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ハルチ  作者: あみるニウム
08「僕の知らない非日常」
36/53

08−3

 全員がハッとした表情を浮かべた。

 そして、三人は申し訳なさそうな表情を浮かべながら僕の方を見た。

「す、すまん、つい……。で、どこまで話したのじゃったかな?」

 天原さんが謝りながら尋ねてきた。

「天原さんが二人に会いに行って、感化されたところです」

「ああ、そうじゃったな、そこで私に火がついたところじゃったな」

 ある意味、今も火がついていたけどな。

「二人は無事に一通りの訓練を終え、一人前のゾウオ討伐師として活動し始めることになった。

 ミナカどのと私が初めて一緒にゾウオ討伐に向かった頃は、一人で、または二人一組でゾウオ討伐に行っておったのじゃが、二体のゾウオが同時に現れたということにより、編成が見直された。結果、二人が一人前になった頃には三人から四人組で行動するのが通例になっておったのじゃ。

 そして、幸運にも、いや、当然というべきか、私たちは同じ部隊になった。部隊長は、ミナカどのじゃ。私たちは、ミナカどの直属の部隊として活動しておったのじゃよ」

「つまり、三人はかなり兄と近しいところにいたんですね」

「あの……、ごめんね、ぎいちゃん……」

 ナミが本当に申し訳なさそうに言った。

「何度も謝るな。僕は気にしていない。それで、その部隊で去年まで戦っていたのですか?」

「そうだよ。それで二年程は活動していた」

 みろくが話のつづきを始めた。

「その二年間で、僕らは他に類を見ないぐらいの活躍をしてたんだけどね。まあ、それは本筋と関係ないから置いておこう。

 僕らが四人で活動していた中、一昨年の暮れぐらいに、三体同時にゾウオが現れたという報告が届いたんだ。さすがに、三体も同時に現れると、四人でギリギリと言ったところだった。そこで、改めて部隊の編制が見直されて、僕らの部隊に、舞くんが加わったんだよ。

 舞くんはゾウオ討伐師になって日が浅かったんだけれどね。ただ、当時は一人の能力では、二人から三人ほどまでしかハルチを共有させることができないと言われていたんだ。だから、二人がかりで、全隊員に同じハルチを共有させていた。ところが、舞くんはそれを一人で実行できてね、日は浅かったけれど、その希有な才能で、一気にこの部隊に配属されたのさ。僕らと同い年ってこともあって、比較的早く打ち解けてくれたよ。最初は凄かったけどねえ」

 みろくの言葉に舞が頬を染めた。

「それでね、舞ちゃんも加わった五人体制で、この区域の一番隊として、私たちは活動してたんだよ」

 ナミがようやく笑顔を浮かべながら話した。

 しかし、直後にその笑顔が曇った。

「でもね、去年、ミナカさんはいなくなっちゃったんだ……」

 全員の顔に、暗い表情が浮かんだ。

 天原さんが僕を見つめ、言葉を紡いだ。

「私たち五人は無敵の部隊じゃった。いや、無敵じゃと思っておった。しかし、昨年、三体のゾウオが現れたとの情報を聞き、討伐に向かった際に、その思いは打ち砕かれた。

 その時の相手は、二体のヘビ型と、一体のキツネ型じゃった。二体のヘビ型は簡単に倒したのじゃが、もう一体のゾウオが中々倒せんかった。

 どうも、今までのゾウオとは様子が違う。私たちはそう感じておった。そこでようやく、私はあることに気がついた。そのゾウオには、尻尾が三本あったのじゃ。

 今まで、三本の尾を持つゾウオなど、見たことも聞いたこともなかった。その違和感に気づいた私は、ミナカどのにそのことを告げた。ミナカどのもすでに気づいておった。そして、こう言われたのじゃよ。『あれは恐らく、三体のゾウオが合体したものだ』とな。

 驚いたよ。ゾウオが合体するとはな。しかし、そう言われて見れば、うっすらとじゃが、眼も三匹ぶんあった。足の数は変わらんかったがの。そして、ミナカどのは私たちに振り向き、こう告げたのじゃ。

 『おそらく、今のお前らの力では、到底あいつは倒せない。ここは俺がやる。お前たちは戻れ』

 私はもちろん反発した。全員で戦った方が、勝ち目があるはず、とな。しかし、ミナカどのは私の意見を却下した。

 『お前たちは足手まといだ』と言った。しかし、私は心が読めるからな、ミナカどのが死ぬ気じゃということがわかった。それだけはさせてはならんと思い、何とかして戦いに加わろうとした。

