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ハルチ  作者: あみるニウム
09「日常のはじまり」
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09−5

 天原さんの秘文詠唱を聴きながら、僕は意識を集中させる。

 銃身に全神経を集中させ、イメージを具体的に思い浮かべる。

 行ける。

 そう思えてから、僕はゆっくりと目を開き、周囲を見渡した。

 東西南北、全ての方向にゾウオが蠢いている。

 それも、それほど遠くはない。

 十メートルと離れてはいないだろう。

 それもそのはずだった。

 僕らがいたのは、生徒会室なのだ。

 生徒会室の大きさなんて、たかが知れている。

 多少大きい空間ではあるのだろうが、それでも、二十五メートルもあるはずがない。

 つまり、全ゾウオが余裕で僕の射程距離内にいるのだ。

 北側と南側に二体ずつ、東側と西側に三体ずつ。

 僕はゾウオの配置を確認し、攻撃のシミュレーションを始めた。

 天原さんとの訓練で、僕がこの攻撃を連続で打てる回数は十回程度だとわかっている。

 何度やっても、それは変わりがなかった。

 おそらくは、もっと訓練を積まないと、これ以上の連射はできないのだろう。

 十体という数は、不幸中の幸いだったのかもしれない。

 ギリギリで、全ゾウオに攻撃を加えることができるのだから。

 問題は、狙いをしっかりと定めることができるか、だ。

 しかも、全方向に攻撃を向けなければならない。

 そんな練習は、もちろんしていない。

 僕がしていたのは、前方にいる的に向けて攻撃を放つ練習だけだった。

 しかし、それを嘆いている時間はない。

 やってみるしかないだろう。

 まずは北側から、時計回りに攻撃をしていこう。

 後のことはみんなに任せて、僕はこの攻撃だけに全神経を集中させよう。

 それが僕の役回りだ。

 僕にできる、僕だけにできる、唯一のことなんだ。

 心が決まり、もう一度精神を落ち着ける。

 目を閉じ、天原さんの詠唱に耳を傾ける。

 ゆっくりと、着実に時間が過ぎていった。

 ほんの数十秒の出来事のはずだったが、時間の流れはとてもゆっくりと感じられ、何時間も経っているような錯覚を覚えた。

「……今じゃ!」

 僕の心が完全に落ち着ききった刹那、天原さんが声を発した。

 僕はその瞬間に目を大きく見開き、ゾウオへと焦点を合わせた。

 舞が手の平を叩き合わせ、パンと大きな音を生じさせた。

 その瞬間に、辺りを覆っていたフィールドが解除される。

 ぼくらの動きを察知したゾウオたちが雄叫びを上げた。

 僕はゾウオが動くよりも早く動かんと、かつてない程の集中力をその瞬間に注ぎ込んだ。

 引き金を引くと同時に、僕の握るその銃から、テニスボール大の炎の塊が、ものすごい速度で発射される。

 炎の塊は、楕円状に伸びながら、ゾウオへと向かって突進を始めた。

 僕はそれを見届けることはせずに、次のゾウオへと視線を動かした。

 一体、二体、三体四体五体──。

 引き金を引いては次のゾウオへと視線を動かし、また引き金を引く。

 僕はその単調な作業に、全神経を注ぎ込んだ。

 六体、七体、八体、九体──。

 僕の背後から、次々とゾウオの悲鳴のようなうめき声が上がっていく。

 僕はそれを聞き流しながら、一発一発の攻撃に、僕の全てを注ぎ込んだ。

 ────十体!

