表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

解呪の姫と元勇者~俺の呪い、解いて下さい

作者: 片桐ゆーな

 魔王軍第八中隊の砦。

 その先兵とのにらみ合いが続いていた。

 こちらは一人で敵は十五くらいだろうか。

 牛と人間が混じったようなのとか、サイをごつくしたようなやつとか、それなりに強そうなのがそろっている。


 でもま、俺のステータスなら、この程度の相手ならば楽勝だ。

 仮にも勇者である。閃光のユリウスなんていう二つ名まであるくらいだ。

 相手のステータスは見えないけれど、見た感じそこまで動きが良さそうなのもいない。 

 今までだって仲間とこれくらいの相手はあっさり倒している。

 まあ、その仲間達は、彼女を身ごもらせてしまったとかなんとかで、勇者パーティーをやめて親の跡を継いで商人でもやるよと二人がいなくなり、あー僕も町中で可愛い子でもナンパするんで、よろしくっすともう一人もいなくなった。

 どうやら勇者パーティーという名前があればモテるかもとか思って合流したヤツだったらしい。腕のいいシーフだったんだが。


 そんなことを考えながら、目の前の敵を屠っていく。

 驚くほどに手応えはない。まあこっちは勇者さまだしな。

 十を超えたあたりで、敵はぎぃぎぃと耳障りな悲鳴を鳴らしながら逃げ帰っていく。

 いつもなら追走するところだけれど、一人だし今日はいいだろう。砦の様子を見に来ただけだしな。

 さすがに砦全部を一人で攻略するのは疲れるし嫌だ。主に精神的に。

 あいつらがいちゃいちゃしてる世界のすみっこで、勇者だからといってたった一人で魔族と戦う必要もないだろう。


 そろそろ新しいパーティーをそろえないといけないかもしれない。

 いくらなんでも勇者単独で魔王を討伐というのは荷が重い。

 できれば、可愛い女の子の魔法使いとかが仲間になると嬉しい。


「なっ、なんぞこれー」

 愛剣の血糊を振り払ってから鞘に収めていると、場違いな女の声が聞こえた。

 見るからにただの一般人だ。旅慣れてる感じもない。

 ふむ。これはあれだろうか。時々現れるという、あれだろうか。


「おまえ、迷い人(トリッパー)か?」

 時々、この世界とは違うところから人が流れ着くことがあるそうだ。その容姿は千差万別で、こちらの人に似たような金髪碧眼というような容姿のものから、黒い皮膚を持つもの、また黒目、黒髪のものなどもいるという。

 目の前にいるのは、その特徴を持った娘で、肌は病的なほどに白く、黒目で黒髪だ。背中の中ほどまである長い髪はつやがあって美しい。


「なっ。私はそんな趣味はないですっ。裸とか……そんなっ」

 その髪に見とれているとなぜかその女はわたわた慌てた声を漏らした。

「違う、トリッパー、迷い人のことだ」

「ああ、異世界人(トリッパー)ですか。たしかに……林を抜けたらそこは外国とか、日本じゃあり得ないですし」

 ああ、納得、と魔物の死体を背景に、ぽんと手を打ち鳴らしている。

 迷い人には会うのは初めてだが、ここまでみんなぽわんと落ち着いているものなのだろうか。

 俺なら、いきなり異世界に迷い込んだら一通りパニックを起こして、落ち着いたら周りの観察なりをするだろう。少なくともこんなに危機感がない顔はしない。

「それで、私はどうやって生活をしていけばいいんでしょう?」

 北島姫季と名乗った彼女は、まだまだぽやんとした顔を浮かべながら、俺に尋ねてきたのだった。



 拠点にしている町の宿に戻ってくるまでの間、姫季はあれはなんだこれはなんだといろいろと質問を重ねてきた。

 普通に町の周りに森がある景色というのが新鮮だとか言っていたけれど、どんなに進んだ都市に住んでいたのだろう。こちらの世界で一番栄えている国の城下町だって、一時間も歩けば城壁について、その外は荒野だ。

