第三話 上空
放課後の月山さんの飛行講座が始まってから、僕は学校に来るのが楽しくなった。もっとも楽しいのは放課後だけで、授業中や昼休みは相変わらず一人ぼっちだったが。
一人ぼっちと言えば、僕の隣席の月山さんもいつも独りぼっちだった。月山さんはスタイルも運動神経も抜群の上、無茶苦茶美人なので、普通にしていたら人気がでそうなのだが、ものすごく無口な上、たまに突拍子も無い事を口走るのだ。
例の数学のテスト以外で、月山さんの評価を決定付けたのは、入学して間もない頃に起こったある告白事件だった。我が校のNo.1モテ男である2年の杉山先輩が、どこかで月山さんを見初めたらしく、自分と付き合って欲しいと告白したのだ。
杉山先輩はサッカー部のキャプテンで、ジャニーズ顔負けの男前だったが、女に手が早い事でも有名で、女生徒の評価は真っ二つに分かれる。杉山先輩はよほどOKされる自信が有ったのか、わざわざクラスメイトの見ている真ん前で月山さんに告白したのだ。
衆人環視の中、堂々と月山さんを口説く杉山先輩。ただ、月山さんの返事はこうだった。
「ごめんなさい。
間もなく学校を辞められる方とお付き合いしたところで、
楽しい学校生活がおくれるとは思いませんわ。」
月山さんはそう言うと、杉山先輩を無視してさっさと帰り支度を始めてしまった。上級生をまるで敬わない月山さんの態度に、一瞬にしてクラスの空気が凍り付いた。
「まて、それはどういう意味なんだ。」
クラスメイト全員が見守る中で、杉山先輩は少し声を荒げて月山さんに詰め寄った。ただ、月山さんは冷静そのものだった。
「どういう意味って言葉通りの意味です。
あと、女性はもう少し大切に扱ったほうが
良いと思います。」
月山さんそう言い放つと、教室で固まってしまった杉山先輩を残して、スタスタと帰ってしまった。そして、その告白事件から3日後、杉山先輩は下級生と校内での不純異性交遊がバレて退学になったのだった。
ちなみにそれを密告したのは、杉山先輩の元カノだった同級生だ。つまり月山さん言ったことは紛れもない真実だった。
ただ、その日を境にクラスメイト達は明らかにの月山さんと距離を置きだした。
「触らぬ神に祟りなし。」
それがクラスメイト達の月山さんへの態度だった。
親しくなって分かったのだが、月山さんは話しをする限り、頭の回転も早くて、クルクル表情も変わる、魅力的だが、ごく普通の16歳の女の子だった。恐らくあまりにも突拍子も無い能力を持って産まれた為、自然に人を遠ざける癖が付いたのだろう。
もっとも、僕と月山さんはお互い示し会わせて、教室で会話することを止めていた。変な噂が立つのが嫌だったし、一人者同士でつるんでいると思われるのはもっと嫌だったらかだ。よって、二人が接触する機会はあくまで放課後の飛行講座に限られていた。
ただ、月山さんは始めこそ熱心に空の飛び方を教えてくれたが、やがて段々ぞんざいになり、ついには何も教えてくれなくなった。
まあ、これも飛んでみて初めて分かったのだが、空の飛び方は水泳と同じで、基本が出来ていると、習うより慣れろの要素が大きいのだ。
なので、ここ数日の月山さんは、最初に僕に奇跡入りのフルーツ牛乳を渡すと、フェンス脇のベンチに腰掛け、文庫本を読んだり、昼寝したりし過ごしていた。
ちなみに屋上のベンチの傍らには、いつの間にかビーチパラソルと本棚が置かれていた。持ち込んだのは絶対に月山さんだが、どうやって運んだのかは聞かないでおこう。
また、月山さんは退屈すると、話し相手としてすぐに僕を呼んだ。彼女の手元には高級レストランにありそうな呼び鈴が置かれていて、それを鳴らすと直ぐ僕が駆けつけなければいけないルールになっていたのだ。
彼女に奇跡を分けてもらっている立場としては、ここでヘソを曲げられるわけにはいかん!!!
