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ハルチ  作者: あみるニウム
09「日常のはじまり」
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09−8

「いや、でも、本当に賭けみたいなものだったんだよ。さっきの刀はね、ミナカさんから引き継いだものなんだ。厳密に言うと、ミナカさんのモノではないんだけど、ミナカさんから構造や性質を全て受け継いだ刀なんだ」

 そういえば、天原さんの中でも兄が刀を使っていたようなことを言っていたか。

「ただね、僕はナミくんのように、能力の絶対値が高い訳ではないからね、アレを具現化させておけるのは、せいぜい三分から五分程度なんだよ。それ以上は、僕の体が持たない。そして、中々やっかいな刀でね、コントロールも難しいんだ」

 みろくは苦笑いを浮かべていた。

「でも、この中では、お前が一番コントロール力が高いとかって話じゃなかったのか?」

「そうじゃ。この中では、みろくどのが最もコントロールに優れておる。そのみろくどのですら、扱えんほどのじゃじゃ馬な刀なのじゃよ」

 天原さんが続けた。

「私とナミどの、舞どのも一度は試しておる。じゃが、あまりのコントロールの難しさに、三秒と持続できんかったのじゃ。形状を維持するのももちろんなのじゃが、アレで攻撃することも、非常に困難なのじゃよ。思ったように振るうことなど、ミナカどの本人か、みろくどのにしかできん」

「まあ、僕もさすがにミナカさん程ではないんだけどね。何とか扱えるってだけで。それに、時間制限もあるしね」

 みろくは地面に腰を下ろしながら話を続けた。

「コントロールしにくいだけじゃなくて、物凄くエネルギーを消耗するからねえ。それを苦もなく、自由に扱ってたミナカさんが、どれほど化け物なのかと、使えば使うほどに思うよ」

 みろくは再び苦笑いを浮かべた。

「そうだったのか……、ただ刀で攻撃しただけとか思ってすまなかった……」

「いやいや、確かに刀で攻撃しただけだからね。間違ってはいないんだよ。ただ、やはり空中戦向きではなかったみたいだねえ。踏ん張りがないものだから、思ったように威力は出なかった。それでも、通常の攻撃よりは遥かに高い威力はあるんだけど、全く効いてないようだしねえ」

 みろくは顔だけをカラスへと向けながら話した。

 僕もそれに合わせて、カラスへと視線を動かした。

 カラスは、何事もなかったかのように、無音で羽ばたきを続けていた。

「しかし、みろくどののアレが効かんとなると、本当にもう打つ手がないのぅ……」

 天原さんが真剣に何かを考えながら言葉を漏らした。

「ナギどのの力が完全に戻ってくれれば、あるいは通用するのかもしれんが……」

「確かに、思ったより僕の攻撃はゾウオに対して有効なようですし、あの位置までなら僕の攻撃も届くと思います。的も大きいですしね」

「うむ。しかし、力が戻ると同時に、相手にナギどのの存在を認知される考えておいた方が良いじゃろう。おそらく、あやつはナギどのの力を確認した瞬間に、攻撃に転じるじゃろうしな」

