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ハルチ  作者: あみるニウム
02「非日常のはじまり」
7/53

02−1

「お、おい! いい加減何があったのか話せよ!」

 僕はナミに引っ張られバランスを崩しながらも、何とか声を発した。

「時間がないの! いいから来て!」

 ナミはこちらを振り向きもせずに答えると、僕の腕を掴む手に更に力を込めた。

 その様子から、切羽詰まっている様子は見て取れた。

 何なんだよ、何があったって言うんだよ。

 僕は混乱してはいたものの、ナミのあまりの真剣さに、なすがままに連れられることにした。

 ふとナミの腕の力が弱まったと思った瞬間、ナミは僕から手を離して目の前の扉に手をかけた。

 そして、勢いよく扉を開けると同時に、その奥に向かって大きな声を放った。

「たかちゃーん! 連れてきたよー!」

 そう言うや否や、再び僕の腕を掴み、強引に中へと連れ込んだ。

 そこには、三人の学生が待ち構えていた。

 向かって右側に今朝追い返した世野みろく。

 腕を組んだまま立ち、相変わらずの笑顔を浮かべている。

 そして、左側には先ほどまで同じ教室にいた眼鏡の少女。

 おどおどした様子で、こちらと中央の人物に視線を行き来させながら立っていた。

 その間に挟まれるように、今朝方会ったばかりの天原さんが、高級そうなデスクに腰かけていた。

 その姿は、凛としていて、威厳のあるものだった。

 机の上に目を落としていた天原さんは、視線を上げ、こちら側へと向き直った。

「おお、ナミどの。ご苦労であった。手間をかけたな」

 天原さんはナミに声をかけるや否や、そのままナミの斜め後ろに立つ僕の方へと視線を動かした。

 そして、不思議そうな顔を浮かべた。

「おや……? そなたは、今朝の……」

「はい……、コヤ……、ナギ……、です……」

 強引に連れられてきたのもあって、運動不足の僕は息が上がっていた。

 そのため、言葉が途切れ途切れにしか発せなかった。

「コヤナギ……? いや、私が探しているのは、今回のターゲットに確定したという、フルノどののはずだが……」

 天原さんは、顎に手を当て、思案顔を浮かべた。

 すると、ナミが呆気にとられた声を発した。

「たかちゃん……、フルノは私だよ……」

「……えっ?」

 天原さんは、驚いたような表情を浮かべ、ナミを見た。

「ということは、なんじゃ? 今回のターゲットは、ナミどのじゃったということかの?」

「あ、あの……、会長……」

 左側に立っていた少女が、遠慮がちな声で天原さんに話しかけた。

「タ、ターゲットは、『フルノ』さんではないです……」

「む? どういうことじゃ?」

「高子くん、また資料をちゃんと読まなかったのかい? 今回のターゲットは『古』に『野』という字を書くけど、読み方は『コヤ』なんだよ」

 みろくが呆れ声で話した。

 みろくの言葉を聞き、天原さんは驚愕した表情を浮かべた。

「なん……じゃと……?」

 そして、天原さんは僕の前で二度目のなんじゃとを放った。

「たかちゃん、私の話、ちゃんと聞いてなかったでしょ? 私と同じ『古野』っていう字だけど、読み方は『コヤ』だよって、ちゃんと言ったじゃない!」

 ナミは腰に手を当て、怒った表情をしていた。

 僕は取り残され、呆然としていた。

「なんたることじゃ……、大きな勘違いをしておった……。ん? いや、しかし、先ほどそなた『コヤナギ』と名乗らんかったか?」

「そうです。『古野ナギ』です。『古野』が名字で、『ナギ』が名前です」

 僕は突然話を振られ、慌てて返答した。

 慌てていた割には冷静に対応できたのが、自分でも意外だった。

 息はいつの間にか整っていた。

「聞き間違えまでしちゃったの? さすがにおっちょこちょいを通り越してるよ……?」

 みろくが更に呆れた声で天原さんに話しかけた。

 天原さんは、顔を真っ赤にしていた。

「お、愚か者! し、し、知っておったわ! わ、私を、だ、誰だと思っておるのじゃ!」

 天原さんは、如実に慌てた様子を浮かべた。

 この人、天然だ。

 今、確信した。

 ていうか、何だよ、この叙述トリックは。

 へたくそなミステリーかよ。

「か、会長……、そ、そろそろ、話を進めませんと……」

 眼鏡の少女が天原さんに申し訳なさそうに声をかけた。

「む、そうであったな。すまなかった、ロリコ──ヤどの」

「ロリコヤって誰だよっ」

 思わずツッコミを入れてしまった。

「ぎいちゃんが……、ツッコんだ……!」

 それに対して、ナミが驚きの表情を浮かべながら呟いた。

「おいおい、ナギくんのツッコミなんて、何年ぶりの快挙だい? 赤飯ものだよ?」

 みろくでさえ、笑顔を崩すことはなかったものの、驚いた声を零していた。

 二人の視線が僕に突き刺さり、居たたまれない気持ちが沸き上がる。

「おい、お前ら、そんな目で僕を見るな」

「だって、ぎいちゃんが──」

「言うな。つい反応してしまっただけだ」

「ナギくんが──」

「お前は次に僕の名を口から発したら抹消する」

「おお……、気持ちいいねえ……」

 ナミが本当に感動したという様子を見せていた。

 みろくは笑顔を崩すこともなく、全く怖がっている様子すら見せずに、気持ちの悪いことを言っていた。

 よくよく考えれば、ナミとみろくと僕の三人が同時に同じ場所にいるなんて、いつぶりだろうか。

 あの日以来、ほとんど一同に会することはなかったもんな。

「はっはっはっ。仲が良いのだな、そなたら。しかし、話が進まんので、戻しても良いかな?」

「逸れたのはあんたのせいだよっ」

「ぎいちゃんが……」

「もういいよっ!」

 危うく天丼に陥りそうになったところを、思わずツッコんで切った。

 すると、ナミは何故か頬を赤く染め、とても嬉しそうにしていた。

 どこに頬を赤らめる要素があったのか、僕には微塵もわからなかった。

「とりあえず、全く状況がわからないので、説明してください」

 僕は真剣な表情に戻り、天原さんに問いかける。

「あ、あの……、その説明は、私が……」

 すると、眼鏡の少女が遠慮がちに声を発した。

「えっと、あなたは確か、同じクラスの……」

 僕は記憶を探ってみるが、全く思い浮かばない。

「は、はい。私は、楽園らくぞの舞です。同じクラスだと知っていてくださって光栄です。あの……、その……、私、影が薄いので……」

 楽園さんは俯きがちに、消え入りそうな声でそう言った。

「で、どういうことなのですか?」

「あ、あの……、えっと……、まず、私たちのことから話しますね。立ち話もなんですので、こちらへどうぞ」

 そう言うと、楽園さんは隣の応接室のような部屋への移動を促した。

 天原さん、みろく、楽園さんが移動するのに続き、僕も移動を開始した。

 ふとナミを見ると、未だに心ここにあらずという様子だった。

「おい、ナミ。行くぞ」

 僕が声をかけると、恍惚の表情を浮かべていたナミはようやく我を取り戻したようで、真剣な面持ちで僕の後に続いた。

 応接室に足を踏み入れると、これまた豪華な、大層座り心地の良さそうなソファーが、テーブルを挟んで向かい合うように並んでいる様が目に飛び込んできた。

 そして、僕とナミが同じ側、天原さん、みろく、楽園さんが反対側にに座り、話を始めることになった。

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