 姫季によると、町と町はくっついていて、よほど遠出をしないと森林や密林、高原なんてものはないのだそうだ。 異世界は恐ろしいところである。


 さて、町に入ってからの姫季の質問はさらにヒートアップした。

 文字はなぜか読めるようになっているようで、パン屋や武器屋、道具屋など物珍しそうに視線を向けている。

 たしかに姫季は戦闘職という感じではないし、勇者や冒険者、義勇兵という仕事にはつけないだろう。

 そうなると町で暮らすようになる。そのための仕事先としても、いろいろ見ているのかもしれない。

 迷い人には一定の保証金がでるというけど、一生遊んで暮らせるわけではないしな。


 一通り見回った上で、拠点の宿に到着。

 姫季の部屋もとろうと思ったのだけど、あいにく部屋は開いておらず、だったら一緒の部屋でいいですと言われてしまえば、断る理由はなかった。

 うん。正直いろいろ期待している。心細げな迷い人に親切にしておけば、彼女いない歴=年齢の俺にだって春は来るかもしれないだろう?

 も、もちろんがっつきはしない。ただ部屋でゆっくり腰を落ち着かせて話をするだけだ。  


「うわっ、想像以上に広いお部屋ですね。シングルで狭いかと思っていましたが」

「いちおう勇者だからな。稼ぎもあるしそれなりの部屋は使ってる。部屋で鍛錬することもあるし」

 姫季はぐるりと部屋を見渡して、おぉーと歓声を上げていた。

 普通の冒険者なら、ベッドだけがある部屋に泊まったりということも多いだろうが、勇者である俺はいくらか優遇されているのだ。


「んで? お前のステータスはどんな感じなんだ? スキルの一つも持ってれば、それを元に仕事をしたほうがいいぞ」

「ステータス、ですか?」

 はて、ときょとんとしている姫季に、ほら、ステータスオープンっていうと出るヤツだ、と答える。

 おっと。こちらのステータスウィンドウも開いてしまった。

 勇者の称号は今日も光り輝いている。


「す、すてーたす、おーぷん」

 おわっ、といきなり出てきたウィンドウに戸惑ったような声を姫季は上げた。

 どうやらあちらの世界にはそのようなシステムはないようで、かなり驚いている。

 ううむ。小さな子供でもこんなに驚かないのだが。


「レベル1、迷い人。HP34、MP101。あとは、いろいろ並んでますが……」

「あー、もろ一般人のステータスだな。お前くらいの年齢の女子だとそれくらいの体力が一般的だ」

 若干MPが高いところを見ると、魔法の才能でもあるのかもしれない。

 あとは肝心のスキルをお披露目だ。


「あ、言っておくがステータスとかは安易に人に教えるなよ? いろいろ悪用されたりするからな」

「……ユリウスさんにはいいんですか?」

「いいんだよ。俺は勇者だしここまでガイドしてやっただろ? 下心はないし、人助けが勇者の仕事だしな」

 とりあえずの注意に、姫季から疑問があがったので答えておいた。

 ステータスを一部記載しないと仕事につけないなんてこともあるけれど、そこらへんの相手に言いふらすようなものでもないので、その常識は姫季にも持たせておかないといけない。


「それで、スキルなんですが……、ただ解呪(かいじゅ)レベル1と書いてあるだけなのですが」

 聞いたことのないスキルだった。

 解毒だとかはあっても、解呪、なんてものを持っているのを見るのは初めてだ。


「えっと、対象を指定して……ああ、ユリウスさん、バッドステータスがありますね」

「ちょ、おまえ相手のステータス見えるのか?」

 さらっと言われた一言に驚きの声を上げてしまった。

 普通、他人のステータスなんてものは見えないものだ。唯一できるとしたら、神殿でのステータスの刻印くらいだろうか。水鏡に写ったステータスをスクロールに書き出して、仕事をするときの証明書として使うこともある。

 でも、それだってそこそこの時間がかかるものだし、一瞬見ただけで相手のステータスがわかるなんてヤツはいない。


「ええ、指定するとパネルみたいな感じで出てきますね。性別男、17歳勇者。へぇ、ユリウスさんって本当に勇者なんですね」

「さっきから言ってるだろうが。お前が選ばれしものかーなんて言われることが多いし、なぜかどこに行っても、名乗ってないのに、おぉ勇者よ。なんて言われることもある」

 ステータスに表示された職業でもみたのだろう。彼女は、ほほーと物珍しそうなものをみたと声を上げている。

 この反応だと、マジで見えてるな。迷い人のスキル補正ってヤツだろうか。


「それで? 俺のバッドステータスってなに?」

「えっと、二つありますね。勇者になる。彼女ができない」

「……はい?」

 自分のステータスウィンドウを見てもバッドステータスの項目はからっぽだ。ここに表示されるのは、毒、麻痺、混乱などの状態異常であって、そんな項目が出たなんてきいたこともない。