ただ、それはあくまでも表向きの理由で、彼女の話し相手をする時間は、空を飛ぶのと変わらないくらい楽しくて有意義な時間だった。
僕がもっとも興味を持ったのは、彼女の奇跡にまつわる話だった。どうやら彼女の奇跡の能力は大きく分けて二つ「確率操作」と「未来予知」らしい。
「確率操作ってのは、
0%でない確率を無理やり100%にする能力の事よ
空を飛んだり、鉛筆転がしで満点を取ったり、
他にも手を触れずに物を動かしたり、
壁をすり抜けたりも出来るわ」
「いずれにせよ便利すぎる能力だな。」
「そうかしら。」
「で、未来予知ってのはどんな力なの??」
まあ、名前からして想像できるが、少し詳しく知っておきたい。
「これは確率操作と違って、
100%自分の思い通りになる能力じゃないの。
信じられないかも知れないけど、
私は特定の未来について考えた時、
その未来を思い出すことができるのよ。」
未来を思い出す・・・ものすごく違和感のある言葉だ。恐らく杉山先輩の退学を言い当てたのはその力なのだろう。
「うーーん。よくわからない。
たとえ話で教えてほしい。」
「例えば明日、友達の良子ちゃんと、
遊ぶ約束をするじゃない。」
「ふむふむ」
「で、良子ちゃんの明日について考えると、
階段で転んで怪我した足に包帯を巻いた
良子ちゃんを思い出すの。」
「明日なのに思い出すんだ。」
「うんそう。」
「で、実際に明日になったら、
階段で転んだ良子ちゃんが
足に包帯を巻いている訳か。」
「うん。」
「思い出した未来ってのは、変えられないの??」
「過去の思い出を変えられないのと、
同じ理由で変えられないわ。」
「良子ちゃんに階段で転ばない様にって注意しても。」
「未来は変わらないわ。」
「絶対に絶対?」
「絶対に無理、前提条件が変わらない限りは。」
「前提条件??」
「例えば世界から階段という階段が消えてなくなる。」
「現実的じゃないな。」
「明日の朝を迎える前に、
良子ちゃんが車に跳ねられて死んじゃう。」
「未来予知の意味が無いな。」
「でしょ、基本的に未来予知ってのは、
何の役にも立たないの。
だから私もその能力は
なるべく使わない様にしているの。」
彼女の言う事はなんとなく理解できた。人は未来が分からないからこそ、そこに夢や希望を抱いて生きていくことが出来る。過去と同じく未来が分かりきっているのなら、人は何のために生きてるのか解らなくなるだろう。
ただ、彼女自身は自らの未来について、何か知り得ているのだろか?そして僕の未来についても。聞いてみたい半面、聞くのが凄く怖くもあった。
「君が使える奇跡は
確率操作と未来予知の二つなのか?」
その二つでも十分凄すぎるが、どうせなら全部知っておきたい。
「実はもう一つ、最後の奇跡が有るの、
使ったことも無いし、使う予定も無いけど。」
「どんな能力・・・」
「うーーーーん、内緒。」
結局、彼女は教えてくれなかった。
「しかし便利な能力だよな」
これは僕が彼女に能力の話題を振ったときの話だ
「そうかな」
「生まれつき、その力が使えたの??」
「うん、物心付いた時から。」
「僕からしたらどうしてそんな能力が
身に付いたのか不思議でしょうがないんだけど。」
「解らない・・私からしたら、
むしろ他の人が出来ない理由が分からない。
私にとって奇跡を使うことは、
息をしたり、話をしたりする事と同じレベルで
ごく普通の行為なの。」
なるほど・・と思うところが有る。彼女の様な超能力では無いが、僕も理数系の演算能力はよく飛びぬけていると言われた。ただ、僕からしたら、他の人に出来ない理由が分からない。恐らく能力とはそういうものなんだろう。
「私・・もっと普通に生きたかった。」
月山さんは恨めし気に言った。
「普通??」
僕はその意味が解らなかった。
「うん、二十歳過ぎて適当な相手と結婚したら、
後はワイドショーみてボーとする主婦になりたいの。
出来の悪い子供を2、3人こさえて、
