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歌の力で、うたが森を助ける話

作者: 風鳥 紀乃

「おばちゃーん、これちょうだい」

「あら、うたちゃん、こんにちは」

「こんにちは」


 うたは、机の上にお金を置きました。


「はい、どうぞ。寒いのに元気ねー。どれどれ、ちょっと待ってね。そんな、うたちゃんにこれはどうかな?」


 品物をうたに渡すと、おばちゃんはカウンターの下にしゃがみました。

 うたは、近所の駄菓子屋さんに、おやつを買いに来たのです。おやつ以外は買ってはいけません。と、お母さんから言われています。


「おばちゃん、うた、いらないよ。だって、お母さんにおやつ以外は買ってはいけないって言われてるもん。うた、もうおやつ買ったから買えないもん」


 それを聞くと、おばちゃんはカウンターの下から出てきました。手には、何か小さな箱を持っています。


「違うわよ、買わなくていいの、プレゼント。いつもお菓子を買ってくれてありがとう。ってことで渡したいの」


 プレゼントということは、貰っても大丈夫です。うたは嬉しくなりました。


「だだし、ひとつだけお約束。食べるときは森の中で食べること。守れる?」

「うん!」


 大きな声で返事をすると、その箱を小さな両手に置いてくれました。

 うたは、お礼に歌を歌います。


「あり〜がとう! あり〜がとう! たい〜せつ〜に、し〜ます」

「あらまぁ、お歌もお上手だこと。この、声で皆を助けてね。お話ししていると時間がたつのも早いわね、もうお昼だわ」

「あっ! ほんとだー!」


 家ではお母さんが帰りを待っています。


「おばちゃん、またね、バイバーイ」


 うたは、急いで家に帰りました。


 お昼を食べたら早速近くの森へ。

 葉の落ちた木々の間を歩きます。一人で森の中を歩くのは、うたは初めてです。


「ふ〜ゆの、も〜りは、なつ〜とちがって、し〜ずか〜」


一人の冒険が楽しくて歌があふれてきます。


「あっ、とりさんだ! こんにちは!」


 しかし、とりさんは大きな声に驚いて飛んでいってしまいました。とりさんにとって、大きい人間は危険な動物なのでしょう。

 うたは、悲しくなりました。


「とりさんと仲良くしたかったな……」


 風は冷たく、すぐそばを吹いていきます。

 ふと前を見ると、少し広くなっていました。その広場の真ん中には切り株があります。


「はぁー、つかれた。きゅうけい、きゅうけい」


 うたは切り株に座ると、おばちゃんに貰った箱を鞄から出しました。箱を開けると中には透き通った黄色い飴が大小二つあります。


「うゎあー! きれいな色! 森の中だから食べても大丈夫だよね?」


 周りを見ても人はおらず、答えてくれる人はいません。うたは、早速大きいほうの飴を食べてみることにしました。


「いっただっきまーす!」


 口の中に入れると、飴はゆっくり溶けていきます。


「おいしーい!」


 甘くて溶けていく飴は、とても美味しくてうたは目を細めます。そして、小さな手で箱を鞄にしまおうとしました。


「あ? れ? 手が……」


 思わず、目を大きく見開きました。指の間に薄いまくができていたのです。さらに、その膜はだんだん厚くなっていくようです。うたは、怖くなって周りを見回します。しかし、周りには誰もいません。


「なんで? 背も縮んでる?」


 顔を上げたことで、地面がとても近く見えることに気づきました。足も地面から離れていきます。箱が持てないくらい重くなってきました。そんなに重いのに、持ち上げることができるわけがありません。箱は切り株の上に置きます。


