02−2
「えっと……」
全員が席に着いたのを確認し、楽園さんが話を始める。
「まず、私たちなのですが、私たちはこの学校の生徒会役員をさせていただいています」
「ええ、それはわかります。天原さんが腕章をつけてますし」
僕は天原さんの腕章を指さしながら応えた。
「そ、そうですよね。すみません……、すみません……、すみません……」
それに対して、楽園さんは必要以上に頭を下げた。
この子は、とても気が弱いのだろうか。
別に非難したつもりは微塵もなかったが、あまり厳しい言い方はしないように注意した方が良いのかもしれないな。
僕はどうも口調がきついようだし。
「いえ、そこまで謝ることではないと思うのですが……。ただ、生徒会役員だというのは察しがつきましたが、人数が足りないように思うのです。普通、生徒会と言えば、会長、副会長、会計、書記の四人は最低でもいるんじゃないかと──」
「ちょっとぎいちゃん、私を忘れてない?」
突然、ナミが会話に割り込んできた。
驚いて振り返ると、ナミは膨れっ面をしていた。
「……え?」
思わず間抜けな声が漏れてしまった。
「だーかーらー、私も生徒会役員なんだってば!」
「おい、ナミ。こんな時に冗談は──」
「あ、あの……」
楽園さんが僕がナミに話しかけるのを遮った。
僕が楽園さんの声に反応してそちらへ向き直ると、楽園さんは再び話し始めた。
「冗談では、ありません……。会長の天原先輩、副会長のみろくさん、そして、書記の私と、会計のナミさんで、生徒会役員なんです。本当は庶務の席もあるのですが、適任な方が見つからなくて、今は空席になっているんです」
「……冗談でしょう?」
僕は驚いた。
ナミが生徒会役員をしているなんて話、今まで聞いたこともなかった。
「嘘じゃないよ! 私、本当に会計やってるんだよ! ちゃんと全校集会に出ないから、私の勇姿を見逃すんだよ!」
ナミが頬を膨らませながら僕を睨んできた。
いや、睨むというには、上目遣いすぎる気もするけど。
それ以前に、自分で勇姿とか言っちゃ駄目だろ。
確かに、全校集会中は大抵仮病を使って、保健室に入り浸っている僕にも問題はあるのだが。
しかし、ナミに会計なんて仕事ができるのか?
いつもはぽやんとしていて、とても仕事ができそうなタイプではないぞ?
第一、そんな話は聞いたこともなかったし、そんな様子を見たこともない。
何かの間違いじゃないのか?
全員で僕をからかっているのか?
「ナミどのは、ずば抜けた能力を持っておってな、この生徒会にはなくてはならない存在なのじゃよ」
僕の疑問に答えるように天原さんが話した。
「能力……?」
初耳だった。
ナミが生徒会の会計をしていたことはもちろんそうなのだが、ずば抜けた能力というのもこれまでにただの一度たりとも聞いたことがなかった。
むしろ、ナミは人並みに物事をこなすのにも人一倍の努力をしているという印象があった。
そのナミにずば抜けた能力なんてものがあるのか?
ということは、ナミのことはよく知っているつもりだったのに、僕は何も知らなかったということか?
昔から最も身近にいて、最も親しい仲で、僕のことを一番知っているのはナミで、ナミのことを一番知っているのは僕だと思っていたのに……。
あれだけ近くにいたのに……、あれだけ話もしていたのに……、あれだけ一緒に過ごしていたのに……、あれだけ……あれだけ…………あれだけ………………。
「コヤどの、話を続けるぞ」
僕の思考がぐるぐると回り出した瞬間、僕が混乱しているのを見透かしたように天原さんが声をかけてきた。
「あ、はい。すみません、取り乱してしまって」
僕は大きく息を吐き出し、自分を落ち着けた。
今はそんなことで驚いている場合ではない。
そのことは、生徒会役員の面々の表情を見るだけでも察しがついた。
「構わぬ。舞どの、続きを頼む」
「は、はい。あの、それで、私たちは表向きは生徒会役員なのですが、別の役割も担っているんです」
「別の役割?」
「はい。『ゾウオ』討伐隊です」
「……憎悪?」
「あ、いえ、あの憎み悪むの憎悪ではなくて……。いや、違わなくはないのですが……、あの……、いきなりな質問で申し訳ないのですが……、生霊って聞いたことありますか……?」
「ありますよ。人を恨んだりすると出るって奴でしょう?」
「は、はい。そうです。えっと……、ようするに、それと似たようなものと言いますか……。というより、それがゾウオの一種と言いますか……。つまりは、人のマイナス感情が集合し、形を持ったものが『ゾウオ』なんです。と言っても、普通の人の目には見えないのですが……。人を恨む気持ちや妬む気持ち、あるいは、殺意などもそうですが、そのような人々が抱くマイナス感情、それが具現化して、人々に影響を与えるようになったのが、『ゾウオ』という存在なんです」
いきなり過ぎる話だった。
急にオカルトチックな流れになったことに、僕は若干の戸惑いを覚えた。
それを悟られないように、必死に自分を落ち着けながら、僕は話の続きを促した。
「まあ、突然そう言われても、俄には信じられませんよね、そんな話。第一、目に見えないものをどうやって相手取るのか。とはいえ、それをここで追求しても、話が進まないのでしょう? 僕もそこまで物わかりが悪い人間ではないので、疑問はとりあえず横に置きます。仮に、その『ゾウオ』とやらが存在していたとして、それがどうかしたのですか?」
「えっと……、あの……、その『ゾウオ』が、あなたを狙っている……ようなのです……」
楽園さんが申し訳なさそうに話す。
「…………は?」
