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ハルチ  作者: あみるニウム
10「非日常の終焉」
48/53

10−4

 言ってから何て恥ずかしい台詞だと思ったことは、ここだけの話だ。

 それを出してしまっては、シリアスシーンが台無しになる。

 閑話休題。

 僕は精一杯の決め顔でゾウを見つめた。

 ゾウは、膝からその場に崩れ落ちた。

「ひひ、ひひひ……」

 そして、狂ったように笑い始めた。

 僕は膝をつくゾウを見下ろしながら話を続けた。

「わかったか? わかったなら、ナミの体を──」

「俺が手を下せないなら、こいつにやらせればいいだけじゃん」

 ゾウは言うや否や、カラスの背に手を当てた。

 瞬間に、カラスが雄叫びを上げ、急速に移動始めた。

「うわっ」

 僕は急激な足場の変動に思わず姿勢を崩してしまった。

 何とかカラスの体毛を掴んだが、動きは完全に封じられ、その場に留まるのが精一杯だった。

「ひひ、ひひひ、ひひひひ……、そのまま落ちろじゃん……、落ちて、堕ちて、朽ちろじゃんっ!」

 ゾウは狂気じみた目を光らせながら喚いた。

「くそ……」

 このままではまずい。

 このままでは確実に振り落とされる。

 落下すれば、ただでは済まない。

 天原さんも、みろくも、舞も、下に居るゾウオの相手で手一杯のはずだ。

 僕にかまけている余裕なんて、微塵もない。

 僕が考えている間にも、カラスは僕を振り落とさんとして、激しく動き回った。

 僕は必死にしがみつきながら、打開策を考えた。

 少しして、一つだけ、策が思い浮かんだ。

 かなり危険な賭けではあるが、一か八か、やってみるしかないだろう。

 僕は覚悟を決め、片手で体毛を掴みながら、もう片方の手に銃を構える。

 そして、激しく動くカラスの片翼目掛けて、攻撃を放った。

 焦点が定まらないながらも、何とか僕の攻撃はカラスの翼に命中した。

 物凄いうめき声とともに、カラスが鳴き声を轟かせた。

 もういっちょ。

 僕は反対側に視線を送り、もう一つの翼を打ち抜いた。

 僕の攻撃が命中すると同時に、カラスは悲鳴のような鳴き声を上げ、そのまま落下を始めた。

「て、てめえ……!」

 ゾウは悔しそうに歯ぎしりをしながら、カラスの背に立っていた。

 重力を無視する形で、垂直に落ちるカラスの背に立ち続けていた。

 物凄い速度でカラスは地面へ衝突した。

 僕はうまくカラスをクッションにして、衝撃を防ぐ。

 そして、すぐさま飛び退き、距離を取った。

 何とかうまく行ったか。

 カラスの落下により、凄まじい粉塵が辺りを包んだ。

 あれだけの巨体が空中から落下したのだ。

 当然と言えば当然だろう。

 僕はふと、視線を周囲に巡らせた。

 天原さんたちを囲むゾウオは、あと二体まで減っていた。

「ふざけるなじゃんっ……、クソガキがっ……!」

 粉塵の中から物凄い怨念の隠った声が轟く。

 僕は背筋に悪寒を感じながら、粉塵の中に目を凝らした。

「ぜってえに殺すじゃん……。てめえだけは、俺の手で確実に殺すじゃん……!」

 声に込められる憎しみが、更に深まった。

「無理だってわかっただろ? お前じゃ、僕は倒せない」

 僕は警戒を強め、視線を粉塵から逸らさないままに応えた。

「そうだな、このままじゃ勝てねえなあ。でもな、別に俺の手でお前を殺すってのは、直接的な攻撃で殺すことだけを指すんじゃないじゃん?」

 段々と粉塵が収まり、視界が開けると、驚くべき姿が目に入った。

「おまえっ……!」

「おっと、動くなじゃん? 動いたら、引き金を引くじゃん?」

 ゾウは、自身の手に持った銃を、こめかみに当てていた。

「ひひひひひ、どうするじゃん? お前が動いたら、ナミちゃんの命はないじゃん? お前に、ナミちゃんを見捨てられるじゃん?」

 ゾウはナミを人質に取った。

 あの状態で引き金を引かれたら、確実にナミは死ぬ。

 そして、ここで死ぬということは、現実世界のナミも、死ぬ。

「ひひ、ひひひひ、ひひひひひひ、ぎゃはははは!」

 ゾウは下卑た笑いを響かせた。

「さーて、これでお前には何もできなくなったじゃん? お前がナミちゃんを殺せる訳ないじゃん? ひひひ、だーいじなお友達だもんなあ?」