 にしても訳がわからない状態異常だ。彼女ができないのは呪いだと思う。実際俺は年齢=彼女いない歴だしな。勇者で強くてかっこいいのに、彼女の一人もできないとか、もう呪い確定だろう。これで見た目だって悪い方じゃない。金髪碧眼という特徴はよくあるものだけど、身長だってあるし、かっこいい方だと言われることもよくある。

 うん。それで、女っけがまったくないのは呪いに違いない。

 

「なんかよくわからんけど、やってみてくれ」

 呪いが解けるのならまあいいか。軽い気持ちでそう伝えると彼女は頷いて手をかざした。

 スキルを選択して対象者にかざす、というのがスキルの基本的な使い方ではあるけれど、彼女はあまり迷わずにその動作をしていた。さっきまであわあわしてたのに、その動作はなにか慣れた感じだ。

 そうこうしてると、ぱきんと身体の中でなにかが砕けたような感じがした。


 なんだか、魔王倒すべし、みたいな情念が薄らいだような気がする。


「あ、レベルアップしました。解呪が、レベル5になったそうです」

「……はい?」

 え。試してみるって、どう考えても、彼女ができない呪いの方だよね!? どうして勇者になるほうを解呪しちゃうかな!

「だって、試したらなんか、はじかれちゃったんです」

「レベル1じゃ解けない呪いってことか?」

 問いかけると彼女は、こくこくと首を縦にふった。


 物事にはレベルが存在する。

 同じスキルでもそのレベルの高さでできることとできないことがあるのだ。

 もっともっと姫季のレベルが上がらなければ、彼女ができない呪いは解けないということだろう。


 その結果、姫季は「彼女ができない呪い」ではなく俺の「勇者になる呪い」を解呪したのだった。

 この日、俺は勇者から、元・勇者にクラスチェンジした。

 もちろん、彼女が、できる、ことは、ない。

 とほほ。


「とりあえず、お前の力の把握はできたけど、これからどうする?」

「どうしましょう? できれば国に帰れればとは思うのですが……」

 姫季が少しだけ寂しげな顔を見せた。

 ……そりゃそうだよな。迷い人は本当にこちらの世界に迷い込んだ人だ。

 帰りたいと思う場所があるだろうさ。


「俺も迷い人について詳しい訳じゃないからな。まずは王都で情報収集かな」

「えっ、ユリウスさんもついてきてくれるんですか?」

「だって、ほれ。お前が勇者になる呪い解いたろ? あれでなんていうか……まぁ。魔王軍をさっさとぶっつぶさなきゃってのはなくなっちまったんだわ」

 はぁと肩をすくめながら、おどけて姫季に伝える。

 