 じゃが、ミナカどのに向かって声を放とうとした瞬間、私の意識は途切れた。気づいた時には、そのゾウオを対峙するために赴いた場所におった。急いで辺りを見渡したが、私とみろくどの、ナミどの、舞どのの四人しか、その場にはおらんかった。一緒に来たはずのミナカどのは、身体ごと消えておった。

 おそらくは、全神経をハルチに持って行き、現実界の身体が消滅したのじゃろう。文字通り全身全霊で、私たちを守ってくれたのじゃ。ナミどのに調べてもらったところ、三本の尾を持つゾウオの気配は完全に消えておった。もちろん、ミナカどのの気配も完全に消えておった。ミナカどのは、命を賭して、私たちを守ってくれたのじゃ。

 そして、私たちは本部に戻った。今回のことを上に報告すると、リーダーを失ったままではまずいということで、私がこの地区のリーダーを勤めることになった。ミナカどのに一番近しい位置におった上に、ある程度の実力はすでに認められておったからな。ある意味、当然の結果なのじゃろう。

 ミナカどのの捜索は続けられたが、もちろん、見つかるはずもなかった。ナミどのの探査で見つからん者が、見つかる訳はないのじゃがな。それでも、どうしても諦めきれんかった。じゃから、葬儀などは行っておらん。私たちの中では、ミナカどのはまだ生きておるのじゃからな」

 視線を落としながら話していた天原さんは、そこで僕に視線を動かした。

「そして、それから一年が過ぎ、そなたが狙われているという話が私たちの元へと入った。私は最初、別の部隊に行かせようと思っておったのじゃ。しかし、この件を知ったみろくどのとナミどのが食い下がってな、私たちが直接担当することにした。

 いま思えば、二人はナギどのがミナカどのの血縁者じゃと知っておったからな、無理もない話じゃ。私もその事実を知っていたら、同じ行動を起こした違いない。

 何にせよ、私たちが担当して良かったと思っておる。他の部隊では対応すらできんかったじゃろうて。まさか、これほどの強敵が現れるとは、夢にも思っておらんかったのじゃから。

 じゃが、事実、こうしてナギどのは、今までかつて見聞したことのないほど大物のゾウオに狙われておる。おそらく、他の部隊では、太刀打ちすらできんかったじゃろう。

 そして、私は認識を改めねばならんと、今回の件で思ったよ。たとえゾウオ討伐に関わる者でなくても、これほどの大物に狙われる可能性はあるのだ、とな」

 天原さんはそう自戒の言葉を呟くと、虚空を見つめた。

 兄のことでも考えているのだろうか。

 それとも、こんなとき兄ならどうしたかと、考えてでもいるのだろうか。

 僕にはわからないが、初めてその時、天原さんの弱さを垣間見た気がした。

「ありがとうございました」

 僕は、生徒会の役員全員に向かって、深々と頭を下げる。

「僕の知らない兄のことを教えて下さって、本当にありがとうございました」

 僕の目には、涙が滲んでいた。

 兄は一年前まで生きていた。

 その事実だけで、僕は何だか救われた気がした。

 いや、本当はもっと前に救われていたのかもしれない。

 僕が目を背けていただけで、救いの手は幾つも差し伸べられていたのだから。

 僕が、救われることを拒んでいただけなのだから。

「ナギどの、頭を上げてくれ。私たちは、そなたの兄を守れなかった未熟者じゃ。本当にすまないと思っている。どうか、許して欲しい」

 今度は天原さんが頭を下げてきた。

 僕は首を横に振り、続けて言った。

「謝らないでください。僕の兄は、五年前に死んだんです。たとえ、去年まで生きていたのが兄だとしても、それは僕の知っている兄とは別人です。いや、別の側面と言った方がいいのかな? そのことについて知れただけでも、十分ですよ」

 僕は自然と笑みを浮かべていた。

 何故かはわからないが、すっきりとした思いを抱いていた。

「まだ時間はありますよね? もう一杯、今度はコーヒーでも飲みましょうよ。今度は、僕が入れて来ますよ。兄直伝の特製のコーヒーをね」

 そう言うと僕は、テーブルに置いてあったティーセットを集め、生徒会室を挟んで向い側にある、給湯室へと移動した。

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