 天原さんの言う通り、僕の力は徐々に回復してきていた。

 さすがにまだ攻撃はできそうにはないが、身体自体は動かすことができる。

 となれば、僕の力が完全に回復して相手が攻撃に転ずるのは、時間の問題だった。

「じゃとすれば……」

「次が最後のチャンス、だね」

 ナミがよろよろとしながら、僕と天原さんに近づいてきた。

「私が行くよ」

 ナミは真剣な表情で、僕らと向かい合った。

「……大丈夫なのか?」

 真剣な表情でナミに尋ねる。

「大丈夫だよ。私だって、戦闘訓練は受けてるし、それなりに強いんだからね」

 それに、ナミは笑顔で応えた。

 同時に、両の手に銃を現出させ、指でくるくると回していた。

「よし、ナミが攻撃に移っている間は、あたしがゾウオの具現化をやってやる。できねえ訳じゃねえからな」

 舞がナミに近づき、肩に手を置いた。

「だが、無理して、命を落とすようなことはすんじゃねえぞ」

「もちろんだよ」

 ナミは力強く舞に応じた。

 舞はナミの反応を見て、鼻を鳴らし、ナミに背を向けた。

「じゃあ、ぎいちゃん、ちょっといってくるね!」

 ナミはちょっと買い物に行って来るとでも言うような言い方で僕に声をかけてきた。

「あ、ああ。……無理はするなよ」

「うん!」

 そして、目を赤く光らせ、空中へと浮かんだ。

 ナミは即座にカラスの真正面まで移動した。

 カラスは、先ほどまで僕らに向けていた視線を、ナミに注いでいる。

 しかし、こちらが危害を加えていないためか、攻撃に移る様子はなかった。

 ナミはそのことを確認すると、すぐさま両の銃を前に構えた。

 そして、激しい銃声を轟かせた。

 瞬間に、カラスが大きなうめき声を上げた。

 そして、殺気立った視線をナミへと送り込み、ナミへと突進し始めた。

 ナミはひらりとそれを躱し、空中を飛び回った。

 移動しながらも、銃口をカラスに向け、銃声を響かせ続けた。

 ナミの銃声が止まることがなく響く。

 カラスはけたたましい叫び声を上げながらも、ナミの移動に合わせて動き回った。

 ナミはカラスの突進をものともせず、空中を動き回った。

 縦横無尽に、鳥をも凌駕するほど自由に、宙を舞っていた。

 宙を舞いながら響く銃声は、まるで音楽のようだった。

 カラスも負けじとナミを追い続けるが、ナミは一度たりともカラスの攻撃を受けなかった。

 しかし、先ほど受けた傷が開いたのか、一瞬ナミの動きが鈍ってしまった。

 カラスはその瞬間を逃さず、ナミに向かって猛スピードで突進した。

「ナミ!」

 僕は思わず叫んだ。

 しかし、その瞬間に、ナミはカラスの攻撃を正面から受けてしまった。

 ナミは、その場から真下へと落下し始めた。

 僕は無我夢中で駆け始めていた。

 ナミの落下地点へ向けて、脇目も振らず突き進んだ。

 頭から落ちてきたナミを、僕は全身で受け止めた。

 綺麗に抱きとめることはできなかったが、何とか地面への直接の衝突は防ぐことができた。

 僕は安堵し、ナミを地面に横たえた。

 そして、ナミの顔を覗き込む。ナミは、うっすらと目を開き、僕を見つめていた。

「……大丈夫か?」

 僕がナミに問いかけると、ナミはゆっくりと口を開いた。

「だ……いじょ……うぶ……」

 ナミは辿々しい口調でそう話すと、激しく咳き込み、口から血を吐いた。

「ナミ!」

 僕はナミの肩を激しく揺すりそうになる。

 刹那、天原さんの手が僕を止めた。

「動かしてはならん。悪化させるだけじゃ。それにここはハルチじゃ。ナギどのほど早くはなくとも暫く安静にしていれば、次第に傷は回復する」

 冷静さを失っていた僕に、天原さんは努めて冷静に話した。

 舞が、みろくに肩を貸しながら、こちらへと近ついてきた。

「落ち着けっての。あくまでここは想念の世界なんだからよ。確かにここの死は現実世界の死にも繋がるが、外傷は向こうと関係ねえんだからさ」

「そう、なのか」

 僕は少し安堵した。

「ぎい……ちゃん……?」

 ナミが弱々しく僕に話しかけてきた。

「な、なんだ、どうした?」

 ナミは、僕の服の裾を弱く握っていた。

「私ね……、ぎいちゃんに……、言っておかなきゃいけないことがあるの……」

「おい、お前まで死亡フラグを立てるな」

「聞い……て……」

「あ、ああ……」

 ついついツッコミを入れてしまったが、ナミはそれをスルーして話を続けた。

「私ね……、ぎいちゃんのことが……」

「おい、やめろ」

「昔から……、ずっと昔からね……」

「やめろって……」

「大好き……だったんだ……」

「……」

 僕は言葉を失った。

「大好き……、ううん、愛してる……」

「…………」

 突然の告白何と答えるべきなのか僕にはわからず、ただナミを見つめることしかできなかった。

「ぎいちゃんは……、私のこと……好き……?」

 ナミは潤んだ目で僕を見つめてきた。

「べ、別に、好きなんかじゃねえよ。……む、むしろ、嫌いだよ」

 僕はそっぽを向きながら、心にもないことを言った。

 嫌いな訳……ないのに……。

「そっか……、やっぱり……、ぎいちゃんは私のこと……嫌いなんだね……」

 ナミの口調が更に弱々しくなる。

「いや……、そうじゃなくて……、そういうことじゃなくて……」

 僕は焦って弁解しようとしたが、ナミは全く聞く耳を持たなかった。

「へへ……、振られちゃったなー……」

「いや、それ以前にだな……」

「舞ちゃんと仲が良くなり始めたのを見て……、焦っちゃったのかな……」

「おい、人の話を聞けよ」

「ふふ……」

 ナミが突然、不気味に笑い始めた。

「ふふふふ…………」

「ナミ……?」

 ナミがナミでなくなるような不安に駆られ、僕はナミに声をかけた。

「あははははははは」

 すると、ナミが大声で笑い出すと同時に物凄い勢いで起き上がり、そのまま宙高く飛び上がった。

 そして、上空に留まっていたカラスの背へと着地し、こちらを見下ろしながら話した。

「やっぱこうなったじゃんよ! だから、最初から言ってたじゃん? あんたじゃ無理だってさ、ナーミちゃん。ぎゃはははは」

 ナミは、ナミのものではない口調で、ナミそのものの声で話した。

 ナミに不似合いな、邪悪な笑みを浮かべながら。

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