 そりゃ、この世界、魔王軍と人間は戦っている。

 でも、別に一方的に魔王に人々が蹂躙されてるってわけではなくて、それぞれ戦略をもってお互いを害し合っているというのが正しいだろうか。

 つい先ほどまでは「魔族殺すべし」しか頭に無かったけど、勇者の呪いを解かれた今なら、客観的に物事は見れる。

 確かに俺は閃光のユリウスだ。戦闘技能は高いし、戦力として申し分ない。

 ただ、他の人達よりも飛び抜けて強いわけでもない。そりゃいずれは最強にも届いたかもしれない。

 あの「強い思い」が続けば、鍛錬と実践を続けていつかは最強の勇者になっていたかもしれない。

 でも、今はそれが完全に霧散している。

 一般の人は、こう(、、)なのだ。前線にでているからこその危機感であって、俺一人が戦線を離脱して姫季に付き合っても世界はそんなに変わらない。

 勇者パーティーが、子供ができたりとか、彼女欲しいとかでいなくなったりするしな。



 さて。そんなわけで、迷い人の保証金をもらった後、姫季と一緒に旅をすることにした。

 町でゆっくり住もうという選択を彼女はしなかった。

 なんとか元の世界に帰りたいという思いのほうが強く、いろんなところで話を聞きたいと言ったのだった。

 もちろんその旅に元・勇者さんも同行することにした。

 いろいろな場所でヒメの解呪を試していくと、その特異性は嫌になるくらいわかった。


 バッドステータスには表示されない、呪い。

 ヒメの解呪は旅先のどこでも驚かれ、重宝された。

 まあ、この世界の人間は「バッドステータス」に表示されたものには注意を払うけどそれ以外はしかたない自然の摂理として扱うからな。

 もちろん表示される「石化」とかも、ヒメはあっさり解呪する。

 旅でヒメの力の一端くらいは知れたと思う。


 そして、どうしようもないくらいにこの世界は呪われていることも嫌になるくらい教えられた。

 状態異常ではなく、彼女にだけ見える呪いがたいてい一人に一つや二つくっついているそうだ。

 その上、魔族とかに付与された「バッドステータスに見える」呪いなんかも入れると戦いに出てる人は三つや四つはあるらしい。

 さらにはこの解呪、ものにも使えるそうで、通路は扉によって呪われていて、それを解呪すると鍵が開くなんていうむちゃくちゃな理論で、鍵も不要でダンジョン攻略なんてものもできた。

 これで職業が盗賊とかだったのなら、やりたい放題になっていたところだったかもしれない。

 もちろんそんなことはしなかったが。


 さて。

 そんな旅に元・勇者である俺がつきあったのにはもちろん下心がある。

 実は旅の途中で、「もう私一人でも大丈夫デスっ」と言われてしまったのだけど、それでもヒメからはなれるなんてことはできるわけがなかった。


 ヒメは。あれだ。一人では物理的な攻撃力を持たないので、魔物や夜盗が現れたら対応できない。

 まあ「悪いことをする」呪いを解呪すれば改心するという可能性もあるのだろうが、そこはどっちに転ぶかわからないからと説得した。まあたいてい悪事を働くヤツには呪いがかかってるものだし、実績として解呪したやつらが真面目に働き始めるという経験もしているので、危うく押し切られそうになったわけだが。

 こちらとしてはヒメに居なくなられては困るのだ。


 あれから、何度か町中で女性に声をかけてみた。

 以前よりも身なりに気を使って、元・勇者に恥じない鍛錬も続けてそれで、いわゆるナンパというものをしてみた。

 全滅だった。ひどかった。

 ちょっと仲良くなった宿屋の娘さんにも声をかけてみた。

 お客さんとしか見れませんと笑顔で答えられた。

 あいかわらず、全力で「彼女ができない」呪いは強力だった。


 ヒメがいうには、結構レアな呪いらしい。「子供ができない呪い」なんてのは何人かいたし、あっさり解呪もできたのだけど、その前段階で躓く人はそうはいないのだそうだ。

 そして、未だにヒメのレベルは上がってもコレは解呪できていない。

 この問題が片付くまでは、ヒメになにかがあってしまっては困るのだ。

 経験を積んでもっとレベルがあがればこれも解呪できるはずなのだ。

 そうすれば、年齢=彼女いない歴という悲しい勇者からも卒業だ。ああ、もう勇者じゃないんだった。


 それからも二人でいろいろな国を回った。

 ひたすら解呪をしまくり、人々はちょっとずつよくなり、ヒメのレベルもあがっていった。

 一番感謝されたのは、どこぞの国の王子が呪いで女体化させられた時だったろうか。

 許嫁からの「その呪いを解いてくれ」という申し出は鬼気迫るものがあった。


 この世界は、男女でなければ恋愛ができない。結婚もできない。

 それは統一宗教で決まっていることであり、誰であれ破ることはできないし、そもそも口にすることすらできない考えだ。故に性転換系の呪いはもっともひどいタイプの呪いとも言われている。魔王軍の幹部が綿密に用意して行うもので、もちろん本人のバッドステータスにも表示される。


 そんなわけで、無事に復活した王子を始め、国を挙げての感謝の宴が開かれ、姫季は解呪の姫様なんて言われるようになってしまった。

 まあ、俺がずっと姫季をヒメと呼んでいたのもあるのだろうが。



「んー、さすがにそこらへんの人達を解呪してもレベルがあがらなくなってきましたね」

 レベル25。そこを過ぎたあたりからヒメのレベル上昇は伸び悩んだ。

 今までの傾向から、特殊な呪いを相手にすると、経験値はたまりやすいのはわかっている。

 たとえば勇者。一気に四個レベルがあがった。

 そういう特殊な呪いを解かないとこれ以上のレベルアップは見込めないようだった。

 もちろんちまちま上げていく手段もあるけれど、たぶんそれをやってると十年以上かかるとヒメは計算していたようだった。早く帰りたいとも言っていたし、レベルアップをしておくのもその一環だろう。


