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恋をした。

作者: 阿彼方朝

空気の澄んだ良い日だった。こんな日は遠くの景色を眺めながら昼食を食べようと昼休みの計画を練りながら中だるみする授業をこなし、チャイムが鳴ると早々に屋上へと向かう事にした。安らぎの時間と空腹も相まって少し浮つく足取りのまま階段を上り、屋上の扉に手を伸ばした所でふと手を止めた。扉の向こうから歌が聞こえるのだ。扉を少しだけ開けて様子を伺ってみると、屋上には誰もいない。が、歌声は確かに聞こえてくる。疑問に思いながら屋上に出てみると、どうやら歌声の主はこの入口の上にいるらしい。

視線が歌声の主に向かう前に聞こえてくる女性の歌声に身構えてしまった。屋上で歌う事自体は別に悪い事ではないのだが、さてどうしたもんか。この泣き声交じりの失恋ソング。


何もかもが最悪だった。どうして世界は思い通りにいかないのか。でも別に良いのだと散々心の中で繰り返し納得させているのだけれど、心の私は少しも納得できずにただただ唸りをあげているのだった。別にいいじゃない、失恋ぐらい。そもそも遠くから眺めているだけで特に何かアプローチをした訳でもないし、彼について何か知っている訳でもなかったじゃない。ただ少しカッコよくて、クラスの人気者で、引っ込み思案な私にでも気軽に喋りかけてくれて。・・・そうね、やっぱりもうこんなのはやめよう。うん、私は彼が好きだった。思ってるよりずっとずっと。そう想うと途端に泣けてきてしまった。咄嗟に顔を伏せてやり過ごす。今は授業中で、こんな所で泣いてしまったら周りにどんな顔をされるか分からない。もうすぐ昼休みだ。早く引っ込んでよ。後で思いっきり出してあげるからと涙をぐっと堪え黒板の上にある時計を睨む。歯がゆい時間の進みにため息を一つ吐いてまた顔を伏せた。誰にも聞こえないような声で少しだけ思いを漏らした。あと10分が長いのよ・・・。


昼休みは30分あるのだ。腕時計を見ながら自分にそう言い聞かせる。誰もいない屋上でサンドイッチをほお張りながら遠くの景色を眺めて昼食を過ごそうと思っていたのに、気がつけばもう15分も扉の前でただただ座っている事しか出来ていない。彼女も元気な事に未だにぼえぼえと歌い続けている。今日はこんな感じの昼食を過ごすのも悪くないかな、なんて思える訳もなく、更にぼえぼえと歌う彼女のテンションに中てられ、半ば今日の昼食自体を断念してしまいかねないテンションになる。そろそろ勘弁してくれよと頭上の主を仰ぎみるもコンクリートの雨よけしか見えず、相まって僕の昼食時も見えず仕舞いでした、は困るので

はぁぁとため息を一つ、決意の為に漏らした。オーケー。失恋ソングで明日が見えないのであろう君よ、何があったか知らないが僕は昼食を満喫したい。なので君の気分が晴れるよう手伝おう。どうせなら馬鹿みたいに楽しくいこうじゃないか。大きく息を吸い込み思い切り屋上へ飛び出してを言い放った。


「世界がとっても広くて気持ちいい!!」


変な奴が現れた。わんわんと泣きながらあまりよく知らない失恋の歌を気分の赴くままに歌い散らしていたのだけど突然の出来事で口を噤んでしまった。彼は今なんと言ったのだろう。というか、聞かれてしまったのだろうか。恥ずかしさとちょっと消化不良な感情を振り払いながら涙目を擦る。気を抜くとまた泣いてしてしまいそうだ。涙をまたぐっと堪え、さぞかし充血しているだろう眼を片手で隠し平然を装う。ちらっと変な奴を見てみると何やら両手を広げくるくると屋上で回っていた。

春はまだ先なのに。変な奴ってどうして空気を読めないの。ていうかどうして屋上にやってくるの。バカと煙はというやつなのか。そうだとすると私もそれに当てはまるのではと逡巡していると変な奴がまた何かを言った。