 僕の視線が攻撃を開始した時の方向へと再び戻った。

 その瞬間、僕は全身の力が抜け、その場に膝をついてしまった。

 四方八方からゾウオの悲鳴が響く。

 もちろん、それで終わりなはずがない。

 今は、ゾウオの力も最も強力になっている時間帯なのだ。

 それで倒せるほど、今の時間帯のゾウオは甘くはないはずだ。

 僕は膝をつきながらも、必死に周囲の様子を伺った。

 予想に反して、七体ものゾウオが、激しい炎に包まれながら消えようとしていた。

 その結果に僕自身が驚いた。

 予想以上に僕の攻撃はゾウオに対して有効なようだ。

 最も強力になっているこの時間帯のゾウオであっても、うまくいけば一撃で倒すことができると、この実戦を通して初めてわかった。

 銃に炎を装填し、速度を増すことで威力を増加させたことが良かったのかもしれない。

 しかし、だとすれば、確かに敵方から見れば脅威だろう。

 標的がたったの一撃で自分たちに致命傷を与えるような大きな力を持ったのだ。

 狙っている側からすれば、たまったものではないはずだ。

 だからこそ、突如として、行動を起こしてきたのかもしれない。

 僕は身体は動かないながらも、頭だけを働かせた。

 そして、周囲の様子を伺ってみると、みろくが北側に残っていた一体に、追加の攻撃を加えていた。

 天原さんは、西側へとものすごい速度で移動しつつ攻撃体勢へと移行している。

 これで二体は撃破できるはずだ。

 僕は安堵した。

 刹那、回転しながらも横目に見ていた光景が、僕の脳内を過った。

 まだ、後ろに敵が残っている。しかも、やっかいなことになった敵が残ってしまっている。

 そいつに対してだけは、僕の攻撃はほとんど効果がなかったはずだ。

 僕は回転しながら攻撃していた瞬間のことを思い出していた。

 北から時計回りに順に攻撃して行き、最後に再び北を向くように回った訳だが、南側の一体だけはほとんど傷を与えることができなかった。

 回転しながらだったというのもあるのだろうが、擦った程度のダメージしか与えられていない。

 初めての試みで九割成功しているのだから、普通なら素晴らしい結果と言えるのだろうが、今回に限っては別だ。

 傷を負わせることができなかったのは、致命傷になり兼ねない。

 僕は慌てて身体を動かそうとするが、うまく行かない。

 何とかして上半身だけは後ろ側を振り向く事に成功し、僕は視線を凝らした。

 そこには舞の姿があった。

 舞がゾウオに向かって突進していた。

 そして、僕の攻撃がほとんど当たらなかったゾウオに対して、容赦なく攻撃を叩き込んだ。

 ゾウオが大きな雄叫びを上げる。

 悲鳴とも言えるその雄叫びを意に介さず、舞は天高く飛び上がった。

 そして、落下の勢いを加えて、手にしていた剣をゾウオの頭上から叩き込んだ。

 その瞬間、ゾウオの動きが止まり、ゾウオは音もなく姿を消した。

「やった!」

 僕は思わず声を出してしまった。

 絶望の暗闇を彷徨い、遥か彼方で微かに輝いていた希望に辿り着いたかのような気分だった。

 攻撃に向かっていた全員が僕の傍へと駆け寄ってくる。

 天原さんとみろくも、無事ゾウオを撃破したようだ。

 僕は未だに立ち上がれずに、その場にしゃがみ込んでいた。

 全身の力が抜けきっていて、上半身を動かすことすら困難に感じた。

「よくやったぞ!」

 天原さんが駆け寄りながら、僕に声をかけてきた。

 みろくも笑顔を浮かべながら、僕の方へと走り寄って来ていた。

 舞も、ゆっくりと、笑みを浮かべながらこちら側へと移動してきていた。

 刹那──、

「きゃーーーーっ」

 ナミの悲鳴が響き渡った。僕らは驚き、天を仰いだ。

 ナミが、大きな鳥の姿をした化け物に、攻撃をされていた。

「なんじゃ……あれは……?」

 天原さんが一度は立ち止まりながらも、すぐさま再び駆け出し、速度を増しながら僕に近づいてきた。

 みろくも、舞も、移動の速度を上げていた。

 攻撃を加えられたナミは、そのまま地面へと落下し始めた。

 みろくが瞬間に速度を最大限に上げ、僕のいる場所と数歩と離れていないナミの落下地点へと滑り込む。

 着地寸前でみろくはナミを抱き止めた。

 僕は立ち上がろうと力を込めたが、全身に全く力が入らず、ほんの少しも身体を動かすことができなかった。

 予想以上に僕は力を使ってしまっていたようだ。

 顔だけを動かし、ナミの安否を確認する。

 どうやら、意識はあるようだ。ナミが無事であることに胸を撫で下ろし、僕は再度空を眺めた。

 そこには大きな、とてつもなく巨大なカラスが存在していた。

 漆黒の衣を纏ったカラスは音もなく羽ばたき、宙に浮かんでいた。


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