 レベル20の時に解呪のスキルは拡張されて、その呪いを解くための必要レベルが隣に表記されるようになったらしい。俺の彼女ができない呪いに必要なレベルは30だそうで、ほんとレベル1で解呪できる勇者になる呪いの扱いの小ささには涙目である。


「んー、ユリウスさんの呪いも解いてあげたいですし、魔王もきっと呪いだろうからさくっと、解呪しちゃいましょうか」

 散歩でも行くような調子でいうヒメに怖れを抱きつつも、魔王城へ。

 これは以前からたびたび出ている話題だった。

 勇者が呪いなら、対になる魔王もまた呪いなのではないか、と。

 そしてそれを解呪できれば、レベルアップもできて、俺の呪いを解けるようになるのではないか、と。

 実際、魔族に対して解呪をかけてみたこともあるし、可能性としては高そうだった。

 それに、歯が立たなさそうだったら逃げればいいだけのことだ。そのために元・勇者である俺がいる。


 道中のモンスター達は俺もかなり戦ったけれど、それも必要ないくらいに、ヒメの解呪でほぼ殲滅。

 アンデッド系は呪われた塊のようなものなので、ほぼ一瞬で元の骨に戻ったし、凶暴化した動物のモンスターなんかも、すぐに普通の大人しい動物に戻った。三つの首があるケルベロスなんて、三体に別れて、くぅーんと言いながらすり寄ってきたくらいだ。

 魔族と呼ばれる幹部達も、魔王への忠誠、とか、魔族の繁栄の礎、とかいう呪いを解いたら自分のことを考え始めた。人族と交易をしようとしたり、田畑を耕したり、落ち着いた生活をするようになっていった。

 それでもたまに襲ってくるやつらは、元・勇者の俺が撃退した。

 かつての仲間達と一緒に魔王軍と戦っていたときより、はっきりと楽だった。


 そしてあらかた魔王軍を解呪して、たどり着いた先は魔王城の最奥。

 禍々しい扉を開くと、その先には魔王がいた。

「うあ……すげぇ」

 魔王を見たものは生きて帰れないといわれているが、確かに今までここにたどり着いたものはいなかったのかもしれない。吟遊詩人なんかが魔王の姿を語っていたことがあったけれど、そのどれとも違う姿だった。

 

 魔王はむきむきマッチョだった。

 身体は三メートルくらい。腕は四本で丸太のようだ。

 それでいて、漆黒のローブなんてものを身にまとっているので、職業としてはちぐはぐな感じがする。

 魔道士だけど身体も鍛えましたとかそんな感じなんだろうか。


「ここまでたどり着いたか、勇者よ。我が居城にたどり着くとはなかなかのもの。どれ、我自ら相手をしてやろう」

「元・勇者な。それに戦うのは俺じゃないから」

 こそっと、ヒメに、いけそうか? と尋ねる。勇者のそれと違って魔王になる呪いは解呪レベルが高いかもしれないからな。

 けれど、ヒメはこくりと頷いて視線を魔王に向けた。


「えいっ♪」

 ヒメが可愛らしく解呪を行う。ぱきんと魔王の中の何かが砕けた。

 そして、ごごごごと身体が振動しながら明滅したかと思うと、魔王は姿を消し、ローブだけがばさっと床に落ちた。

「は?! 魔王って存在そのものが呪いとか!?」

 いきなりの変化に戸惑っていると、ローブの中でもぞもぞ何かが動いた。


「ここは、どこなのですか?」

 現れたのは、十歳くらいの女の子だった。元・魔王さん爆誕である。

 茶褐色の髪の女の子はおろおろと周りを見渡していた。

 あの筋肉マッチョがこれになるとは、世の中なにかおかしいと思う。

 きっとこれ「魔王になる呪い」にいろいろとプラス補正があったんだろ。

 STR(きんりょく)+999とか。

 ……勇者の呪い解けてもステータス一切かわってないんすけどねぇ。なんなの。勇者になるって呪いは、そんなに軽い物なのでしょうか。

 魔王の呪いの方が筋力増強とか、いろいろ恩恵ありすぎなんですけど。

  