「更に空気が澄んでて気持ちいい!!!」

この人は一体何をいっているのだろう。恐怖を覚えた瞬間である。


あっけにとられているだろう君よ、どうだ。この僕にかかれば失恋ソングで明日が見えない君を一瞬で現実に引き戻す事ぐらい訳ないさ。さぁ時と場所を考えておくれよ。なんなら更に回ってもみせようかと両手を広げくるくると回りながらちらりと歌声の主を見てみる。栗色のロングヘアー、女性というにはまだ幼い感じの体格、リボンの色は赤色と回りながら分かったのはそれぐらいで顔ははっきりと分からないかった。回転を止めて落ち着こうとするが、思ったより足にきているようでよたよたとした後、ばたんと仰向けに倒れてしまった。背中の痛みや視界が回るなか仰ぎ見た空は高く澄んでいて、やっぱり良い天気だなぁ更に青と白の縞々がたまらない。あぁ。これは空ではなくて、と思う頃には空から足が降ってきていた。いやーベタな展開だなぁ。こういうのをなんていうのかな。とりあえず上手い事取り繕えたらいいな。


「こういうラッキースケベは恋愛フラグだっていう話があるらしいよ」

容赦ない一撃が降り注いだ。


今日は本当に最悪。もう本当に最悪だ。屋上なんて行かなければよかったと階段を降りながら息巻く。

失恋して、屋上で泣いて歌って、変な奴が来て、訳分かんなくて、パ・・・。もうほんとサイアク!

階段の踊り場で一息つき、壁の上段にある小窓から射す光に目を向ける。小さな埃が光の中で舞っていた。

眺めている内に気分は落着き、チクリと胸を刺す痛みに目頭が熱くなってきた。ほんと、サイアクね。

誰もいない事を横目で確かめてちょっと泣いた。何もしていない結果の失恋なんて一生懸命恋して失恋するのと比べればなんて事はないのだろうけどさ。でも初恋で初失恋だし。あぁもうよく分かんない。けど、バカ面さげて屋上でわんわん泣いて歌う散らすって実にバカだなぁと、泣きながら思った。そりゃ変な奴も出てくるわよと考えると少し笑える気がする。うん、笑える。涙を擦り、ちょっとした屋上での出来事を反芻し、とりあえずあの変な奴との恋愛フラグが立っていませんようになんてくだらない事考えている内にどんどん笑えてきて教室に戻った頃にはすっかり笑顔になっていた。

恋をしたのだ。そして失恋したのだ。午後の授業が始まり私は黒板を眺めながら、自信の静かな成長を喜んだ。そして、もう一度呟いてみた。誰に聞かれたって構うものか。


うん、私は。


高い空を改めて仰ぎ見る。ぼえぼえな彼女はどうやらこの屋上を去っていったようだ。顔面全体に響く鈍痛を両手で摩り、涙目、青い空。やるせない気分ではあるが、やっと手に入れた昼食時間なのだ。いつまでもこのまま寝っ転がっているのは勿体ないと上半身を起こしてみたものの、腕時計の針は無常にも昼食時間の終わりを指していた。くだらない事をしてしまったなと起こした上半身を再度床に投げ出した。どうしてもっと上手い方法を思いつかなかったのか。もしかしたら傷心の彼女と何かしらの出来事が・・・あったけども。そうではなく、もっと建設的な関係を築けたのではなかったのだろうかと思考がぐるぐると回り始める。考えれば考える程、思考はぐるぐるとぐちゃぐちゃーと明後日の方向へと向かい結局は青と白の縞々や栗色の髪や可愛らしい体格などが脳内に張り出されてゆく始末で、もうどうにもこうにもならず、ばたばたと手足を動かすしか叶わなかった。そもそも。なんでこんな感情を抱いているのか。中空に思いを馳せてみると案外簡単な結論が弾き出された。まぁ泣き声交じりの失恋ソングを屋上で歌ってるとかさ。正直どうかとは思うけど、一瞬見た彼女の泣き顔が、その、アレだ。可愛かった、とか。


つまり、たぶん僕は。


















「 「 恋をした 」 」

初投稿です。まだまだ拙い文章ですが精進していきたいと思いますのでよろしくお願いします。

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