10−1
「誰だ……、お前……?」
僕は思わずナミの姿をした者に問いかけた。
姿形はナミそのものだ。
しかし、言葉や所作が全くナミではない。
今の一瞬で、ナミはナミでなくなっていた。
「ああん? 俺か? 俺は、そうだな……って、俺に名前なんてある訳ないじゃん。ぎゃはははは」
ナミの姿を模した存在は、下卑た笑いを続けた。
「ま、あんたらが言うところの、ゾウオって奴じゃん? だから、ゾウくんとでも呼んでくれればいいんじゃん。ぎゃはっ」
ゾウは品のない笑いを浮かべたままなおも話し続けた。
そのとき、背後から生えている、三本の尻尾がゆらゆらと揺らめいているのを、僕らは見逃さなかった。
「貴様……、まさか……!」
天原さんが驚愕の表情を浮かべた。
三本の尻尾のゾウオ。
僕も先ほど天原さんから話を聞いたばかりだ。
兄を殺した、兄が死ぬ原因となったゾウオが、三本の尻尾を持ったゾウオだという話だった。
「ん? まさか、何じゃん?」
「貴様、あのときのゾウオか?」
「ああ? あー、そうそう、そうじゃん。あのとき、一年前だっけか、あんたらと戦ったゾウオのゾウくんじゃん? ひひひひひ」
天原さんの表情に怒りが込み上げる。
舞も、みろくも、怒りの形相を呈していた。
僕ですら、内面に込み上げてくる怒りの感じていた。
「……ナミをどうした?」
僕は怒りを抑えながら、ゾウに問いかけた。
「ああ、ナミちゃんなら寝てるじゃん? 助かったよ、いひひ、本当にね。あんたがナミちゃんの心を砕いてくれたお陰で、俺はこうやって前に出てこれたんだからさあ、ぎゃはぎゃはは」
ゾウは不快感を募らせる笑いを放ち続けた。
そうか、今気がついた。
舞が、僕にハルチの干渉を防ぐためにシールドを張ると言ったとき、ナミは焦っているような表情を浮かべていた。
舞が危険だということをのちほど天原さんに報され、そのせいなのかと納得していたが、それだけじゃなかったんだ。
そして、ツッコミに嫉妬していたときも、その後のおかしな言動も、あれは舞と僕が仲良くなりつつあることに対する焦りから来ていたんだ。
つまりは、ナミは嫉妬していたんだ。
僕はそれに微塵も気づいていなかった。
いや、気づかないフリをしていた。
そのあとの言動からも推測できただろうに、それを放棄していた。
「おめえは、ミナカさんに倒されたはずじゃねえのかよ!」
僕の思考を他所に、舞が物凄い剣幕でゾウを睨みながら声を上げた。
「ミナカ? あー、あの野郎な。ったく、あいつのせいで、こんな小娘の中に封じ込められちまって、本当に苦労したじゃん。能力も全部削がれちまってるし。ま、でも、小娘で助かったじゃん? 未成熟な女子なんて、隙だらけじゃん? 特に、恋愛が絡んだときなんてさ、ぎゃはははは」
「なるほど。ミナカどのは、貴様を葬ったのではなく、封印しただけじゃったのじゃな。私たちの中で最も器の大きいナミどのに……」
「そういうことじゃん?」
ということは、僕がナミを振ってナミの力が弱まったから、こいつが前面に出てきたってことか。
くそ、なんてことをしてしまったんだ。
でも、こいつを封印したのが兄なら、兄はどうしたんだ?
こいつはナミの中に存在し続けていたのに、兄さんだけは存在ごと消えたのか?
「兄さんはどうした……?」
僕はゾウに問いかけた。
「ん? あいつは、俺の力を削ぎきって封印するのに全エネルギーを使い切って、そのまま消えたじゃん? ま、でも、この世界のどこかにはいるんじゃん? 形を失っただけでさ、ぎゃはは」
「なんじゃとっ? ミナカどのは死んでおらんのかっ?」
天原さんが思わず声を荒げながら尋ねた。
「知らねっての。さ、お話はこれぐらいにするじゃん。俺の狙いはあんたなんだからさ、あんたさえ殺せればどうでもいい訳じゃん」
ゾウは天原さんの言葉を軽く受け流し、僕を指差しながら話した。
「じゃ、とりあえず、死んでくれじゃん? ぎゃはははは」
そして、右手を高々と上げながら笑い声を響かせた。
その瞬間、僕らの周囲に突如として、再び十体のゾウオが現れた。
「くそ……、あたしは具現化をしながら戦えるほど器用じゃねえんだぞ……!」
舞が歯ぎしりをした。
「僕も、こんな状態だしね」
みろくがよろよろと立ち上がりながらも、戦闘態勢を取った。
「二人は無理をするな。私ができるだけやる」
天原さんは鋭い視線をゾウオに向けながら、冷静な声で話した。
「ナギどのは、回復でき次第攻撃に加わってくれ」
天原さんは僕に背を向けたままそう告げると、全員に合図を送った。
「行くぞ」
天原さんが合図した瞬間、僕らは四方に別れた。
そして、それぞれが死力を尽くして、現れたゾウオに対して、攻撃を加え始めた。