 とりあえず、だぼだぼのローブに埋まってる元・魔王さんに状況説明。おろおろ周り見てたしな。

 ふむふむ、とうなずきつつ、実は魔王その人になっていました、というようなところで、えぇっ、と驚いた声を上げていた。

 彼女の記憶の中では彼女は田舎の村娘で、食べられる根菜を掘っていたところで記憶が途切れているそうだ。

 なにかを掘り当ててしまったのかもしれない。 


 さすがに彼女をこのままここに放置もできないので、近くの国に届けることにした。

 ヒメがこちらを見ながら、いいんですか? と問いかけてくるものの、一応これでも元・勇者だ。

 まだまだ小さい女の子は保護しなければならない。

 たとえヒメのレベルがあがって、あれを解呪できるようになったとしても、それはこの子を送り届けたあとでいい。


 さて。彼女の処遇なのだけれど。

 魔王の城を攻略しにいったら、捕まえられている女の子がいた、ということにした。

 そりゃ、魔王の素体が少女などということは、誰もしらないわけだし、言って信じてもらってもまるっきり益が無い。そこで責められるのはせめて回避してやりたいと思ったのだ。


 それに、魔王が現れてからは結構な歳月が経っている。

 氷漬けならぬ、魔王漬けになっていた彼女を知っている人達はもういないかもしれない。

 そんな中で「彼女が魔王だったのです」という話をおおっぴらにしても、得られる物はない。

 この子とて「魔王の呪い」の被害者だ。これからの人生はちゃんと過ごして欲しい。



 そして場所は、最初の旅館に戻る。

 勇者の威光こそなくなったものの、おばちゃんは普通に部屋を貸してくれた。


「じゃあ、彼女ができない呪いを解きますね」

 にこりと黒髪が腰まで伸びた彼女は、最初に訪れた時のようにベッドに腰をかけている俺の前に立った。

 ようやくだ。これさえ解ければようやく彼女ができる。

 いちおう肩書きも元・勇者だし、見た目もそんなに悪い方じゃ無い。

 全部呪いが悪いんだ。呪いのせいで俺は……


「えいっ♪」

 万感の思いを込めて、彼女の解呪を受ける。

 ああ。この感覚だ。身体の中の何かが書き換えられる感覚。

 思えば一番最初に彼女の解呪を受けたのも俺だ。

 あれから結構な年月が経った。

 

 あのときは魔王殺すべしという思いがふわっと軽くなったものだけれど。

 今回のは、なんだか身体が熱くなった。

 えっ。なにこれ。

 前の時とは明らかに違う変化に、こてんとそのままベッドに横になってしまった。


 それでも変化は終わらない。

 嫌な汗が背筋を流れた。

「んあっ……はぁはぁ……」

 無意識に息が荒くなる。

 身体が締め付けられるような、ごりごりと骨格が変わるような、体内から書き換えられるような不快な感覚。

 実際、ヒメの話だと、骨格自体が変わっていたのだという。


 身長が縮み、お腹周りがぐっとひきしまる。それでいて腰は少し丸みを帯びたようにも見える。

 その差で、脇からお尻までの間に見事なくびれができあがっていた。

 今まで鍛え上げてそこそこの太さがあった二の腕はほっそりとしてしまった。


「なっ……バランスが……」

 無理に起き上がろうとして、がくんと身体が前に揺れた。

 胸元に急にできた重しにたえきれずに先ほどと同じようにベッドに横に倒れ込むような形になってしまった。

 そして、視界には重力に引かれてより大ぶりに見える膨らみと、さらにその先端にある軽く膨らんだ二つの桜色の突起物が服の隙間から覗き見えた。

 

「ユリウスさん! 大丈夫ですか!?」

 その変化を見守りながら、ヒメはおろおろと、呪いはちゃんと解いたはずなのにと、ステータスのウィンドウを確認しているようだった。

 今起きてるこれが呪いだというのなら、すぐにでも解呪しようとしてくれているのだろう。

 でも、こちらでみてもバッドステータスの表示はない。

 

「だい……じょう、って、なんじゃこりゃーー!」

 自分で声を出してみて、それが異常であることに気付いてしまった。

 声が異常に高い。鈴を鳴らしたようなかわいい声なのだ。

 もちろん元々の声はこんなに高くは無い。だって男子だからな!

