09−6
「なんなんだよ……、アレ……」
僕は思わず声を漏らしてしまった。
いつの間にか僕の横に立っていた天原さんと舞も、カラスを凝視し、アレが何者なのかを観察しているようだった。
カラスはこちらに殺気立った視線を送りながらも、なおも動かずにいた。
何かを判別しているかのような様子にも見えた。
「ゾウオであるのは、間違いないようじゃな」
天原さんが呟く。
「えっ? アレもゾウオなんですか?」
「そこを見てみよ」
僕の疑問に対し、天原さんがゾウオの直下の地面を指差した。
僕はそちらへと視線を動かしてみたが、特に変わったところはないように思えた。
「そこって……、何もないじゃないですか」
僕は天原さんに視線を戻した。
「そう、何もないのじゃ」
「何言ってるんですか? じゃあ、問題なんて……」
「この明るさで、影ができない存在など、ゾウオ以外にはありえん」
僕は天原さんの言葉に驚き、再び天原さんが指差した地点を見つめた。
そこには、あれだけの巨体を誇るカラスの直下なのにも関わらず、影が全く見当たらなかった。
「カラスのゾウオなんてのもいるんですね……」
僕は半ば感心したような声で言った。
「そんなもの、見たことも聞いたこともないわ」
対して、天原さんが唇を噛み締めた。
「カラスのゾウオじゃと? そんな存在、未だかつて現れたこともない!」
天原さんはキッとカラスを睨みつけた。
カラスは相変わらず、羽ばたく音すらさせずに宙に浮いていた。
あれだけの翼を動かしていたら、確実に羽音が聞こえてもおかしくないのに、何一つ音を生じさせていなかった。
「高……ちゃん……」
僕らがカラスを観察していると、ナミが弱々しい声で天原さんに話しかけた。
「ナミどの、大丈夫か?」
「うん……。ごめんね、油断しちゃった。えへへ……」
ナミは作り笑いを浮かべながら、身体をみろくに預けている。
「説明、してくれるか?」
天原さんが気を遣いながらも、状況の説明を求めた。
「いきなりだったんだよ」
ナミがゆっくりと説明を始めた。
「舞ちゃんがゾウオに最後の攻撃を加えて、私も安心したんだ。『やった、全部倒せた』って。でも、そう思った瞬間、真後ろに大きな気配が突然現れたの。私、びっくりして慌てて振り向いたんだけど、その瞬間に攻撃されちゃって……」
ナミは申し訳なさそうに俯いた。
「いきなりじゃと? 一体、どこに隠れておったのじゃ……。私たちが攻撃を開始したときには、間違いなくおらんかったはずじゃが……」
「うん、そうだね、気配すらなかったよ」
ナミは肩で息をしながらも、話を続けた。
「多分なんだけど、アレが今までちらついていた、大きな気配のゾウオなんだと思うの。確信は持てないんだけど」
「ちっ……、あんなのにどうやって対抗すれば良いんだよ……」
舞がカラスを見つめながら零した。
ギリと歯を噛み締め、悔しそうな顔をしていた。
「ナミくん、他にゾウオの気配はあるのかい?」
みろくがナミの肩を抱きながら尋ねる。
「ううん、今はあいつだけ。あのでっかいカラスだけ。アレ以外に、この付近に気配はないよ」
ナミはゆっくりと身体を起こし、自分の力で自身の身体を支え始めた。
それと同じ頃に、僕の身体にも力が戻り始め、立ち上がることはできるようになった。
「ナギどの、お主はもう大丈夫なのか?」
天原さんが僕に気遣いの言葉をかける。
僕は笑顔を浮かべながら応えた。
「ええ、何とか立つことはできます。ですが、しばらくは攻撃できないでしょうね……。少し、無理をしすぎたようです」
「ああ、構わぬ。いや、つらいのは確かなのじゃがな。あんな空中に浮かんでおる敵にまともに攻撃できるのは、ナギどのぐらいなのじゃから……」
天原さんは宙へと視線を動かした。
そして、カラスを睨み、唇を噛んだ。
「ナミくんもこんな状態だしね」
よろよろと立ち上がるナミを支えながら、みろくが話す。
みろくはナミを支えながらも、視線だけはカラスへと向けていた。
カラスは、未だに無音で羽ばたいていた。
「しっかし、何で攻撃して来ねえんだ、あいつ?」
舞が疑問を口にした。
確かにおかしい。先ほどの十体のゾウオは、舞の結界の力で近づくことができなかったから、攻撃して来なかっただけだ。
結界は先ほどの戦いのために解除しているし、僕とナミはほとんど戦闘不能状態だ。
これほどの好機なのにも関わらず、カラスは全く攻撃に移ろうとしなかった。
それどころか、羽ばたく以外の一切の動作を取ろうとしていないようにも見えた。
「何かを探しているのか……?」
僕は直感でそう言ってみた。
「探している? 何をじゃ? 標的のナギどのは……そうか!」
天原さんが素早く視線を僕からカラスへと動かす。
「今のナギどのは、ほとんどエネルギーが空っぽの状態じゃ。じゃから、奴は私たちの中の誰がナギどのなのか判別できんのじゃ」
天原さんは得心したと言った様子で何度も頷いた。
「もしかすると、あやつは頭も良いのかもしれん。元々、カラスは頭が良いものじゃからな、あやつも良いと考えて間違いないじゃろう。無駄なエネルギーを使わず、最小限の力でナギどのを葬ろうとしておるのじゃと思えば、納得できんこともない。ナギどのがどこにおるのかを見極めてから、そこに攻撃を叩き込む方が遥かに効率が良いのじゃからな」
確かに、そう考えれば納得がいく。
僕を捜しているが、目安にしていた僕のエネルギーがほとんど空っぽになって、僕を見失ったと考えれば、辻褄が合う。
「あやつが、本体なのか」
天原さんはカラスを睨みながら呟いた。
全員がカラスへと視線を送った。
カラスは相変わらず、姿とは裏腹に、一切の物音を生じさせなかった。




