で「のぞみ」が良かったって、

 よく僕に愚痴ってました。」


「そうなんですね。

 じゃあ、本人の希望を尊重して、

 もし女の子が生まれたら、

 そっちの「のぞみ」にしますわ。」

山田夫人はそういって、幸せそうに笑った。(のぞみ)が自らの命と引き換えにした笑顔だった。

   ・

   ・

   ・

 月山さん宅を退出した後、僕が向かった先は駅前のスカイビルだった。スカイビルは地上30階立ての我が町で一番高いビルで、中には会社のオフィスが入っている。学生の僕が勝手に入れる場所ではないし、用が有るのは屋上だったので、仕方なく忍び込むことにする。ううっ、今日はよく犯罪を犯す日だな。


 眠たげな守衛の目を掻い潜り、エレベーターを乗り継いで何とか屋上へたどり着いた。幸いにも屋上には誰も居なかったので、僕はその扉を屋上側から施錠した。正直これから行うことは、誰かに見られるとまずいのだ。


 彼女と一緒に飛んだ時の標高1000m地点には及ぶべくもないが、ここもかなりの絶景で、僕らの学校や近所の公園が遥か眼下に望める。僕は屋上の真ん中辺りで、ショルダーバックから骨壺を取り出すとその蓋に手を掛けた。


「私の骨壺を盗み出して、出来るだけ高くて人の居ない場所で空けてほしい。」

それが彼女のお願いだったのだ。


 恐る恐る骨壺の蓋を開いた瞬間、中から一条の光が立ち上った。光は最初真っ直ぐ天に登って行ったが、やがてクルクルと渦を巻いて降りてきた。光はしばらく屋上フロアでクルクルと回転していたが、やがて人型になり、彼女の姿を形どった。


「月山奇ただいま参上!!」

病院の上での再会ほど衝撃は無いが、

彼女に出会えて嬉しい事には変わりがない。

「久しぶり・・一か月ぶりくらいかな??」


「で、ここは一体どこなの??」

月島さんは暫く辺りを見渡して小首を傾げた。


「駅前のスカイビルだよ。」


「へえ、ここがそうなんだ。」

月山さんは物珍し気に、

ビル向こうの風景に見入っていた。


「さて今回も種明かしをしてもらおうか。」


「ええ、もう解ってると思うけど、ここに居る私は、

 この前病院で逢った時と同様、生身ではなくて、

 奇跡で出来た幽霊みたいな存在よ。」


「それは何となくわかる。」


「ただ今回の奇跡はこの前の病院の奴より

 だいぶ量が多いの。だから時間もたっぷりある。

 なので、今回はどんな質問も答えちゃうわ。

 なんでも聞いちゃって頂戴。」

 確かに未来予知能力があり奇跡の塊である今の彼女に、答えられない質問は無いだろう。ただ、僕が聞きたかったことは、地球の未来でも人類の行く末でもなんでもなく、もっと身近な下らない事だった。


「遺書なんて書いたの。」


「な、なぜそれを聞く!!!」

彼女は明らかに動揺していた。


「いや、病院で短い遺書が有ったって言ったから、

 どんなの書いたのか気になって。」


「書いたは書いたけど、内容はちょっと・・・・」


「えっ、どんな質問にも答えてくれるんじゃなかったの。」


「お母さん。お父さん。先立つ不孝をお許しください。

 のぞみはお星さまになります。」

月山さんはぼそりと言った。


「短っ!! 本当にそれだけなの??」


「だって、遺書書くのめんどくさかったんだもん。」

 僕は月山さんのお母さんが落ち込んでいた理由が分かった気がした、大切に育てていた娘が、その一文で人生を終わらせられた日には、そりゃあ生きる気力も無くなるわ。


「大丈夫だって、

 月山家にはスグに跡取りが生まれるから。

 可愛い可愛い女の子。

 そうか、私が生きていたら妹になるんだ。」


「子供と言えば、

 山田さんの奥さんも妊娠したらしいよ。」


「本当!!それは凄く嬉しいニュースね。」


「ただ、君と同じのぞみって

 名前を付けようとしていたんで、

 希望の希の「のぞみ」を推奨しておいた。」


「ふふっ、ありがとう。

 じゃあ、私からも一つ質問良い??」


「ああ、なんでも聞いてくれ。」


「すり替えた骨壺の中、何入れたの。」


「な、なぜそれを聞く!!!」

今度は僕が動揺する番だった。


「えっ、どんな質問にも答えてくれるんじゃなかったの。」

彼女はさっきの僕の言葉を正確に繰り返した。


「馬の骨・・・近所の獣医さんに貰った。」


「ぷっ、どこの馬の骨だよ・・・ってオチね。」


「仕方ないだろ、人骨は手に入らないし、

 プラスチックとかはバレそうだし。」


 久しぶりに逢ったにも関わらず、僕たちは相変わらずくだらない話をした。その他愛ないやり取りは、彼女が死んだことを一瞬だけ忘れさせてくれた。


「ではでは、そろそろ本題に入ります。

 さっきも言ったように、今ここにある奇跡の量は、

 この前の病院の奇跡と比べても桁外れに量が多いの。」


「多いって言われても、具体的な量が分からないんだけど。」


「そうね、飛ぶときに飲んでいた、

 フルーツ牛乳換算で、

 大体東京ドーム10個分くらい。」


「そりゃ、凄い!!」

なんか胸焼けしそうなくらいの奇跡の量だ。


「正直、これだけの奇跡が有れば、

 世の中に出来ない事なんてないわ。

 