「うわぁー」


 飴が小さくなるにつれ背が低くなるスピードが上がります。手の指は動かなくなっていきます。ついには、洋服まで体に張り付き、変化してきました。

 うたが縮んでいく体を見ると、手は無く、白い物体がありました。小さな羽根が沢山ついています。翼です。足は四つに割れています。とりさんの足です。


「あっ! 止まった!」


 いきなり、体が落ちていく感覚がなくなりました。飴が口からなくなったとたん、変化が止まったのです。

「あめがうたを小さくしちゃったのかな? 手がつばさになっているし、足がとりさんの足になってる! すごーい! とりさんだ! うた、とりさんになってる!」


 うたは、切り株の上で、ピョコピョコ跳ねました。翼を大きく振り回します。足で蹴るとふわっとした感じが体にくるのです。


「もしかして、飛べるのかな? お空に浮かべるのかな?」


 うたは、翼を上へ下へと動かしてみました。すると、体が浮いたのです。


「うわぁー!」


 ぐんぐん空に昇っていきます。木の高さをも越えていきます。風を切る音が耳に心地よく、うたはその場で回りました。


「大~空をかける~と~り~に、なって~。風~も歌う~ビュウビュウと~」


 うたは、森中を歌いながら飛んでいきます。静かだった森にうたの歌声が響いていました。


「おーい! そこの歌っている鳥! 降りてこーい!」


 突然、下から声がしました。歌っている鳥は、うたしかいません。ということは、この呼ばれている鳥は、うたのことです。うたは、声がする方へ向かいます。

 それにしても、呼んでいるのは誰でしょう。空から見ても人間の姿はありません。声は、木の上からしてくるようです。近くまでいくと、うたは周りを見渡しました。しかし、人はやはり、いません。


「おい! どこ見てるんだ! 歌いのとりよ! おれは、こっちだ!」


 すぐ横で大きな声がしました。


「うゎあー!」


 いつの間にいたのでしょう、うたより少し大きい、白いとりさんがうたの隣を飛んでいました。


「驚くことはないだろう。 おれはずいぶん前からおぬしのこと眺めていたぞ!」

「あなたは……?」

「ちょっとこの木で一休みしよう」


 木の上に止まるとすぐに、とりさんは話始めました。


「歌いのとりよ、お主、元は人間だろう。駄菓子屋で貰った飴を食べただろう?」

「うん! うた、食べたよ」

「うた、という名か。良い名だな。その飴だが、食べた人間は森を助けなければならないのだ。おれは、そのことについての説明役。じいとでも呼んでくれや!」


 やはり、とりさんになったのは、飴を食べたからだったのです。


「たすけるって、何をすればいいの?」

「なあに、簡単だよ。森のあちらこちらで、歌を歌ってくれたらいいだけさ。そして、静かになってしまった、この森に歌を溢れさせておくれ」


 歌を歌うことは、うたが大好きなことです。しかし、人間に戻れるのでしょうか? うたは、心配になりました。


「うん。だけど……じい、どうしたら人間にもどれるか、わかる?」

「もちろんじゃ。もう一つ、箱に飴が入っていただろう? そっちを食べると元にもどる。安心せい」


 そっかぁ、なら安心です。思いっきり歌が歌えます。


「うん! うた、森をたすけるよ!」

「ありがとう、うた。この、地図を使ってくれ。絶対に歌わなければならない場所に印がしてある」


 じいは地図を渡してくれました。何ヵ所か赤いばつ印がついています。真ん中には切り株の絵が描いてあります。


「これが、ここのきりかぶ?」

「そうだ。ついさっきまでは、ここもばつ印が描いてあったのだ。しかし、お主の歌で消えた」

「じゃあ、歌ったところはばつが消えていくんだぁ! すごい! まほうみたい!」


 今日は、驚く出来事がいっぱいです。


「では、早速歌ってきてくれ」


 一人でこの広い森を回るのか、うたは不安になりました。


「じいは行かないの?」

「おれは、見張りじゃ。ここでお主の荷物を見てなくてはならない」


 確かに、なくなってしまっては困ります。しかし、一緒に来てほしい。


「そんなに、心配するな。印の近くには、鳥が必ずいる。この森の鳥は、みんなとても優しい。安心して行ってこい」


 まだ、不安だったが、渋々とうたは行くことにしました。


「もり~を、うた~でいっぱいに~。おおき~な、こえ~で歌い~ま~しょ~」


 うたは、まず春になると花が沢山咲く場所へ向かいます。そこが、切り株から一番近いのです。人間だったときは、すぐ近い場所だったのに、その場所は、すごく遠くに見えます。しかし、直線距離で、とても早く着くことが出来ました。

