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舞の合図を聞き、僕らはゆっくりと目を開いた。
全員が、ハルチに行く前に居た、ある意味定位置と化したソファの席に腰かけていた。
唯一違うのは、ナミの肩に、ゾウが乗っていたことだ。
「こっちにもついてくるかよっ」
僕は思わずツッコんでしまった。
「当たり前じゃん?」
ゾウが呆れた様子で答えた。
「しかも、喋れるのかよっ」
「喋れなかったら、ナミちゃんと意思疎通できないじゃん? 今は一体化も解けて、別個の存在になってるんだから、仕方ないんじゃん?」
「まあ、そうだけど……」
現実世界の法則完全に無視かよ。
正法に不思議なしって聞いたことがあるけど、世の中は不思議なことだらけだよ。
「えへへ、よろしくね、ゾウくん」
ナミは嬉しそうにゾウに話しかけた。
「もちろんじゃん」
それに対して、ゾウも心なしか嬉しそうに返答した。
「さて、ゾウとやら、そなたに聞きたいことがある」
天原さんが突然真剣な表情を作り、ゾウに話しかけた。
「何じゃん?」
ゾウは顔を天原さんに向けた。
「そなた、本当にもうナギどのは狙わんのじゃな?」
「狙いたくても狙えないじゃん。俺にはもう戦う力なんてないじゃん。だから、狙えないじゃん。それに、狙う必要も、もうないじゃん」
「ふむ……」
天原さんは、顎に手を当てながら、思案顔を浮かべていた。
「では、次の質問をしよう。……そなたを生み出したのは、誰じゃ?」
そして、確信を突いた。
確かに、大きな疑問の一つだ。
ゾウが生み出された存在であるのなら、生み出した存在がいるのは間違いがないのだ。
それに、ゾウはハルチで僕たちが普段戦っているゾウオは、駒に過ぎないと話していた。
「それは言えないじゃん」
ゾウは天原さんから視線を逸らした。
「何故じゃ?」
「わからないからじゃん」
そして、再び視線を天原さんに向け直し、話を続けた。
「……わからない?」
「そうじゃん。俺たちが作られた存在なのは間違いないじゃん? 作られたという感覚はあるからな。でも、誰に作られたのかはわからないじゃん? そして、何のために作られたかは、生まれつき持っている感覚のようなものじゃん? それを達成するか、お前らみたいな討伐師にやられるまで、俺たちは死ぬこともできないじゃん」
「それでは、何故ナギどのを狙っていたのかも……」
「わからないじゃん。ただ、狙わなければならいという使命感だけを持っていた感じじゃん? 俺は確かにこの界隈では五指に入る実力者だったけど、だからって使う側ではなく、使われる側だったじゃん? ゾウオはマイナス感情から自然と生まれるとお前らは思っているみたいだけど、実際は、マイナス感情を元に作られてるんじゃん。そして、それぞれに、使命のようなものを植えつけられているじゃん」
「……そうか、あいわかった。ついでにもう一つ聞いておきたいことがある」
「答えてやるじゃん」
「ミナカどのが死んでいないというのは、本当か?」
天原さんの視線は真剣そのものだった。
その場にいた全員が、期待と不安を綯い交ぜにした感情を顔に浮かべていた。
「……死んではいないはずじゃん」
ゾウは少し時間を置いて答えた。
「ただ、死んではいなくても、存在はしていないじゃん。少なくとも、この世界にはいないじゃん? 居るとすれば、お前たちがハルチと呼んでいる世界にじゃん。あの世界のどこかに、存在としてのあいつが残っていたとしても、何もおかしいことはないはずじゃん。死んではいないんだからさ」
その言葉に、全員の表情が明るくなった。
「でも……」
しかし、ゾウの言葉はそれで終わりではなかった。
「だけど、はっきり言って見つけることは不可能に近いと思うじゃん? 存在として残っていたとしても、形を持っているとは限らないじゃん。世の中には、形のない存在ってのもあるんじゃん。ま、言うなればお前たちの言うハルチが形のない存在そのものの世界とも言えっけど、その中にも更に形に現れないものってのもあるんじゃん?」
「ふん、関係ないわ。死んでいないとわかったのなら、何とかして見つけ出すまでよ」
天原さんは腕を組み、自身に満ちた表情を浮かべた。
「ふん、まあ、せいぜい頑張れじゃん?」
ゾウはそっぽを向いてそれ以上話すことはなかった。
ただ、ナミの肩の上で、ゆったりとしていた。
「さて……」
天原さんが、ようやく一仕事終えたと言わんばかりに、大きく伸びをした。
「さすがに眠いの。時間も時間じゃしな」
天原さんの言葉に反応して、僕は時計を見る。
時計の針は、既に朝の五時を回っているという事実を僕らに告げていた。
「力も使い切ってるしねえ」
みろくも伸びをしながら話した。
「さすがに今回は死ぬかと思ったしね、あはは」
ナミはいつもの表情を浮かべながら笑っている。
「わ、わ、私も、シールドを張り直したりするにしても、今は力を使い切っていてできませんしね」
舞が普段の喋りになっていた。
ここは、ハルチではない、普段の世界だ。
僕が生きる、日常の世界だ。
「よし、寝るとするか。幸い、今日は土曜日じゃしな」
「そうですね……、って、どこで寝るんだよっ」
僕は思わずツッコんでしまった。
それも、本邦初披露、ノリツッコミだ。
「はっはっはっ、実はじゃな、この生徒会室には、特別にシャワー室どころか、仮眠室もあるのじゃよ!」
天原さんは胸を張って応えた。
しかも、何だかいやらしい顔を浮かべている。
「それは職権乱用なのでは……?」
「ふん、命をかけておるのじゃ、当然の待遇じゃろう? まあ、このソファはソファベッドにもなるから、ここでもいいのじゃがな」
そうだったのか、通りで座り心地が良いと思った。
「ちなみに、全て、ミナカどのが揃えた。いや、ミナカどのが使いたいからと、揃えさせられた!」
「兄さんは何をさせてるんだよっ?」
僕は言いながら思わず笑みを浮かべてしまった。
だが、周りのみんなも、どこか楽しげに笑顔を作っていた。
「さて、仮眠室へ行こう。ああ、いや、まずは女子全員でシャワーでも浴びるかの?」




