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ハルチ  作者: あみるニウム
09「日常のはじまり」
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09−7

「だとすれば、好機は今しかなかろう」

 天原さんがカラスから視線を外した。

「そうだね、今がチャンスだ。今を逃せば、倒せない可能性の方が高い。相手の実力が未知数とはいえ、ナミくんが探知しきれなかった時点で、明らかな大物だ」

 みろくが天原さんに答える。

「……アレを出すよ」

 そして、真剣な顔つきをしながら、話を続けた。

 しかし、どこか影を帯びている様子もあった。

「普段なら許しはせんが、この状況では致し方ないか……」

 天原さんがみろくの瞳を見つめながら、同様に暗さを帯びた顔で応えた。

「みろくん、無理だけは、しないでね」

 ナミがよろよろとしながらみろくへと声をかける。

「大丈夫だよ、あの頃よりはコントロールできるはずだからね」

 みろくはそこで顔を崩し、いつもの笑顔を浮かべた。

 いや、いつもの笑顔を、無理矢理に作っているように見えた。

「…………」

 舞は視線を外しながら、俯いていた。

「舞くん、そんなに心配しなくていいよ。死ぬ訳じゃないんだからさ」

 みろくはナミに添えていた手を外し、舞の元へと歩み寄った。

 そして、舞の肩にぽんと手を置いた。

「ナギくんのこと、頼んだよ」

 みろくは舞の耳元で囁くと、舞の肩に置いた手を外した。

 そして、天原さんの元へと歩み寄った。

「とはいえ、相手は空中に浮いている存在だからね、高子くんにも力を借りなきゃいけないんだよねえ」

 みろくは努めて明るい口調で話した。

 天原さんはそれに対し、いつもと変わらない声で返した。

「よかろう。私が、みろくどのを押し上げよう」

 天原さんの言葉に、みろくは更に笑みを深めた。

 にっこりと、今生の別れを告げているような笑顔で、天原さんを見つめていた。

「よし、じゃあ、ナギくんの力が戻りきって相手が動き出さない内に、始めてしまうことにしよう」

 みろくはそう言うと、鋭い視線をカラスに向けて放った。

「おい、みろ──」

「ナギくん」

 僕が話しかけるのを無視するような形で、みろくは僕に語りかけてきた。

「今生の別れって訳じゃないんだよ。ただね、かなりの力を消耗するってだけでね」

 みろくはこちら側に向き、笑みを浮かべていた。

「だが、ただ事ではないんだろう?」

「まあね。こんな死亡フラグがびんびんに立つ程に、危険な大技ではあるね」

「死亡フラグって自分で言うなよっ」

 思わず突っ込んでしまったが、そこでみろくがいつも以上に優しい笑みを浮かべていることに気がついた。

「そうそう、ナギくんはそういうノリでいてくれればいいんだよ。僕らの小ボケに、常にツッコんでいてくれればいいんだ。そして、ぼくに冷徹な視線を向け、精神的な興奮を与えてくれれば、それでいいんだ。それだけが取り柄なんだからね」

「そんな取り柄しかないのや嫌だよっ」

「あはははは」

 みろくは声を出して笑った。

 みろくがただ作り笑いを浮かべるだけでなく、声を出して心から笑っているのは見たのは、ものすごく久しぶりな気がした。

「冗談だよ。やっぱり、ナギくんはその方がいいね。元々明るい子なんだからさ。これからはちゃんと友達を作るんだよ」

「いや、だから、死亡フラグをどんどん立たせるのはやめろって……」

「さて……」

 みろくは、一通りのやり取りを終え満足したと言わんばかりの表情を浮かべ、カラスに向き直った。

「そろそろ行こうかな」

 そして、真剣な顔つきになり、左手を腰に当てた。

 その瞬間に、左手に鞘に納まった日本刀が現れた。

「いつでも良いぞ」

 天原さんはいつの間にか、カラスの真下に移動していた。

 真上に巨大なカラスが存在しているにも関わらず、天原さんの姿はしっかりと光に照らされていた。

 まるで、カラスなど存在していないかのような光の当たり具合だった。

「それじゃ、行くよ」

 みろくは言葉を終えると同時に、猛スピードで天原さんに向かって突進した。

 そして、差し出された天原さんの手に、足を乗せた。

 天原さんはみろくの足が自分の手に乗った瞬間、ものすごい声とともにそれを持ち上げ、真上に放り投げた。

 みろくはその勢いで、カラスへと突進して行った。

 左手は鞘を持ち、右手は刀の柄に携えられている。

 居合いだ、と僕は瞬間に感じた。

 そして、みろくがカラスの元へ到達した瞬間、カチンと何かが合わさる音が響いた。

 同時に、カラスが物凄い雄叫びを上げた。

 鼓膜が破けんばかりのその声に、僕は思わず耳を塞いだ。

 同時に目を瞑りかけたが、何とか片目だけは開き、事の顛末だけは窺う。

 みろくはカラスを突き抜け、空高く舞い上がっていた。

 カラスは、大きな漆黒の翼を、バタバタとさせ、苦しんでいるようだった。

 そして、こちらへ向けていた視線を動かし、上空へと向け直した。

 その先には、みろくの姿がある。

 カラスはみろくへ向かって、物凄い勢いで突進した。

 避けられないと思った瞬間、再びカチンという音が鳴った。

 同時にカラスが二度目の悲鳴を上げた。

 今度は、間違いなく悲鳴だと判断できる程、悲痛な叫びだった。

 みろくは落下し始めていた。

 カラスは再びみろくへと殺気立った視線を送り、急降下した。

 そして、みろくにその片翼を凄まじい勢いでぶつけた。

「みろくっ!」

 思わず叫んだ。

 みろくは物凄い速度で落下していた。

 カラスは元いた場所へと戻り、無音で羽ばたいていた。

 みろくの身体が地面と衝突する。

 凄まじい粉塵が辺りを覆い、ぼくは両目を瞑らざるを得なかった。

 天原さんと舞の二人がみろくの落下地点へと急ぐ。

 粉塵が晴れて状況を確認すると、みろくの身体が力なく横たわっていた。

「みろく……!」

 自分も駆け寄ろうとするが、突如としてみろくの身体が起き上がる。

 そして、駆け寄った二人に肩を抱えられながら、こちらに戻ってきた。

「あはは、ダメだったみたい」

 みろくはいつもの笑みを浮かべていた。

 そして、戯けた調子で僕に話しかけてきた。

「って、死んでないのかよ! あの壮大な前振りは何だったんだよっ。それよりも、死亡フラグはどこにいったんだよっ」

 僕は安堵すると同時に、思わずツッコんでしまった。

 みろくは呵々大笑していた。

「だから、死なないって言ったじゃない」

 そして、いつもの調子でそう言った。

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