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ハルチ  作者: あみるニウム
02「非日常のはじまり」
9/53

02−3

 件のやり取りの後、僕は教室に戻って来ていた。

「おそらくは、今日の夕方辺りにでも、何かを仕掛けてくるじゃろう」

 天原さんは、去りがけの僕にそう告げた。

 しかし、その時間まで何も起こらないとは言い切れないのだそうだ。

 だからこそ、朝も昼も僕には監視の目がつけられ、知らず知らずのうちに保護されていたのだ。

 可能性がゼロでない限り、気を抜くことはできない。

 当たり前だが、命がかかっている場面では、尚更そうだろう。

 その結果、事情を知らされてしまった僕は、僕にナミとみろくが纏わりつくことを受け入れざるを得なかった。

「でね! ぎいちゃん、それでね!」

 ナミは、普段は嫌がる僕の傍に遠慮なくいれることが余程嬉しいようで、際限なく話しかけてきた。

 そして、ナミの周りには、男女問わずナミと仲の良いメンツが取り巻いていた。

「ははは。そんなことないよ、君江ちゃん。言うなら、野に咲く美しい薔薇から、棘を完全に抜き去ってしまえば君になるんじゃないかな。棘の無い、他人を傷つけることを決してしない美しいバラだなんて、もう存在するだけで罪だよね。ああ、ごめんごめん、清香ちゃん。清香ちゃんもとっても可愛いよ。そうだな、君の可愛さは────」

 みろくはみろくで、僕の傍にいるにも関わらず、いつも通りに女の子に周囲を囲まれていた。そして、歯の浮くような台詞を連発しては、僕の背筋を凍らせてきた。

 何故、あの子たちはあのような言葉を聞いて、あれほど嬉しそうな顔ができるんだ?

 僕は鳥肌しか立たないぞ?

 ……顔か?

 やはり、顔なのかっ?

 それはそうと、二人が傍にいることにより、結果として、僕は普段接することのない人々に囲まれた状態になっていた。

 もちろん、僕に話しかける生徒などいない。

 いても僕が無視しているので、その度にみろくやナミがフォローに回っていた。

 だが、周囲の注目を集めるには十分だった。

 周囲の人間は、何が起こったのかと、僕の方を見ていた。

 僕にはその視線が痛かった。

 いつも通り過ごしてくれと言われたが、残念ながら、いつも通り過ごすことなんて不可能だった。

 楽園さんは、相変わらず分厚い本に目を落としていた。

 時折、チラッとこちらを伺う様子を見せたが、すぐに本に視線を落とした。

 本当にシャイなんだな。

 いや、普通の人でも、この集団の中に入りたいとは思うまい。

 僕の日常は、二人の有名人のせいで、完全に奪われたと言っても過言ではなかった。

 授業中こそ、クラスの違うみろくはこの場を去るものの、休み時間になる度に僕の元を訪れては嵐を巻き起こしていた。

 来るのは雨ではなく、嵐で正解だったな。

 最も、天候の嵐ではなかったけれど。

 落ち着かないまま時間は過ぎ行き、遂に夕暮れ刻が近づいてきた。

 生徒たちが続々と学校を後にし、一人、また一人と生徒が校内からいなくなる中、僕と生徒会の面々は、体育館裏に集合することになっていた。

 できるだけ人目につかないところで事を済ませたいのだそうだ。

 ナミが部活動の後、そのまますぐに集まれるようにという配慮もあったのだろうが、残念ながら、ナミは今日の部活動には参加していなかった。

 そして、みろくとともに、僕に纏わりついていた。


 約束の時間を過ぎたので、僕はナミとみろくに連れられ、体育館裏へと移動した。

 そこにはすでに、天原さんと楽園さんがいた。

「来たか」

 僕らの姿を確認し、天原さんが声をかけてきた。

「少し遅かったようじゃが、まあ良い。とりあえず、こちらへ来い。準備をするぞ」

 そう言われ、僕らは二人の元へ歩み寄った。

「コ、コヤさん、あの、皆と手を繋いで、円陣を組んで頂けますか?」

 楽園さんが申し訳なさそうに僕に話す。

「わかりました。それと、楽園さん、ナギでいいですよ。同じクラスなんですし。あとそんなに緊張なさらないでください。僕は、そんな大層な人間でもありませんし、人に危害を加えたりもしないですから」

「す、すみません……」

「いえ、だから謝らなくても……」

「ぎいちゃん、舞ちゃんは極度の人見知りだから仕方ないんだよ。とりあえず、時間もないから始めちゃおうよ」

 ナミが僕にそう声をかけてきた。

「あ、ああ、すまない」

 楽園さんが再び円陣を組み、手を繋ぐことを促した。

 そして、僕等は言われるがままに、円形になり、手を繋いだ。

「ところで、何をするんですか?」

 思わず僕は疑問を発してしまう。

「あ、えっと……、なんと言いますか……。ゾウオと戦うフィールドを用意すると言いますか……」

 楽園さんが必死に説明してくれようとするが、イマイチ伝わって来ない。

「ナギどの、どの道すぐにわかる。少し待っておれ」

「は、はあ……」

 僕は理解できないままに返答した。

 て、あれ? 天原さんまで名前呼びになってないか?

