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ハルチ  作者: あみるニウム
01「日常の終焉」
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01−5

 そんなことを知りもしない僕は、読書というにはおこがましいほど集中していない時を過ごしていた。

 気がつくと、すでに授業が始まっていた。

 昔から、何かに集中すると周りが見えなくなる質ではあるが、授業の開始に気づかないというのは初めてだった。

 みろくの言葉が気にかかって、読書というよりは、単なる逃避に近いものだったことがその原因かもしれない。

 何を読んでも頭に入って来ず、何を見ても脳内にイメージが浮かばなかった。

 そこで、僕はただ文字を眺めるだけにしていた。

 眺めて、流して、時が過ぎるのを、ただ待っていたのだ。

 そうしているうちに、授業が始まってしまっていた。

 失態だとは思ったが、5分程度しか経過していなかったし、過ぎてしまったものは今更どうしようもない。

 そう割り切り、それ以上は考えないことにした。

 そして、読書の時と同様に、聞いているようで聞いていない状態に陥り、あっという間に授業は進んだ。

 時が止まった状態の僕を他所に、時間はいつも通りに流れ、過ぎ去っていった。

 あの時と同じように、時間は僕を置き去りにした。

 次に気がついた時には、すでに昼休みになっていた。

 クラスメイトは皆一様に教室を出て、食堂に向かっているようだった。

 あれほど人がいた教室内は、ほとんどもぬけの殻になっている。

 がらんとした教室内に、外の雑音だけが響き渡っていた。

 ナミですら、そこにはいなかった。

 いつもなら、昼休みに入った途端に話しかけて来るというのに、今日は話しかけることもなく教室を出て行ったようだ。

 そういえば、一限目が始まるときにも話しかけられなかったな。

 いくら呆けていたとはいえ、話しかけられたら気づいたはずだ。

 こんなこと、初めてじゃないか?

 あの時ですら、ナミは話しかけてきたというのに……。

 もう一度周囲を見渡し、教室内を確認してみたが、ナミの姿はどこにもなかった。

 教室にいたのは、僕ともう一人、眼鏡をかけ、髪を肩口で揃えた、寡黙で真面目そうな印象のあるだけ少女だった。

 彼女の名前は知らない。

 同じクラスだということしかわからない。

 そもそも、僕はクラスメイトですらよく知らないのだ。

 何となく同じクラスだなということはわかっても、名前を思い浮かべることができる人なんて、ナミ以外には一人もいない。

 僕はそれほどクラスでは孤立した存在だった。

 眼鏡をかけた彼女は、一人、分厚い本に目を落としている。

 どんな本を読んでいるのかと表紙に目を凝らしてみたが、ブックカバーがかけられていて、何の本なのかはわからなかった。

 しかし、あんな分厚い本を読めるのだから、きっと頭も良いのだろうな。

 僕にはあんな本、読めそうもない。

 第一、僕は文庫サイズの本しか読んだことがない。

 それも、大した量を読んでいる訳でもない。

 読むことは好きだが、あんな分厚い本はさすがに読みたいとも思わなかった。

 少女は周囲を気にする様子もなく、本を見つめ続けていた。

 僕が彼女に焦点を合わせているとも合わせていないとも言える状態で視線を送っていると、彼女は突如として体をビクッと揺らせて顔を上げた。

 思わず僕も反応してしまい、体を強張らせる。

 すると、彼女がポケットから携帯を取り出し、画面を覗き込み始めた。

 どうやらメールが届いたようだ。

 メールの本文を読んだであろう瞬間、彼女は如実に焦った表情を浮かべた。

 何があったのだろうと見ていると、最近の若者らしい早さで、激しく指を動かし、返信メールを打っているようだ。

 ものの数秒でその作業は終わり、彼女は息を漏らした。

 しかし、合間を挟むことなく、携帯が再び震えた。

 彼女は再び携帯を覗き込むと、みるみる内に青ざめた顔になり、読みかけの本もそのままに教室の外へと駆け出した。

 僕は一人、教室に取り残された。

 どうしたのだろう?

 何かあったのかな?

 気にはなったものの、大して親しくもない間柄の人の詮索をするなんて良くないなと思い直した。

 そして、僕は再び本を眺めることにした。

 今日はもう、読むことはできない。

 読むという行為は存外集中力がいるもので、それを発揮できる自信がなかったのだ。

 しかし、眺めるだけならできる。

 それぐらいしか、今の僕にできることはないのだ。

 何もしないぐらいなら、それをする。

 僕はそういう人間だった。

 そして、再び本を開こうとしたその時、扉の凄まじい開閉音と共に、聞き覚えのある声が教室に響き渡った。

「ぎいちゃん! 大変だよ、ぎいちゃん!」

 ナミだった。

 ナミは息を切らして、僕に近づいてきた。

「な、なんだよ、そんなに慌てて。何かあったのか?」

 僕は開きかけた本を脇に置き、肩で息をするナミに声をかけた。

「大変なのよ! ぎいちゃん!」

「だから、何が?」

「いいからっ! 早く来てっ!」

 そう言い放つとナミは強引に僕の腕を引っ張った。

「ちょ、ちょっと待てよ。理由を言えよ」

「そんな暇ないの! 急いで!」

 ナミは真剣な表情で僕に向かって言うと、力づくで僕を立たせた。

 そして、僕は引き摺られるように、教室の外へと連れ出された。

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