 春は色鮮やかなこの場所も、冬の空気に溶け込み、真っ白でした。うたは、冷たい地面に降り立ち、歌い始めました。


「花~は、さかずと~も~、声~は、ひびくよ~。雪~に閉ざした、せ~かい~ひらこ~よ~」


 しばらく歌っていると、目のはしになにか動く者が見えました。


「君、何で歌っているの?」


 目の前に突然顔が表れました。


「この森が、しずかだからだよ。うた、お仕事しているの。いっしょに歌おうよ」

「でも……」


 なぜか、このとりさんは、歌おうとしません。


「ぼく、寒いの苦手。外で歌うと寒いじゃないか」


 確かに、外は風が吹き付けていて、体を覆う羽毛があっても寒いです。しかし、歌を歌えば体は暖まります。


「歌えば、あたたかくなるよ。大きな口をあけて、大きな声で歌うの」


 しばらく考えると、とりさんは口を開きました。


「わかった。歌ってみるよ」


 二人で声を合わせます。


「花~は、さかずと~も~、声~は、ひびくよ~。雪~に閉ざした、せ~かい~ひらこ~よ~」


 しばらくの間、二人は歌い続けました。 その歌声は、いつの間にか人数が増え、明るい声がいっぱいになっていきます。うたの歌が、みんなを歌わせたのです。うたの周りには、沢山のとりさんたちが集まっていました。

 体もぽかぽかとしてきました。

 そして、歌は歌い終わります。どのとりさんも、とても楽しそうです。


「君、ありがとう! 本当に体が暖かくなるんだね、本当にありがとう!」


 最初にいたとりさんが、代表として、お礼をいってくれました。


「どういたしまして。うた、みんなと歌えて楽しかった。こちらこそ、ありがとう!」

「他にも行く場所があるのでしょう? どうぞ、森中を元気にして下さい」

「うん! わかった! また、遊びにくるね。バイバーイ」


 うたは、空に向かい翼を羽ばたかせました。下では、さっきまで一緒に歌っていた、とりさんたちが別れを惜しむように翼を振っています。うたは、それに答えるよう、一声鳴きました。

 少し離れた所の木にとまり、じいから貰った地図を見ると、さっきまでいた所のばつ印は消えています。


「うわぁー! 本当にしるしがきえるんだぁ。こんな感じで歌っていけばいいのかな? ほかのばしょは、反対方向だからいっかい、きりかぶのとこに行こう」


 じいがいる切り株へ、体を向け翼を羽ばたかせました。


「じい! ひとつばつが消えたよ! これでいいの?」


 うたは、自分の荷物が見えてくると、大きな声で叫びました。


「おお、おぬし、戻ってきたのか」


 じいは、切り株の傍の木にいました。うたは、横にとまると早速地図を見せます。


「あっているぞ! この調子で他も頼む!」

「うん!」


 うたは、大きく頷きました。


「じい、いってきまーす!」

「気をつけて、森を頼むぞ!」

「うん!」


 次の場所は、大きな木がある場所です。空の旅を楽しみながら、うたは進んでいきます。


「大~きな木~に、の~ぼりましょ~。高~いばしょは、い~気持ち~」


 大きな木にとまると、歌い始めました。上から見ると、うたの家や駄菓子屋さんが、遠くに見えます。お母さんはいま、何をしているのでしょうか? 急にうたは、家に帰りたくなりました。


「おかあさん……」


 自然と涙が溢れてきます。歌わなきゃいけないのに、涙で歌えません。


「ねぇ、だいじょうぶ? おねえさん、悲しいの?」


 下から声が聞こえます。聞こえたほうを見ると、小さなとりさんがいました。


「はじめまして。ぼく、そらっていいます」

「わたしは、うた。だいじょうぶだよ。ちょっと、さみしくなっちゃっただけだから」


 そうです。この森には、沢山のとりさんたちがいるのです。お母さんがいなくても、大丈夫です。いまは、お仕事に集中しなければなりません。


「うたさん、よかったら、ぼくのお家にこない? 外はさむいから、家の中で少しお話しようよ」

「いいの!? あっ、でも……、うたお仕事があるから、やっぱりむり」

「そっかぁ」


 いってみたかったなぁ。とりさんの家は、どんななんだろう。そらのお家は、ここから近いのだろうか。

 うたがそらのほうを見るのと、そらがうたに話しかけるのは、ほぼ同時でした。


「お仕事ってなにをしているの?」

「うたはね、歌を歌うの。森のあちらこちらで、歌をとりもどすの。そらくんは、歌はすき?」


 そらは、目をあちらこちらに向けていました。あまり好きではないのだろうか?


「うーん……、あのねぼく歌を歌えないの」

「えっ……歌えないの?」


 声は出ているのに、なぜ、歌えないのだろうか?

