10−4
言ってから何て恥ずかしい台詞だと思ったことは、ここだけの話だ。
それを出してしまっては、シリアスシーンが台無しになる。
閑話休題。
僕は精一杯の決め顔でゾウを見つめた。
ゾウは、膝からその場に崩れ落ちた。
「ひひ、ひひひ……」
そして、狂ったように笑い始めた。
僕は膝をつくゾウを見下ろしながら話を続けた。
「わかったか? わかったなら、ナミの体を──」
「俺が手を下せないなら、こいつにやらせればいいだけじゃん」
ゾウは言うや否や、カラスの背に手を当てた。
瞬間に、カラスが雄叫びを上げ、急速に移動始めた。
「うわっ」
僕は急激な足場の変動に思わず姿勢を崩してしまった。
何とかカラスの体毛を掴んだが、動きは完全に封じられ、その場に留まるのが精一杯だった。
「ひひ、ひひひ、ひひひひ……、そのまま落ちろじゃん……、落ちて、堕ちて、朽ちろじゃんっ!」
ゾウは狂気じみた目を光らせながら喚いた。
「くそ……」
このままではまずい。
このままでは確実に振り落とされる。
落下すれば、ただでは済まない。
天原さんも、みろくも、舞も、下に居るゾウオの相手で手一杯のはずだ。
僕にかまけている余裕なんて、微塵もない。
僕が考えている間にも、カラスは僕を振り落とさんとして、激しく動き回った。
僕は必死にしがみつきながら、打開策を考えた。
少しして、一つだけ、策が思い浮かんだ。
かなり危険な賭けではあるが、一か八か、やってみるしかないだろう。
僕は覚悟を決め、片手で体毛を掴みながら、もう片方の手に銃を構える。
そして、激しく動くカラスの片翼目掛けて、攻撃を放った。
焦点が定まらないながらも、何とか僕の攻撃はカラスの翼に命中した。
物凄いうめき声とともに、カラスが鳴き声を轟かせた。
もういっちょ。
僕は反対側に視線を送り、もう一つの翼を打ち抜いた。
僕の攻撃が命中すると同時に、カラスは悲鳴のような鳴き声を上げ、そのまま落下を始めた。
「て、てめえ……!」
ゾウは悔しそうに歯ぎしりをしながら、カラスの背に立っていた。
重力を無視する形で、垂直に落ちるカラスの背に立ち続けていた。
物凄い速度でカラスは地面へ衝突した。
僕はうまくカラスをクッションにして、衝撃を防ぐ。
そして、すぐさま飛び退き、距離を取った。
何とかうまく行ったか。
カラスの落下により、凄まじい粉塵が辺りを包んだ。
あれだけの巨体が空中から落下したのだ。
当然と言えば当然だろう。
僕はふと、視線を周囲に巡らせた。
天原さんたちを囲むゾウオは、あと二体まで減っていた。
「ふざけるなじゃんっ……、クソガキがっ……!」
粉塵の中から物凄い怨念の隠った声が轟く。
僕は背筋に悪寒を感じながら、粉塵の中に目を凝らした。
「ぜってえに殺すじゃん……。てめえだけは、俺の手で確実に殺すじゃん……!」
声に込められる憎しみが、更に深まった。
「無理だってわかっただろ? お前じゃ、僕は倒せない」
僕は警戒を強め、視線を粉塵から逸らさないままに応えた。
「そうだな、このままじゃ勝てねえなあ。でもな、別に俺の手でお前を殺すってのは、直接的な攻撃で殺すことだけを指すんじゃないじゃん?」
段々と粉塵が収まり、視界が開けると、驚くべき姿が目に入った。
「おまえっ……!」
「おっと、動くなじゃん? 動いたら、引き金を引くじゃん?」
ゾウは、自身の手に持った銃を、こめかみに当てていた。
「ひひひひひ、どうするじゃん? お前が動いたら、ナミちゃんの命はないじゃん? お前に、ナミちゃんを見捨てられるじゃん?」
ゾウはナミを人質に取った。
あの状態で引き金を引かれたら、確実にナミは死ぬ。
そして、ここで死ぬということは、現実世界のナミも、死ぬ。
「ひひ、ひひひひ、ひひひひひひ、ぎゃはははは!」
ゾウは下卑た笑いを響かせた。
「さーて、これでお前には何もできなくなったじゃん? お前がナミちゃんを殺せる訳ないじゃん? ひひひ、だーいじなお友達だもんなあ?」