適当な学校に放り込んだら、
あとは近所の主婦友達と井戸端会議で盛り上がりたいの。」
うーーーーん、夢が有るんだか、無いんだかわからん話だ。ただ、彼女の様な能力を持ってしまえば、
良かれ悪しかれ、普通と違う人生を送らざるを得ないだろう。
「結局こんな変な体質になったのは、
絶対この名前が原因だと思うの。
のぞみって呼び方はともかく
『奇』と書いて『のぞみ』って呼ばせるのはどうよ。」
月山さんはとうとう自分の能力を名前のせいにし始めた。
「名前は関係ないと思うけど。」
本人的にはイマイチ不満らしいが、僕は彼女の「奇」という名前が密かに気に入っていた。なんというか非常に「らしい」名前だと思う。
「どうせなら希望の希でのぞみが良かった。」
「確かにその方が一般的かもね。」
僕は気の無い返事を返したのだった。
ただ、そんな無駄話で時間を費やしながらも、僕の空の飛び方は段々上達してきた。少なくとも屋上を飛び回る分には、彼女と遜色が無いくらいには・・・
「よし、今日は思いっきり高く飛んでみましょう。」
そして僕の上達を認めての事か、飛行講座が始まって一週間目。月山さんはついにそんな事を言い出した。
「高くってどのくらい??」
「そうね、大体標高1000mくらい。」
「そっ、そんなに高く飛んで大丈夫なの??」
「大丈夫、大丈夫、
大体高さ50m超えたら変わらないから。
グシャッて潰れるか、ベチョッ潰れるかくらいの差よ。」
「それって全然大丈夫じゃ無い様な。」
「冗談、冗談、
いざとなれば私が助けてあげるから。
それに変に低空を飛ぶ方が、人に見られた時に厄介よ。」
そう、すっかり忘れていたが、奇跡を利用した飛行は、
奇跡を信じてない人に見られると、落っこちるのだ。
「解った。飛んでみる。
でもなんで急にそんな事を言い出したの。」
「忘れてた?
この『月山奇のスパルタ飛行講座』の期限は一週間。
これは卒検替わりよ。」
それも、すっかり忘れてた。まあ飛行講座が終わるのは少し残念だが、僕と彼女の関係まで終わるわけでは無い・・・多分。
「心の準備は大丈夫??」
「うん、ちょっとだけ待って。」
僕は何度か深呼吸をして精神を落ち着かせた。
「よし、大丈夫!!」
本当は不安でいっぱいだが、彼女の前で弱音を吐くのは嫌だった。
「高速で飛ぶのはコツがいるから、
上空までは私が運んであげるわね。」
月山さんはそう言って、僕の右手を握りしめた。フルーツ牛乳はもう飲んでいたので、僕は取りあえずいつもの様に雲をイメージして、体を宙に浮かべた。
「よし、浮いたわね。行くわよ、とう!!」
彼女はそう言って屋上フロアを蹴り、僕もろとも上昇を始めた。
ぐんぐん、ぐんぐん上昇していく。空気を切り裂き、雲を突き抜け、鳥の群れを掻き分け、ぐんぐん、ぐんぐんと・・・。最初に感じた不安や迷いは、スグに未知への好奇心で上書きされた。
一人だとこうは行かなかっただろう。やはり月山さんと手を繋いでいる事が大きい。上昇するに連れ、段々空気も冷たくなり、高層エレベーターに乗ったときの様に、内耳がキーンとした。
ただ、そんな事よりも僕の心の中は彼女と一緒に飛ぶ高揚感で一杯だった。そう、彼女と一緒なら、僕はどこまでも飛べる気がしたのだった。
「よし、ストップ!!」
しばらく機嫌よく飛んでいたが、月山さんがから号令がかかったので、僕は取りあえず上昇を停止した。
「この辺がちょうど標高1000mくらいの場所よ」
月山さんはいつの間にか手にしていた高度計を見ながら言った。どうやって入手したかは、聞かないでおこう。
恐る恐る、眼下に目をやる。そこに広がった光景を僕は生涯忘れないだろう。足元に広がるのは僕らの町のミニチュア模型だった。学校や公団はマッチ箱に見えるし、車なんて豆粒の様だ。最近駅前に出来た我が町で一番高いスカイビルでさえ、シャーペンのケースくらいの高さだった。