 疑問に思っていることが顔にでていたのかそらは理由を教えてくれました。どうやら昔、歌っていたら、人間がそらを捕まえようとしたらしいのです。それ以来歌うことが怖くなってしまい、歌おうとすると声がでないのでした。


「だから、歌うのは好きだけど、歌うことはできないの……」

「そうだったんだぁ。じゃあ、うたと一緒に森をまわるのは平気? 独りでまわるの寂しいの。一緒に来れない?」


 うたは、一緒に来てほしいと考えました。歌えないのは仕方がなくて、悲しいことだけど、聴くことはきっと大丈夫でしょう。道があやふやなうたにとって、一緒に行動してくれる人がいるのは、とても心強いのです。


「いいよ。歌わなくていいなら、よろこんで」

「ほんとう!? やったぁ!」

「ちょっと待ってて、かばんとってくる」

「うん」


 そらは、木の幹に近いほうへ行き、うたからは見えなくなりました。


「はい、これ食べて」

「わぁー! ありがとう!」


 そらはすぐ、何かの実を片手に戻ってきました。この赤い実は、少し酸っぱく甘い実で、とても美味しくいつの間にか手から消えていました。


「最初は、どこに行くの?」

「ちょっと待って」


 うたは地図を広げます。


「あっ……ここで歌うの忘れてた! ばつ印がついてない。やっぱ、ここの場所を歌でいっぱいにしなくちゃダメなんだ。歌ってから、いどうしよう」

「うん、わかった。歌聴いていてもいい?」

「うん、もちろん!」


 うたは歌います。


「大~きな木、大~きな木、わたし~たちは~学ぶ~、た~いせつ~な、こ~とを~」


 近くの木に徐々にとりさんたちが、集まってきました。そして、一緒に歌い始めます。


「大~きな木、大~きな木、わたし~たちは~学ぶ~、た~いせつ~な、こ~とを~……」


 歌が終わると大きな歓声がおきました。この場所に来たときより、空気が温かく、体もぽかぽかしています。


「すてきな歌をありがとう!」


 あちらこちらでそんな声が聞こえてきました。


「こちらこそ、一緒に歌えて楽しかった! ありがとう!」


 うたはそういうと、そらと一緒に空に飛び立ちました。

 それから次々に、うたとそらは森中を飛び、歌っていきます。

 しばらくたって、そらは、口を開いて、なにか言いたそうにしていました。でもすぐに、口を閉じてしまいます。


「そらくん、どうしたの?」


 うたはたまらず、そらに聞きました。


「……んー、あのね、みんなが歌っているのを見てね、ぼく歌いたくなっちゃったの。だけど、歌えるか考えると、怖くなっちゃって……」

「じゃあ、次の場所でいっしょに歌おう。最後の場所だから、いっしょに歌った思い出をつくろうよ。大丈夫だよ。人間もみんな優しいから、捕まえることはないよ。それに、歌うのは木の上で歌えばいいじゃん。木の上だったら人間も手は届かないよ」


 うたは、そっとそらに笑いかけました。


「うん、わかった。次の場所では、いっしょに歌ってみる」


 そしてそらは、自分自身を元気付けるように、少し笑いました。うたは、最後は明るい気持ちで、そらと別れたいと心に思いました。


「そろそろだね」

「うん……」

「思いっきり歌おう!」

「うん……」


 目的地が見えてきました。そらの顔は緊張で強張っています。


「だいじょうぶだよ。うたもいっしょに歌うから」

「うん……。うたさん、ありがとう」


 最後の場所は、切り株から、一番遠い場所で、川のほとりです。二人は近くの木に降り立ちました。

 冷たい風が、二人のそばを吹き抜けていきます。

 うたは、口を開きました。


「あり~がとう、あり~がとう、いっぱ~い、おしゃべ~り、してく~れ~て~。今日~の~こと~は、わすれ~な~い~」


 途中からは、そらも口を開き歌い始めました。


「……今日~の~こと~は、わすれ~な~い~!」


 最後は大きな声で歌い切ります。一瞬緊迫した膜がはり、一気に二人の周りは騒がしい喧騒の中にいました。二人の周りには沢山のとりさんたちがいたのです。一緒に歌っていたのです。