 そして。さらに……


「ない……なくなってる……」

 ばかな。感覚がないからまさかとは思った。

 思ったけど、手を下半身に当ててみても、本来あるはずの感触が無くなっている。

 するり。本当にするりだ。

 なんの抵抗もない。

 なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。


「あ……ユリウスさん。これって……女の子になっちゃってるんですよね!?」

「……呪い……解けてねぇじゃねえか」

「いえ。呪いはちゃんと解けてます……」

 じぃとステータスウィンドウをチェックしながらヒメは、間違いありませんと断言する。

 あわあわとヒメは少し長くなってふわふわな金髪の髪にふれてきた。

 どうやら髪にも変化はでているようで、鏡越しに見る姿は男ものの服を着た泣きそうな女の子のようだった。


「でも、これじゃ、なおさら彼女なんてできねぇーー」

 うわーんと嘆くと、大きくなった胸がぷにょんと揺れた。ああ。なんかしらんけどけっこーでかいんだよ俺の胸。これが彼女の胸だったら幸せだというのに、自分についてるとなるとがっかり感は半端ない。 

 そう。この世界、女同士(どうせい)で付き合うことはまずあり得ないことなのだ。

 こんな身体じゃ、彼女は絶対にできない。


 そんなことを言い出したら、可哀相なものを見るような視線が向けられるだろうし、下手をすれば治療をしましょうなんて輩もでてくるかもしれない。俺がお前を女にしてやるよ、なんていってくる輩もでてくるかもしれない。

 そういうのがあるからこそ、女体化の呪いの時は国を挙げての大歓迎を受けたのだ。

 異性化の呪いがこの世界では最大級に怖れられている理由がこれである。まあそうそう使えるやつもいないのだが。


「はっ。じゃあ女体化の呪いをいまかけられたってことか!? たのむっヒメ。俺の呪いを解いてくれ」

 魔王を倒してしまったと認識している魔王軍の残党だろうか。

 女体化の呪いはもうすでに一度解呪したことがある。この呪いもすぐにヒメなら解けるだろう。


「いえ、ユリウスさんには悪いですが、バッドステータスとしての表記がないです。もしかしたら彼女ができない呪いの中に男性化が含まれていたのかもしれません。勇者にするなら男だろ、でもあまりハーレムだと困るだろっていうような思考なのかなって」

 世の中に呪いを与える神様みたいなのがいるならですが、とヒメがひどい推論を展開している。

 でも、俺は男として育っているわけで、いまさらこんなことをされても、感覚や思考まで女子になっているわけではない。当然今でも彼女は欲しいと思っているし、この戦いが終わったら彼女を作るんだ、なんていう気持ちがどこかにある。

 いや、実際魔王はいなくなったわけだし、戦い自体は終わり……なのか。


 ああ。終わった。

 俺の一生はもう終わってしまった。元・勇者の物語はこれにておしまい。何もかもおしまい。


「あの……私じゃ、だめですか?」

 そんな投げやりな俺に、ヒメがぽそっと恥ずかしそうに言った。

 ヒメを彼女にする、か。確かにヒメは一緒に活動してきたけど、女性特有のつんけんしたところがないし、見た目だっておっとりした美人さんだ。


「いやいやいや。女同士じゃ結婚できないだろ。っていうか女同士で好き合うとか無理って、あの国でも言ってただろ」

「それは、まぁ。この世界全体にかかってる呪いですから。仕方ないです。解呪レベル999でそれも解けるようですがまずそこまで上がりません。でもあっちの世界なら結婚はともかく恋愛はできます。それに頑張れば渋谷でパートナーシップ証明書なんてのも貰えます」

 ヒメは身を乗り出してきゅっと両手を掴むとキラキラした目をこちらに向けてきた。

 イマイチ言っていることが理解できないけれど、一つだけ確かなことがある。


「え。帰れ……るのか?」

「ええ。さっきの解呪でレベルが50になりました。私にかかっている迷い人の呪いもこれで消せます」

「……俺の彼女できない呪いってどんだけ恐ろしいものなの……」

 自分にくっついていた呪いの大きさに、鈴を鳴らしたような声が普通に震えて出ていた。

 まさかあれかな。これ、勇者として魔王を倒したら姫が貰える的なイベントを通さないと、消えない呪いだったのかな。強引に解いちゃったからこんな結果になったとか。

 倒せなければ一生独身か。ヒメの話だと男性が三十まで純潔を保つと魔法使いのクラスになれるのだそうだ。


「なんにせよ、帰ってからお金貯めないといけませんね。渋谷は日本でも一等地。あんなところに住居を構えないとパートナーシップ制度が使えないというのは、本当に残念な話です」