 ゾウは邪悪な笑みを浮かべ、こちらへとゆっくり近づいてきた。

 僕はその場に立ち竦むしかなかった。

「まあ、元々、俺が直接お前を殺せないように、お前も俺を殺せないじゃん? だって、俺はナミちゃんそのものなんだからさ、ぎゃははは」

 ゾウは一歩ずつ、確実に、こちらへと歩み寄る。

「じゃあどうするって、俺がこのままお前と一緒に死ねばいいんじゃん? お前を巻き込んだ自爆ぐらい、ナミちゃんの能力なら赤子の手を捻るより簡単なことじゃん? そしたら、お前は死ぬ訳じゃん? ま、ナミちゃんも死ぬんだけど、ぎゃはははははは」

 ゾウの笑い声が更に大きくなった。

 そして、僕と二歩と離れていない地点で足を止めた。

「ひひひ、選ばせてやってもいいじゃん? お前が自分で死ぬか、それとも、俺と一緒に死ぬか。はっきり言って、俺はお前を殺せれば、自分がどうなろうとどうでもいいじゃん? だって、俺はそのためだけに生み出された存在なんだからさ、ぎゃはは」

「……どういうことだ?」

「ひひ、知る必要はないじゃん? だって、ここで死ぬんじゃん? ぎゃはははは」

 背後から、走り寄って来る足音が聞こえた。

 天原さんたちが戦闘を終えたようだ。

「ナギどの!」

「止まるじゃん!」

 天原さんが僕らに駆け寄るために、速度を上げようとしたその時、ゾウが叫んだ。

「止まらないと、今すぐこいつもろとも死んでやるじゃん?」

 ゾウは視線を僕から逸らさずに、天原さんたちに脅しをかけた。

「くっ……」

 天原さんたちの足音が止まった。

 僕もゾウから視線を逸らすことができなかった。

 逸らした瞬間に、何をするかわかったもんじゃない。

「僕が死ねば、ナミたちは助けてくれるんだな?」

「ナギくん!」

 みろくが僕を止めようとする。

「動くんじゃないっ!」

 こちらに走り寄ろうとするみろくを、僕は言葉で制止した。

「来たら、ナミが死んでしまう」

「でも……」

「いいから、黙ってそこで見ていろ」

 僕はいつも以上に厳しい口調でみろくを嗜めた。

「もう一度聞く。僕だけが死ねば、ナミを、いや、みんなを見逃してくれるんだな?」

「ひひひ、いいじゃん。俺はこれでも義理堅いんじゃん? 約束は守ってやるよ」

 ゾウは相変わらず邪悪な笑みを称えていた。

「わかった」

 僕は覚悟を決めた。

 手に持っていた銃を、その場に落とし、両手を挙げた。

「ぎゃははは、それでいいんじゃん? お利口さんは好きじゃん?」

 ゾウはナミのこめかみから銃を外すことはせずに、二歩下がった。

 そして、こめかみに当ててない方の手に持っていた銃を、僕の方に放り投げた。

「それを貸してやるじゃん?」

 僕は足下に投げられたそれに手を伸ばした。

 みろくが今にもこちらに来そうな様子を示したが、僕は視線でそれを制止した。

「ぎゃはは、滑稽じゃん? 実に滑稽じゃん?」

 ゾウは空になった手で腹を抱えながら笑った。

「しかし、お前も本当に馬鹿じゃん? 嘘でも何でも好きって言って、付き合っちゃえば良かったんじゃん? そうすりゃ、俺がここまで出て来ることもなく、俺の右腕とも言えるカラスを葬って終わりだったじゃん?」

「……だろ」

「は? 何じゃん? よく聞こえないじゃん?」

 ゾウが耳に手を当てながら、こちらに嘲笑を向ける。

「…………えるわけ…………ないだろっ」

「もっと大きい声で言うじゃん? ぜーんぜん聞こえないじゃん? ぎゃはは」

 ゾウは再び腹を抱えて笑った。

「………………女同士で、付き合える訳がないだろっ!」

 僕は頬を真っ赤に染めながら、精一杯の大声で叫んだ。

「はっ?」

 遠くで、天原さんの呆気に取られた声が漏れた。

「お、お、おんな……?」

 舞の驚いた声も聞こえてきた。

「うんうん、そうだよねえ、それは仕方ないよねえ」

 みろくがしきりに頷きながら納得した。

「ひどいよーーーーーーっ!」

 そして、ナミがいつもの声で、いつも通りの口調で、僕に向かって突進してきた。

 僕は避けることはせずに、ナミを抱きとめた。

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