「そらくん、歌えたね。とてもじょうずだったよ」

「うたさんのおかげだよ、ありがとう」

「うた、歌が大好きだから。歌えないのは悲しいから歌って欲しかったの。ほんと、歌えてよかったね」

「うん」


 気づいたら、そらの目から水がこぼれていました。涙です。本当によかった。と、うたは、思いました。夕日が沈み始めているのが、目の端に見えます。


「そらくん、うた、もう帰らなきゃ。お母さんが心配しちゃうから」

「そっかぁ、うたさん、途中まで送るよ」

「でも……」


 そらは、人間が怖かったはずです。


「……じゃあ、きりかぶに荷物が置いてあるから、そこまででいいよ」

「うん!」


 二人は一気に舞い上がりました。空をぐんぐん進んでいきます。あっという間に、空の旅は終わってしまいました。


「おかえり、うた」

「じい、ただいま。はい、これ地図。全部、歌えたよ」


 切り株のところには、じいが座って待っていました。


「おう、お疲れさん。ありがとう、うた」


 そらとうたは、じいのそばに降り立ちました。もちろん、切り株の上には飴の入っている箱と、うたの鞄があります。


「うたさん、ここにいてだいじょうぶなの? これ、人間のにもつだよね?」


 そらは、周りを警戒してきょろきょろしています。うたは、じいと顔を見合わせました。


「うた、いいなさい。俺が言うより、お主が言った方が良い。お主の友達なんだろう?」

「うん……」


 うたは、そらの方に体を向けました。


「そらくん、あのね、うた、そらくんに言っていないことがあるの」

「なに?」

「あのね、うた人間なの」

「えっ……」

「あめを食べて、とりさんになったの。だから帰るために、人間に戻らなくちゃいけないの。いっしょに歌うことができて、楽しかった。」

「…………」

「そらくん、ありがとう」


 そらは、目を丸めた後、じいを見つめました。まるで、嘘と言ってほしいかのように。


「本当じゃ。だけど、とても優しい人間じゃ。それは、一緒にいたお主がよく分かるだろう?」

「……うん」

「だから、人間だからといって、みんな悪者にするのではないぞ」

「……わかった」


 そらは、頷くと、うたの方を向きました。


「うたさん、ありがとう。歌が歌えて楽しかった。僕はこれからも、歌を森中に届けるよ。あと……、うたさんのこと、森の入り口まで送らせてよ。もう、大丈夫だよ。人間を見ても、今なら、へいきな気がする」

「……いいの? やったー! けど、人間に戻ったら話せないから寂しいな。またここに来たときは、歌をしっかり聞くね」

「うん!」


 返事を聞くと、うたは、箱を開けようとしました。しかし、重たくて蓋が持ち上がりません。


「鳥になったんじゃ。力がなくて当たり前じゃ。それ!」


 いつの間にかじいが隣にいて、蓋を押し上げていました。


「うたさん、ぼくも手伝うよ。よいしょ」

 そらも、手伝ってくれます。すると、だんだん、持ち上がり、終には反対側に倒すことができました。


「はぁー」


 三人で同時に息を吐きました。


「ありがとう」


 うたは、心を込めて言います。そして、小さい方の飴を手に取りました。


「またね、バイバーイ」


 飴を口に入れました。小さな飴は、口のなかを転がります。甘くてとても美味しい飴でした。目の前にいる、二羽の鳥がだんだん小さくなっていきます。そらの顔が軽く強張っているのが見えました。

 声をかける暇も無く、体は一気に伸びていきます。

 そして、ガクン! という衝撃が一度あり、変化は止まったようでした。

 荷物は、見慣れた大きさにもどっています。切り株には、二羽のとりさんがいました。そらと、じいでしょう。小さいほうのとりさんが、羽を大きく広げ、飛び立ちました。入り口方面の木の枝に止まります。そらです。

 うたは、荷物を持ち、箱を鞄にしまい、立ち上がりました。


 チュキ、チチチ!


 足元からは、じいのご挨拶です。驚かせるといけないので、小さく、手を振ります。そして、そらのほうへ、森の入り口へ足を歩ませました。


 トゥルル、テェキュティティ!


 入り口が見えて来ました。お別れです。そらは、空に舞い上がり、空中で一回転を披露していました。もちろん、歌を歌いながらです。離れているので、少し大きな声でも大丈夫でしょう。


「そらくーん、ありがとう! またねー!」


 うたは、空に向かって、叫びました。手も大きく振ります。

 夢のようで夢ではない。うたにとって、忘れられない思い出となりました。

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