東の地平を眺めると、どこまでも緑の山並みが連なり、僕らの町が山を切り開いて出来た事を思い出させてくれる。西に見える海は、晴天の空の色を反射して青々と輝き、その水面におもちゃの様な船を浮かべている。
そして視界の上半分はどこまでもどこまでも続く、抜ける様な青空だった。僕はしばらく言葉を失い、その風景に圧倒された。
「いいでしょ。ここに貴方と一緒に来たかったの。」
「もっと早く連れてきてくれても良かったのに。」
僕はちょっとだけ恨み言を言った。
「最初っからは無理よ。
だから一週間飛ぶを練習したでしょ。」
なるほど、あの一週間は彼女なりの目論見があっての事だったのだ。
空はどこまでもどこまでも青く続き、標高1000mの空気は山の上の様に澄んでいた。僕たちは何をする訳でもなく、その空気を胸いっぱいに吸い込むと、ただ風に体を任せて雲の間を漂った。
ああ、ここに居ると、全ての悩みが下らない事に思えてくる。友達が出来ないことも、皆と上手くやれないことも、英語のテストが赤点だった事も。
やがて段々と太陽が西の空に傾き、空の色が赤みを帯び始めた。僕たちは体を寄せ合うと、並んで夕日を眺めた。西の山並みに沈んでいくその飴色の光は、巨大な線香花火の最後の一滴の様に思えた。
僕は夕日を眺めるフリをしながら、さりげなく月山さんの横顔に目をやった。薄く目を閉じ、形のよい目鼻立ちを朱色に染めて、夕日を見つめる彼女。その横顔はうっとりするほどに綺麗だった。
ここ数日、彼女に伝えたかった言葉が有る。なんども胸の内で反芻しては、溜息となって吐き出した言葉。その一言で、折角築いた彼女との関係が崩れてしまうかも知れない。ただ、僕には言わずには居れなかった。
僕はなけなしの勇気を振り絞り、彼女にその言葉を発しようとした。ただ・・
「くしょん!!」
上空の空気が冷たいせいか、彼女は可愛いクシャミをした。確かに夜が近づいたせいで、少し気温も下がってきた気がする。
「帰ろうか。」
「そだね。」
僕たちはどちらかともなく手を伸ばし、お互いの手を握りあった。そう、別に急ぐ必要はない。この飛行講座が終わっても、月山さんとはいつでも話すことが出来るのだ。
僕たちは今度は行きとは反対に、徐々に地上に向けて下降を始めた。ただ、帰路は思ったより困難だった。なにしろ適当に上空に向かって飛んだ行きと異なり、帰りは学校の屋上という明確な目的地が有るのだ。それに空を飛ぶ行為は、意外と外と風の影響を受ける。僕たちは空中で何度も軌道修正しては、徐々に学校の屋上を目指したのだった。
しばらく下に向かって飛んでいると、ようやく目的地である学校を捉える事が出来た。フェンスに囲まれた屋上に、いつものベンチが見える、目印の給水塔が見える。屋上のフロアーまでは後10mほど、僕たちは手を繋いで、一緒に着地しようと試みた。
だだ・・・・・
「貴方たち!!そこで何してるの!!」
そう、全く気付かなかったが、フェンスの影に人が居たのだ。間違いない!数学の吉村先生だ。奇跡など到底信じない数学教師の視線は、空を飛ぶ為の動きをしていた僕らの分子を容易にかき乱した。
結果、僕たちは真上に向かって放り投げ上げられたボールの様に、徐々に落下し始めた。最初はゆっくり、だんだん早く。
マズイ!!
今の位置は屋上のフェンス外だ。つまり今落下すれば、屋上ではなく校庭に落下することになる。
「ごめんね。」
彼女はいきなり僕に抱き付いて、キスしたかと思うと、今度はドン!!と僕を突き放した。その反動で、落下の角度が変わり、僕は何とかフェンスの内側に落ちる事が出来た。ただ、着地をミスった為、側頭部を強か屋上フロアにぶつけてしまう。
それより彼女は!!
「奇!!」
僕は何とか起き上がってフェンスに張り付くと、彼女の名を叫んだ。ただ、フェンス向こうに見えたのは、頭を下にしたまま、校庭に向かって落下していく彼女の姿だった。
僕の額を冷たいモノが流れ落ちる。最初は冷や汗だと思っていたその液体は、手に取ると真っ赤な血液だった。瞬間、世界は暗転し、僕は意識を失った。
つづく




