01−3
荷を降ろしきり、腰をかけようとしていると、突然、教室の扉が開いた。
ナミが戻ってきたのかと思って視線をそちらに向けると、そこには一人の学生がこちらを向いて立っていた。
「ああ、いたいた。やっほー、コーヤナーギくーん」
学生は僕に近寄りながら声をかけて来た。
「……みろくか」
僕は嘆息しながらも、来訪者が知り合いであることに安堵し、腰を下ろした。
男の名前は世野みろく。
身長は175cmほどで、細身だが筋肉はある、細マッチョと呼ばれる部類の男だった。
そして、彼の軟派さは、学校中に知れ渡っていた。
誰一人として、それを知らぬ者はいなかった。
しかし、彼が女を泣かせたという話は、一度も耳にしたことがない。
彼の周りには、常に笑顔の女学生が溢れていた。
みろくはニコッと笑顔を浮かべ、僕の前の座席に後ろ向きに腰かけた。
「おはおは。ひっさしぶりだねえ、ナギくん」
随分と話していなかったはずだが、そんなことは微塵も感じさせない、以前と何も変わらない様子で話しかけてきた。
僕は舌打ちを堪えながら話を促した。
「何の用だ?」
「相変わらず冷たいなあ……、久しぶりに会ったって言うのに……。久しぶりなんだからさ、ちょっとは話でも──」
「何の用だ?」
僕はみろくの言葉を遮り、再度尋ねた。
みろくはやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「んー、いや、用ってほどのことではないんだけどねえ」
「だったら、今すぐ去ね」
「去ねとはまた古風な……。相変わらず、そんなにツンツンしているのかい? もったいな──」
「黙れ。貴様と話すことなど何もない。今すぐに死ね」
「おいおい、ひどすぎないかい? 僕はこんなに君を愛しているというのに」
「本気で気持ち悪い……」
僕は全身に立つ鳥肌を堪えながら、精一杯の冷たい視線をみろくに送った。
「まあまあ、落ち着いて。全く用がないって訳じゃないんだよ」
みろくは僕の視線など意に介さない様子で、大げさなジェスチャーを伴いながら話した。
「だったら、早く言え。そして、失せろ」
そう言いながら、僕はいつも通り、鞄の中から筆箱や本を取り出し始める。
「いやねナギくんがちょっと狙われてるって噂を耳にしたもんだからさ、大丈夫かなって思ってねえ」
「狙われている? 僕がか? 僕が誰に何を狙われるって言うんだ?」
僕はそんな話は聞いたこともなかったし、そんな気配を感じたこともなかった。
第一、人との付き合いをほとんど断っている僕に、狙われる要素があるとは思えない。
「何をって言われると命をとしか答えられないけど、誰にって言うのは何にって訂正を入れた方が良い気もするねえ……」
みろくは何かを濁すような物言いをした。
段々と腹が立ってきて、僕は実力行使に出ることにした。
「はっきりしない奴だな。刺すぞ?」
僕は先ほど出した筆箱から素早くシャープペンシルを取り出し、右手に構えた。
さすがのみろくも少し慌て──る様子は微塵もなかった。
「いいねえ、それでこそナギくんだよ、ぞくぞくするよ。でも、落ち着いてくれないかな? 本当に、ある程度確証のある話ではあるんだから。情報のソースもしっかりしたところだしね」
サラッと気持ちの悪い発言が混じっていたが、僕はシカトを決め込むことにした。
「だとしても、貴様の世話にはならん。用は済んだか? だったら、さっさと出てってくれ」
シャープペンシルをしまいながら、みろくから視線を逸らしそっぽを向き、これ以上話すことはないと全身で伝えた。
「そういう冷たい態度もとてもそそるものがあるけど、話だけは聞いてほしかったなあ。まあ、ナギくんはそういう反応をするとは思っていたけど」
言い終えるとみろくは立ち上がった。
「とりあえず、何かあったら遠慮なく言うんだよ?」
だが、僕は完全なる無視を決め込んだ。
みろくは肩を竦ませ、教室から出て行った。