 地方都市とかでそういうのをウリにして人を集めればいいのになぁといいつつヒメはなぜか嬉しそうに、俺の頭をぽふぽふと撫でてきた。

 くすぐったいような変な感じだ。つい、ふわっ、と可愛い声を漏らしてしまった。


「んんんー、やっぱりユリウスさんが女の子だったら超絶可愛いだろうなーって思ってましたけど、正解ですね! もー迷い人なんてありえないーって思ってましたけど、金髪碧眼の美少女萌えっ」

 わーいと、ヒメは俺に抱きついてくる。いままで一線を引いていたはずなのに、どうしてこうなった瞬間にヒメは積極的なんだろうか。これが彼女ができない呪いが解けた状態というやつなのだろうか。

 ああ。なんか石けんの良い香りがする。

 抱きしめられたまま、この日の俺は意識を失っていた。変化のせいでそうとう体力を消耗していたようだ。



「それじゃ、もう行っちゃって良いですか?」

 翌日。宿を引き払った俺達は、まず俺用の服をとりあえず調達してから人に見られない平原に向かった。

 奇しくも魔王軍が砦を築いていたあたりで、討伐が済んでいても人が寄りつかないのがうりのスペースである。

 服選びは実は、あっさり終わった。姫季にもっと可愛い服を着ましょうよとでも言われるかと思ったが、今着ているのはサイズが小さめの男の子の服だ。胸がきつく、腰回りはだぼっとしているけれど仕方ない。


「ああ。知り合いへの手紙は書いたからな。いつでもいいぞ」

 こちらの世界に残したものとかありませんか? と聞かれてふるふると首を横に振る。

 知り合いはいるにはいるのだが、こんな姿を見せたいとは思えない。

 せいぜいことの顛末、魔王の討伐の話を伝えるだけに止めた。もちろん女体化の話はしていない。

 異世界で幸せにやるから後はよろしくとだけ伝えておいた。


「では、ユリウスさん。いえ、結理ちゃん。これからよろしくお願いしますね」

 女の子の楽しいこと、いっぱい教えてあげますから。

 その一言とともに世界は揺らいだ。

 転移は一瞬だった。


 目の前には見たこともないような巨大な建物が多く広がり、空にはドラゴンかと思われるような巨大なものが飛んでいる。

「それじゃ、とりあえず着替えのためにお店に入りましょう」

 その格好じゃ目立っちゃいますからねっ、と姫季は満面の笑顔で俺の小さくなったすべすべの手を取った。


 こうして元・勇者は迷い人となった。

 渋谷に住めるかどうかは、また後のお話である。

 ユリウスだけに、百合でした。

 いやぁ、彼女ができない呪い、最強ですね。ステータスとかスキルとかそういうのをまるっと無視して、一個のスキルだけで最強みたいなのできないかなーということで、解呪の姫となりました。

 呪われてあれ、ということで世の中には呪いがたんまりです。缶詰のフタが開かない呪い、水道の蛇口が閉めたのにぽたぽた落ちてくる呪い。赤信号に毎回捕まる呪い。明日が雨である呪い。

 ああ。この世は煉獄。呪われていて当然か、などと思いつつおもしろおかしく書いてみました。


 TS部分は、懐かしき少年少女文庫さん風。骨格がきしんだり、胸が大きくなったりって、最近だと転生しちゃうからあんまりないんですよね。あの、めきめきーとかめきょめきょーが好きなんですけどねぇ。


 渋谷のパートナーシップ制度も改めて調べたけど、住んでないとダメって初めてしりまして。

 ああ、本籍移すだけじゃダメなのかと、がくっと来ました。ほんと村おこしとかで田舎でやればそこに同性愛者が集まって、活性化ーとかあり得るのではないかと思うのだけど。過疎対策。え、その後子供ができないって……orz

 密林の中だからこそ、雄花同士、雌花同士が繋がれるということもあるのかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  やっぱりそうなったかー。  何となく予想はしてましたが、勇者さん(元)は女の子だったんですね。  TS有りなのに、なかなかTSキャラがでてこないな?とは思っていました。  まさか勇者さんが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