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僕は月曜日の放課後、生徒会室に呼び出されていた。
別に、何か悪いことをした訳ではない。
もちろん、いいことをした訳でもない。
ただ普通に、どこにでもいる学生と同じように生活していただけだ。
しかし、どうやら僕は普通の学生ではなかったようだ。
いや、そもそも普通の定義というのは、非常に難しい。
時と場合によって違うのは当たり前だし、国が違えば違うのも当前だ。
だとすれば、普通なんてものは存在しないのかもしれない。
むしろ、自身が経験している物事こそが、自身にとっての普通と言える。
だとすれば、人それぞれに、それぞれの普通があってしかるべきなんだから、普通って普通はあり得ないんじゃないだろうか。
などと考えながら、僕はゆっくりと歩を進めた。
生徒会室の前へと辿り着くと深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。
少し間を置いてから、大きな扉をノックして、中へと足を踏み入れる。
そして僕は、生徒会室で役員たちと、またもや向き合うことになった。
向かって右側に、世野みろく。
いつも通りの笑みを浮かべ、ニコニコとこちらに視線を送っている。
その隣に、古野ナミ。
こちらも笑顔を浮かべながら、期待に膨らむ眼差しを、こちら側へと寄越していた。
そして、向かって左側には、楽園舞が、相変わらずのおどおどした様子で立っていた。
こちらに視線を送ったり、視線を外したりと、忙しなくしている。
最後に、その中央に、生徒会長天原高子が、高級そうなデスクに腰かけていた。
凛として、威厳のある姿だった
天原さんは、机の上にの書類に目を落としていた。
そして、しばらくすると視線を上げ、こちら側へと向き直った。
「よく来たな」
天原さんは笑顔で迎えてくれた。
僕も笑顔で答えた。
「来るしか、選択肢はありませんでしたからね」
天原さんはデスクの上に置いてあった書類を手に持ち、僕に近づいてきた。
そして、僕の前で立ち止まり、書類を前に宣言した。
「古野ナギどの、そなたを生徒会役員庶務として、我が生徒会に迎える。努めて職務を全うされよ」
そして、その書類を僕に渡し、辞令を言い渡した。
「承知仕りました」
僕は何となくその場のノリで、そんなことを言ってみた。
「……堅苦しいのう」
「いや、そんなノリで渡してきたのはあんただろっ」
「まあ、とりあえず頑張ってくれ。生徒会役員ツッコ……庶務の仕事をな」
「今、ツッコミって言ったか?」
「気のせいじゃよ」
天原さんは笑いながらデスクに戻った。
僕は釈然としないながらも、どこか楽しい気持ちになっていた。
「いらっしゃい、ナギくん。これからもよろしくね」
みろくが笑みを浮かべながら手を振る。
僕はわざと視線を逸らし、それを無視した。
見ずとも、みろくがいつもの表情を浮かべていることが想像できた。
「ぎいちゃん!」
続いて、ナミがいつも通り僕に突進してきた。
もちろん、僕はそれを躱し、ナミは出入り口の扉に突っ込んだ。
「いつになったら受け止めてくれるのっ?」
ナミは激しくぶつけた鼻をさすりながら涙目で話す。
「ナミちゃん、もうこいつのことは諦めた方がいいんじゃん?」
肩に乗ったリスが言葉を諭すようにナミに話しかけた。
「やだもんっ、私にはぎいちゃんしかいないんだもんっ」
「お前……、いい加減に同性愛発言はやめろ……」
僕は頭を抱えながらナミを嗜めた。
これ以上行ったら完全に百合物になってしまうだろうが。
「ナ、ナギさん、あ、あの、よ、よ、よろしくお願いします」
すると、いつの間にか後ろに立っていた舞が挨拶をしてくれた。
だが、いつも以上に顔を真っ赤にして、斜め下を向いていた。
「うん、よろしくな」
まだ、僕が男だと勘違いしていたことを気にしているのだろうか?
だとすれば、それは不要な悩みだ。
それを払拭するためにも、僕は笑みを浮かべながら、舞に手を差し出した。
「あ、ずるい! 私もっ!」
そこへ、ナミが割り込んできた。
そのまま、僕の腕にしがみついてきた。
「お前はいつも抱きついたりしてくるだろ。十分だ」
「足りないもんっ! もっとスキンシップしたいもんっ!」
「お前のスキンシップはいらない」
「ひ、ひどいっ」
「ひどくない」
「まあまあ、落ち着いて」
みろくが間に入って僕らを止めた。
「ここはやはり男の僕がナギくんを……」
「全力で断る」
僕は冷たく言い放ち、みろくから距離を取った。
「たとえ男であっても、おまえだけは嫌だ」
僕は全身に感じる悪寒を未だに拭えずにみろくを突き放した。
「いい……、いいよ……。ここ最近でも最高の刺激だっ……! もっときてくれっ」
一連の事件が終わりたかが外れたのか、みろくはいつも以上に気持ち悪かった。
ぼくは全身に鳥肌が立つのを堪えられなかった。
「はっはっはっ、賑やかじゃのう」
天原さんは呵々大笑していた。
「笑ってないで助けてください」
「それはできんっ」
僕が助けを求めると、天原さんは何故か堂々と断った。
「しかし、本当に良いのか? 誰も強制はせん。ナギどのが嫌だというのであれば──」
「天原さん、僕は自分の意思でここに来たんです。誰にも強制なんてされてませんよ。それに、兄さんを捜すには、ここにるのが一番良さそうですしね」
僕は天原さんの言葉を遮り、自分の考えを告げた。
「あと、皆さんといるのは、楽しいですから」
そして、僕は周囲を見渡しながら笑みを浮かべた。
視線を向けた全員が、僕に笑みを返した。
「もう、後戻りはできんぞ」
天原さんが不敵な笑みを浮かべながら言った。
「人生に後戻りできる道なんてありませんよ」
それに対し、僕は同じく笑みを浮かべて返した。
あの時とは違って、しっかりとした笑みを浮かべて返答した。