あまりの突然のことに、うまく理解できなかった。
「つまりだな、ゾウオの存在がこの学校内で確認された。まあ、確認するのは毎日のことなのじゃが、今回は狙いがあって、徒党を組んでいるようじゃった。共通の目的を持ち、共通の標的を掲げ、その者に危害を加えようとしておった。そして、その標的がそなただった、ということじゃ」
楽園さんに代わり、天原さんが話を続ける。
「えっ? ち、ちょっと待ってください。何故僕がそのゾウオとやらに狙われるんですか? 全く身に覚えがないのですが……」
僕は取り乱した。
天原さんは全く動じることなく、それに応えた。
「それはわからん。しかし、そなたが狙われていることは、今しがたの調査で間違いがなくなった。じゃから、ナミどのにここへ連れて来てもらい、取り急ぎ状況だけでも伝えることにしたのじゃ。さすがに、そろそろ本人の了承なく事を進めるのは、厳しくなってきたものでな」
驚いて僕はナミを見た。
「そうなのか?」
「そうだよー」
ナミはいつもと変わらない調子で応えた。
「だって、ぎいちゃん、私やみろくんの話、聞かないでしょ? 朝だって一緒に居てくれなかったし……。だから、たかちゃんや舞ちゃんの話なら聞いてくれるかなー、って思って、ここに連れてきたんだよ」
なるほど、確かに。
僕がナミやみろくの話に、素直に耳を貸すはずがない。
話をする前に突っぱねるのが常だ。
そういえば、今朝、ナミは妙に僕から離れるのを嫌がる様子があった。
よくよく考えてみれば、普段は朝練をサボってまで、僕と一緒にいようとすることなど、皆無だった。
「てことは何か? みろく、お前も僕を保護だか何だかをするために、朝一番に僕のところまでわざわざ来たってのか?」
「そうだよん。だってさ、ナミくんに任せようとしたら、断られちゃったって僕のとこに泣きながら来るんだもん。ま、そう言う僕も追い返されちゃったんだけどね」
「じゃから、面識はないがそなたと同じクラスじゃという舞どのに日中のことは頼むことにしたのじゃ。さすがに、舞どのからそなたに話かけることはできなかったようじゃがな。そして、連れてくることですら、全力で拒否しおった。まあ、仕方ないのう。何せ、舞どのは究極のシャイじゃからなっ!」
天原さんは高笑いしながら、シャイの部分を強調して言った。
それに反応するように、楽園さんが真っ赤になっていた。
いや、今更照れる必要はないだろ。
もうここまでで結構な会話をしたぞ。
しかし、そうか、それで色々と合点がいった。
朝一番で天原さんが待ち構えていたのも、ナミが僕より早く来ていたのも、みろくが僕を訪ねて来たのも、そして、楽園さんが誰も教室にいなくなっても教室に残り続けていたのも、全ては、僕を見守るためだったのだ。
ゾウオとやらから僕を護るために、全ては仕組まれていたことだったのだ。
まあ、正確には、天原さんは僕が保護対象だと確定できてはいなかったようだが、他の三人はわかっていたのは間違いないのだろうし、天原さんは天然なのだから仕方がない。
おそらくだが、楽園さんが青ざめて教室を出て行ったのは、僕を連れて来いと言われたからで、ナミが昼休みに入ってすぐにいなくなったのは、調査か何かのためなのだろうな。
「それで? 僕はどうすればいいのですか?」
未だにゾウオとやらの存在は信じられなかったが、ここまで真剣に話しているのだ、何かあるのは間違いないと僕は判断した。
それに、常識人で通っている僕としては、その好意を無碍にする訳にもいかない。
そこで僕は、僕自身の今後の動きを天原さんに尋ねた。
わざわざ呼び出してまで話をしたのだから、何か策があるのだろうと思ったのだ。
「いや、何もせんで良い。いつも通りに過ごしてくれ」
返ってきたのは、想定外の返答だった。
「……え? 何もしなくていいんですか?」
拍子抜けした僕は、またもや間抜けな声を出してしまった。
「うむ。 この学校内にいることは確かじゃが、 向こうが動かんことには、こちらも動きようがない」
「つまり、僕は囮ってことですね?」
「まあ、そうなるかの……」
天原さんは少しバツの悪そうな表情を浮かべた。
「しかし、安心せい。我らが終始そなたを監視しとる。そう、ロリコンっぷりを如何なく発揮しとる、その瞬間もな!」
「誰がそんなもん発揮するかっ」
思わずツッコんだ後、ハッと気がつき、僕はナミとみろくに視線を送った。
二人は、あたかも感動的なシーンを目撃したと言わんばかりの表情を浮かべていた。
まるで、何年間も車椅子で生活していた足の悪い少女が立ち上がり、今まさに歩き出したという瞬間を目撃したかのような表情を。
「クララ……」
「名前を出すなよっ。怒られるだろっ」
僕が必死に実際の名前を使わずに表現しようと努力を、みろくが完全に無駄にした。
「パトラッシュ……」
「それは何か違うだろっ。思いつきと感動ものという共通点だけで適当に言うなっ」
今度はナミが話を広げようとしてきた。
僕の反応に、みろくはニヤニヤとし、ナミは先ほど同様に頬を染めていた。
こいつら……、どうしようもない……。
「お前ら、覚えてろよ」
僕は思わず、かつてないほどの冷たい視線をナミとみろくに向けながら、かませ役が捨て台詞として吐きそうな言葉を言い放ってしまった。
今回の件が終わったら、こいつらと縁を切ってやろうかな。
「無駄じゃ。こやつらとの縁は、切っても切れるものではなかろうよ」
天原さんが僕の思考を見透かしたように話しかけて来た。
「ですよね……」
僕はここ数年の二人を思い返し、その言葉が妙に身に染みて、生涯こいつらと付き合っていく覚悟を決めた。




