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ハルチ  作者: あみるニウム
10「非日常の終焉」
46/53

10−2

「ぎゃははは、そんなになっても、まだ戦うんじゃん? 滑稽じゃん?」

 ゾウは宙に浮かぶカラスの背からこちらを見下ろしていた。

 みろくは地面に横たわり、身動きすらできなくなっていた。

 舞も、片膝をつき、もう一撃加えられたなら無事では済みそうにない。

 天原さんですら、三体のゾウオを同時に相手取った影響で、ボロボロになっていた。

 僕自身も、何とか動ける程度だ。

 一度はある程度回復したものの、攻撃をし続けていた影響で、あと二発ほどの攻撃が限界だろう。

 しかし、僕らの周囲には、まだ五体ものゾウオが蠢いていた。

 ゾウオは殺気立った視線をこちらに送りながら、じりじりと距離を詰めてきた。

「ぎゃはは、もう終わりじゃん? 万事休すじゃん?」

 ゾウの不愉快な喋り方が周囲に響き渡る。

 僕は、後悔の念を浮かべていた。

 懺悔とも言える思いを、ただ浮かべていた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか……。

 どうして、あのときにもっと気を遣っておかなかったのだろうか……?

 僕は、過去の自分の言動を悔いた。

 たった数分前の、自身の言葉を呪った。

 たったあれだけのことで、たったそれだけのことで、ここまで事態が重くなるなんて、想像すらしていなかったのだ。

 いや、世の中の事象なんてものは、大抵がきっかけは些細なことだ。

 東西ドイツのベルリンの壁の崩壊だって、勘違いから広まった噂話がきっかけで起こったというじゃないか。

 だとするのならば、人類の歴史と言うのは、勘違いの連続なのかもしれない。

 勘違いに彩られた、勘違いの記録なのかもしれない。

 そんな大げさな話ではないが、今現在、僕の目の前に起こっている、この現実を引き起こしたのは間違いなく僕だ。

 僕の考えなしの言動が、この事態を引き起こしたことは、否定のしようがない。

 いや、考えてはいた。

 考えてはいたが、本当に考えていただけだった。

 考えるだけで何もせず、ただ、見守っていただけだった。

 いや、見守っていたというのも、おこがましい表現かもしれない。

 僕は、傍観していただけに過ぎない。

 傍観者なのにも関わらず、無駄な口だけ出してしまったが故に、こうなってしまったと言えるかもしれない。

 口は災いの元。

 覆水盆に返らず。

 後の祭。

 後悔と懺悔の言葉だけが僕の心を占める。

 目の前の光景が、僕の脳内に焼きつく。

 きっと、僕はこの光景を、二度と忘れることはできないのだろう。

 あの時、ナミの言葉にきちんと答えていたなら、状況は違ったのだろうか。

 いや、違ったに違いない。

 しかし、全ては今更だ。

 過去は変えられない。

 変えられるのは、今だけだ。

 今から続く、未来だけだ。

 今、この瞬間だけは、どうにでもなるんだっ。

「ナミ!」

 僕はゾウに向かって大声で呼びかけた。

「目を覚ませ! ナミ!」

「ぎゃはは、無駄じゃん、無駄じゃん? 一回拒否され傷ついた心は、簡単には癒えないじゃん? 傷ついた心が癒えないのは、あんたが一番良く知ってるじゃん?」

「煩い! 僕はお前なんかと話してるんじゃない! 僕はナミに話しかけているんだっ」

「ちょっとカチーンときたじゃん? 俺は無視されてるって訳じゃん? カッチーン」

 ゾウは巫山戯た動作を伴いながら僕をからかうように言った。

「いいじゃん、いいじゃん。そこまで言うなら、俺様が直接やってやるじゃん? ここまで来いよ、ぎゃはは」

 ゾウは両の手を大きく開き、飛び込んでおいでと言わんばかりの様子でこちらを見下ろしていた。

「天原さん」

 僕はゾウから視線を離さずに、天原さんに話しかけた。

「なんじゃ?」

 天原さんも同様に、周囲のゾウオから視線を逸らさずに応える。

「僕を、あいつのところまで放り投げてください」

「…………」

 天原さんは返答に窮しているようだった。

「高子くん、やってあげてくれないかな?」

 すると、みろくがゆっくりと起き上がりながら助け船を出してくれた。

「……大丈夫なのか?」

 僕がみろくに安否を問うと、みろくは笑顔を浮かべた。

「ナギくんが頑張っているのに、僕が寝ている訳にはいかないだろう?」

 そして、みろくはよろよろと立ち上がり、天原さんに懇願した。

「高子くん、頼むよ」

「……あいわかった。やってやろう」

 天原さんはしばらく周囲のゾウオを睨みながら悩んでいるようだったが、ふと視線を外し、僕に向き直った。

 入れ替わりで、みろくがゾウオを睨みつけた。

「ここに足を置け。あそこまで放ってやる」

 天原さんはしゃがみ込んで手を差し出した。

「すみません。ありがとうございます」

 僕は遠慮なく足を乗せた。

「行くぞ」

「はい」

 合図とともに、天原さんが僕の足を上空に押し上げた。

 僕はその力を利用して、高く飛び上がった。

 そして、ゾウが僕らを見下ろしていた地点、漆黒のカラスの背中へと降り立った。

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