 一生空を飛び続けることも出来るし、

 世界一のお金持ちになることだって出来る。


 大好きな女の子のハートを射止めることだって出来るし、

 それこそハーレムの王様になることも出来る。」


「うおーーー、凄い!!凄いぜ!!」


「この奇跡を、今までお世話になったお礼に

 貴方に差し上げようと思っています。」


「要らないよ。」

僕は即答した。


「どうして。」

彼女のどうしては疑問形では無かった。

そう、まるで僕がそう答える事を知ってたかの様に。


「そこに有る君の形をした奇跡は、

 これから産まれてくる子供たちのモノだからだよ。

 一人の人間が私利私欲の為に使って良いものじゃない。」


「貴方なら、きっとそう言うと思ってた。」

 僕はテストで模範解答をした時の様な、誇らしい気持ちになった。


「それにどれだけ奇跡が有ったとしても、

 僕の望む未来は決して手に入らない。

 君と一緒に過ごすという未来は・・」


「ありがとう。すごく嬉しい。」

 彼女は本当に嬉しそうだった。


「本当はね、こんな奇跡なんて残るはずが無かったの。

 この世に未練なんて無かったし、

 私が死んだら綺麗さっぱり、

 奇跡がまき散らされて終わるはずだった。」


「じゃあ、なぜ奇跡が残っちゃったの。」


「貴方のせいよ。」


「僕の??」

彼女の言葉の意味が解らなかった。


「未来が分かるって事はね。

 読み飽きた本を更に読み返しながら生きる様なものなの。

 そこに有るのは退屈だけ。

 だから私は死ぬことなんてちっと怖くなかった。


 でも、屋上で貴方と逢って、

 私は生まれて初めて生きたいと思ったの。

 

 そう、貴方と一緒に、

 数学の問題をチマチマ解く様に生きたいと。

 

 骨壺の中に残っていたのは、

 のぞみという女の子が残した未練のあと

 だから奇跡なの・・・」


「僕も君と一緒に生きたかったよ。

 空なんて飛べなくても、未来なんて分からなくても、

 君と一緒に生きたかった。」


「ああ、嬉しい。けど、悔しい。」


「君は知らなかっただろうけど、

 生きるってのは、

 その『嬉しい』と『悔しい』を

 繰り返す事なんだよ。」

僕のその一言に、

彼女はなぜか納得したようだった。


「わかった。

 貴方が受け取ってくれないなら仕方ない。 

 この奇跡は予定通り世界に還すことにするわ。」

 世界一のお金持ちや、ハーレムの主に興味が無いと言えば嘘になるが、タナボタで手に入れた力で幸せになるとは思えない。


「最後に、一つだけ聞いて良い。

 前と同じ質問だけど、

 もう一度私に逢いたい?」


「逢いたい。どんな事をしても、

 もう一度君に逢いたい。」

僕の答えも前と同じだった。


「今度は少し先になっちゃうかも知れないけど、

 構わない?」


「いつまでも待つよ。」

 僕のその言葉で、彼女は何を決意したようだった。目に強い力が宿り、僕を真っ直ぐに見つめ返す。


「じゃあ、見ていて。

 これが月山奇の最後の奇跡よ。」

 彼女は胸の前で両手を交差させると、音もなく浮かび上がった。体がキラキラと輝き始め、そのキラキラが徐々に散らばって消えていく。今なら分かる。彼女は奇跡で出来た自らの体を世界に還しているのだ。僕は泣きそうになるのをどうにかして堪えた。ここで泣けば、彼女に未練が残る。残った未練は奇跡となって、世界の均衡を乱すだろう。


彼女は僕に微笑みかけながら言った。

「私は居なくなっても、悲しんじゃダメよ。

 私は奇跡になって世界と同化するの。

 その気になって探せば、

 私は世界のどこにもでも存在する。


 貴方が毎日吸う空気の中にも。

 貴方が毎日食べるご飯の中にも。

 貴方が毎朝飲むコップの水の中にも。

 私は少しずつ存在する。


 忘れないで。 

 私に起こった本当の奇跡は、

 この世に産まれたことでも、

 空を飛んだことでも無い。

 貴方に逢えたことなの。

 

 忘れないで。 

 忘れないで居てくれたら、

 貴方は私の最後の奇跡の目撃者になれる。


 ありがとう。

 素敵な思い出をありがとう


 ありがとう。

 こんな私を好きになってくれてありがとう。


 ありがとう。

 お願いを聞いてくれてありがとう。 


 ありがとう。

 最後の未練から私を開放してくれてありがとう。 


 ありがとう。

 そしてまた逢いましょう。

 愛と命と奇跡の狭間のこの世界で。」


 彼女は最後にそう言い残して、八月の空に消えてしまった。


 その年。僕らの町の出生率は過去最高を記録した。


つづく

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