 ……まあ、いいか。

 不快なわけではないし、大した問題でもない。

 そして、疑問は尽きなかったものの、僕は言われた通りに目を瞑り、精神を落ち着けた。

「で、では、行きます」

 楽園さんがそう言うや否や、全身にものすごい重みがのしかかって来た。

「う、おも──」

「喋るな!」

 僕が声を漏らすと、天原さんがものすごい声で僕に向かって叫んだ。

 天原さんの声に反応して、僕はぐっと口を閉じた。

 歯を食いしばり、体験したことのない重みに耐えていると、しばらくするとふっと体が軽くなるのを感じた。

「お、終わりました」

 その瞬間に楽園さんは何かの終わりを告げた。

 シールドが張り終わったということなのだろうか。

 僕は何が何だかわからなかったが、繋いでいた手が離れて四人が動いている気配を感じ、恐る恐る目を開いてみた。

 目を開いた瞬間、僕の網膜に焼きついたのは、体育館裏の景色──ではなかった。

 そこは、辺り一面に何もない、平野のような場所だった。

 夕暮れ時で赤く染まっていたはずの空までも、真昼のような明るさを帯びていた。

「……え? あの……、ここは……?」

 そう言った瞬間、天原さんが大声で叫ぶ。

「来たぞ! ヘビ型のゾウオじゃ!」

 その叫び声を聞くや否や、みろくと楽園さんが天原さんの指さす方へと飛び出した。

 僕もそちらに向き直ってみると、そこには今まで見たこともない光景が広がっていた。

 アニメでしか見たことのないようなヘビの化け物が、おぞましい雄叫びを上げながら近づいてきていた。

 それを見て、僕は思わず腰が抜けそうになった。

「下がっておれ」

 天原さんは僕にそう告げると、何かをブツブツと言い始めた。

「お、おい、ナミ。何がどうなって──」

 そう言いながら、ナミが居た方に向き直ってみたが、そこにナミの姿はなかった。

「あれ……、ナミ……?」

 辺りを見回すがナミの姿はない。

 キョロキョロしていると、僕の足下に影が二つ伸びていることに気がついた。

 一つは僕の足下から、もう一つは──その元を辿り、視線を空に移すと、そこにはナミが浮かんでいた。

 何も使わず、ナミは宙に浮いていた。

 そして、ナミの瞳は、真っ赤に染まっていた。

「な、何なんだよ……」

 僕が呟いた瞬間、ナミが叫んだ。

「たかちゃん! もう一体! 九時の方向から!」

 その言葉に反応し、天原さんが九時の方向に向き直る。

 僕も声に反応してそちら側に体を向けてみると、先ほどと同じような巨大なヘビの化け物がいた。

「な、二体じゃと?! 聞いておらぬぞっ!」

 天原さんが叫んだ。

「たかちゃん! 来るよ!」

「わかっておる!」

 地上と空中でやり取りする二人に挟まれるような形で、僕は呆然と立ち尽くしていた。

 天原さんは後から現れた怪物に向かいながら、再び呪文のようなものを唱え始めていた。

 僕の頭は完全に混乱して、訳がわからなくなってしまった。


 これは、夢なのだろうか。

 僕は夢を見ているのだろうか。

 意識が飛びそうになるのを必死にこらえながら、僕は頭を回転させた。

 だが、状況を把握しようとすればするほど、頭の中は混沌としていった。

 落ち着くんだ。落ち着いて、客観的に状況を把握するんだ。

 そう自分に言い聞かせ、もう一度辺りの様子を伺ってみる。

 目の前にいる女性は、呪文のようなものを唱えている。

 その先に、突如として現れたアレが雄叫びを上げている。

 耳を引き裂かんばかりの音量で、叫び声を上げ続けている。

 それに対抗するかのように、女性は何かを唱えていた。

 聞き取ることはできないが、何かをブツブツと唱え続けていた。

 彼女は一体、何を唱えているんだろうか。

 いや、そもそも、ここはどこなのだろうか。

 明らかに、先ほどまでいた場所ではない。

 全てが先ほどまでいたあの場所とは違っている。

 空の明るさも、辺りの景色も、何一つ類似点がない。

 何度も確認してみたが、やはり変わりはなかった。

 僕は、たった今、目の前で起こっている出来事を受け入れることができず、ただ混乱するばかりだった。

 混乱した僕の脳内に、様々な考えが浮かんでくる。

 僕は何故、このようなところにいるのだろうか。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 どうして、こんな目に遭わなければいけないのだろうか。

 目の前にいる女性は誰なのだろうか。

 その奥にいるアレは何なのだろうか。

 この世の物ならざる姿をしたアレは、一体、何なのだろうか。

 落ち着くんだ。女性が誰なのかはわかっているはずだ。

 彼女は一度会えば、生涯忘れることのできないインパクトを持っている。

 彼女とは、忘れたくても忘れられない出会い方をしている。

 それよりも、果たして、僕は生きて帰れるのだろうか。

 そもそも、僕は今、生きているのだろうか。

 まだ、この世に、生存しているのだろうか。

 まだ、この世界に、存在できているのだろうか。

 もし、元には戻れないのだとしたら、色々と後悔しそうだな。

 やれることがまだあった。

 やりたいこともまだまだあった。

 そして、やらなきゃいけないことだって、たくさんあった。

 何もかもが中途半端なままになっている。

 全てがそのまま、置き去りにされている。

 目前で行われているありえない事象を他所に、思考だけが脳内を走り続けた。

 ここで終わる訳にはいかないのに。

 こんなところで終えてしまう訳にはいかないのに。

 グルグルと想いが脳内が駆け巡る中、突如として、目の前にいた女性が呪文の詠唱をやめ、こちら側に振り向いた。


「うるさい!」


 そして、振り向きざまに叫びながら、僕の脳天に向かって、高々と振り上げた足を踵から振り落としてきた。

 僕の頭は真っ白になった。

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