ゾウは邪悪な笑みを浮かべ、こちらへとゆっくり近づいてきた。
僕はその場に立ち竦むしかなかった。
「まあ、元々、俺が直接お前を殺せないように、お前も俺を殺せないじゃん? だって、俺はナミちゃんそのものなんだからさ、ぎゃははは」
ゾウは一歩ずつ、確実に、こちらへと歩み寄る。
「じゃあどうするって、俺がこのままお前と一緒に死ねばいいんじゃん? お前を巻き込んだ自爆ぐらい、ナミちゃんの能力なら赤子の手を捻るより簡単なことじゃん? そしたら、お前は死ぬ訳じゃん? ま、ナミちゃんも死ぬんだけど、ぎゃはははははは」
ゾウの笑い声が更に大きくなった。
そして、僕と二歩と離れていない地点で足を止めた。
「ひひひ、選ばせてやってもいいじゃん? お前が自分で死ぬか、それとも、俺と一緒に死ぬか。はっきり言って、俺はお前を殺せれば、自分がどうなろうとどうでもいいじゃん? だって、俺はそのためだけに生み出された存在なんだからさ、ぎゃはは」
「……どういうことだ?」
「ひひ、知る必要はないじゃん? だって、ここで死ぬんじゃん? ぎゃはははは」
背後から、走り寄って来る足音が聞こえた。
天原さんたちが戦闘を終えたようだ。
「ナギどの!」
「止まるじゃん!」
天原さんが僕らに駆け寄るために、速度を上げようとしたその時、ゾウが叫んだ。
「止まらないと、今すぐこいつもろとも死んでやるじゃん?」
ゾウは視線を僕から逸らさずに、天原さんたちに脅しをかけた。
「くっ……」
天原さんたちの足音が止まった。
僕もゾウから視線を逸らすことができなかった。
逸らした瞬間に、何をするかわかったもんじゃない。
「僕が死ねば、ナミたちは助けてくれるんだな?」
「ナギくん!」
みろくが僕を止めようとする。
「動くんじゃないっ!」
こちらに走り寄ろうとするみろくを、僕は言葉で制止した。
「来たら、ナミが死んでしまう」
「でも……」
「いいから、黙ってそこで見ていろ」
僕はいつも以上に厳しい口調でみろくを嗜めた。
「もう一度聞く。僕だけが死ねば、ナミを、いや、みんなを見逃してくれるんだな?」
「ひひひ、いいじゃん。俺はこれでも義理堅いんじゃん? 約束は守ってやるよ」
ゾウは相変わらず邪悪な笑みを称えていた。
「わかった」
僕は覚悟を決めた。
手に持っていた銃を、その場に落とし、両手を挙げた。
「ぎゃははは、それでいいんじゃん? お利口さんは好きじゃん?」
ゾウはナミのこめかみから銃を外すことはせずに、二歩下がった。
そして、こめかみに当ててない方の手に持っていた銃を、僕の方に放り投げた。
「それを貸してやるじゃん?」
僕は足下に投げられたそれに手を伸ばした。
みろくが今にもこちらに来そうな様子を示したが、僕は視線でそれを制止した。
「ぎゃはは、滑稽じゃん? 実に滑稽じゃん?」
ゾウは空になった手で腹を抱えながら笑った。
「しかし、お前も本当に馬鹿じゃん? 嘘でも何でも好きって言って、付き合っちゃえば良かったんじゃん? そうすりゃ、俺がここまで出て来ることもなく、俺の右腕とも言えるカラスを葬って終わりだったじゃん?」
「……だろ」
「は? 何じゃん? よく聞こえないじゃん?」
ゾウが耳に手を当てながら、こちらに嘲笑を向ける。
「…………えるわけ…………ないだろっ」
「もっと大きい声で言うじゃん? ぜーんぜん聞こえないじゃん? ぎゃはは」
ゾウは再び腹を抱えて笑った。
「………………女同士で、付き合える訳がないだろっ!」
僕は頬を真っ赤に染めながら、精一杯の大声で叫んだ。
「はっ?」
遠くで、天原さんの呆気に取られた声が漏れた。
「お、お、おんな……?」
舞の驚いた声も聞こえてきた。
「うんうん、そうだよねえ、それは仕方ないよねえ」
みろくがしきりに頷きながら納得した。
「ひどいよーーーーーーっ!」
そして、ナミがいつもの声で、いつも通りの口調で、僕に向かって突進してきた。
僕は避けることはせずに、ナミを抱きとめた。




