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ハルチ  作者: あみるニウム
08「僕の知らない非日常」
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08−1

「あれは、まだ私がこの地域の部隊の最年少討伐師として、自惚れておった頃のことじゃった。突然、上司から新人だと紹介されたのが、ミナカどのじゃった。

 一見しただけでは、普通の若い男じゃと思ったよ。弱そうな新人じゃと、私は見くびっておった。

 実際、訓練では本当に弱かった。ここも、ゾウオ討伐隊の近藤勇と呼ばれる由縁でもあるのじゃ。近藤勇は、実戦では負けなしじゃったが、練習試合では本当に弱かったそうじゃしの。試合より、死合に強かったとでも言うのじゃろうか、ミナカどのも全く同じタイプの人間じゃった。

 とはいえ、その頃の私には、そんなこと微塵もわからんくてのう。訓練の様子を見て、やはり大したことのない新人じゃと思っておった。

 調子に乗った小童じゃったからな。自分より格下の討伐師じゃと侮っておったのじゃ。

 しかし、ミナカどのと二人で赴いた初の実戦で、私はその考えを翻すことになった。それまで一体ずつしか襲って来んかったゾウオが、その時初めて、二体で襲ってきたのじゃ。

 私は戸惑ってしまってのう。二体同時に相手などしたことがなかった上に、物心ついてまもないぐらいの小童じゃったからな、当然じゃ。訓練でも、そんな状況は想定されておらんかったしのう。

 結果、頭が真っ白になった私はがむしゃらに、無駄に攻撃をしかけようとしたのじゃ。

 当然、そんな攻撃ではゾウオは倒せん。普段なら楽々一体は倒せるはずが、一体も倒せんかった。中途半端に、片方ずつに攻撃を加えてしまったがために、致命傷に到らなかったのじゃろうな。

 遂に私の力は尽きた。能力が底をついてしまったのじゃ。私は終わりだと思ったよ。ましてや、パートナーとして組んでおるのが、格下じゃと思っておる人間じゃ。

 死を覚悟した。本気で、死を覚悟した。その時、ミナカどのが私の肩に手を置いてな、優しく言ってくれたのじゃ。

『諦めたら、そこで試合終了ですよ』

 とな。それは某マンガの名台詞じゃろうがと、今の私なら言えるのじゃろうが、当時の幼い私は怒鳴ることもできず、ただこいつは馬鹿じゃないかと思ったよ。

 当たり前じゃ。死を目前にして、誰が冗談を冗談として受け取れよう。しかし、ミナカどのが私の肩から手をどかした直後に、ゾウオの一体が雄叫びを挙げて消滅した。

 私は、何が起こったのかわからなかったよ。全く何も見えんかった。当時の私にわかったのは、私の肩に手を置いていたはずのミナカどのが、その雄叫びを挙げたゾウオのおったところに立っていたということだけじゃ。

 ミナカどのは、刀を鞘にしまっておった。いつ具現化したのかも、いつそれを抜いたのかも、いつそれで攻撃を加えたのかも、私にはわからんかった。

 しかし、具現化し、抜刀し、攻撃を加えたのは間違いないのじゃろう。ゾウオの雄叫びの直前に、カチンという刀の柄が鞘に収まる音が聞こえたからな。

 そして、残ったゾウオが怒りに狂ったような雄叫びを挙げながら、ミナカどのに向かっていった。ミナカどのは微動だにしなかったが、ゾウオが私とミナカどのの間に入り、ミナカどのの姿が見えなくなった瞬間、再びカチンという音が聞こえた。その音と共に、今度は雄叫びも挙げることなく、ゾウオが真っ二つになって消滅した。

 私は、啞然としておった。ただ、見ているだけしかできんかった。格下じゃと思っておった男が、私とは比べ物にならん程の実力者じゃったと、その時初めて気づいたのじゃ。

 おそらく、上司は知っておったのじゃろう。いや、知らんはずがないのじゃ。なぜなら、ミナカどのは、かつてこの区域をまとめあげていた討伐師なのじゃからな。

 そこから更に出世し、中央にまで栄転したこともある人物じゃった。ちなみに、その頃のゾウオ討伐隊の中では、ミナカどのが討伐師の最年少記録保持者だったそうじゃ。その後、私が塗り替えたのじゃがな。

 まあ、それは置いておこう。詮無ない話じゃ。

 つまり、ミナカどのは一度この組織で栄華を極め、そして、何らかの理由でここを抜け、あの時再び舞い戻ってきたのじゃ。それが、五年ほど前、おそらくは、お主の元をミナカどのが去ったころではないかのう?」

 その通りだった。

 兄さんがいなくなったのは、ちょうど五年前。

 あの年の初夏に、兄さんは姿を消したのだ。

 そして、年が明けて春が来ようとしていた頃、兄の死の報せが僕の元に届いた。

 天原さんの話からすれば、兄が僕の前から去ったその頃に、兄と天原さんが出会ったのは間違いがないだろう。

 そして……。

「そう、ミナカどのは、再びこの地区の英雄となった。それが、そなたの元に報せが届いた頃のことじゃ」

 つまりは、ゾウオ討伐師として再び名を馳せ、僕の元へ帰ることができなくなったということなのだろうか。

「おそらくは、ミナカどのは、そなたにこちらの世界を見せたくなかったではないかと思う。あるいは、関わらせることすらしたくなかったのかもしれんな」

 そういえば、兄はあの男に、『まさかアレに関わることじゃないだろうな?』という言葉を放っていた気がする。

 もしかして、それがゾウオのことだったのだろうか。

「おそらくは、そうじゃろう。あるいは、この組織全体のことを指していたのかもしれん。ミナカどのがおらんくなった今となっては、その真意はわからんがな……。じゃが、その言葉からしても、やはりそなたをこちらの世界に関わらせたくなかったのは確かじゃろう」

 だからこそ、兄は僕の前から姿を消したのか。

「そして、二度と会えぬよう、死んだということにしたのじゃろう」

 そこまでして、何故僕を遠ざけたんだ?

「わからぬ。何か、明確な理由があったのかもしれんが、私たちは何も聞いておらぬ」

「そうですか、ありがとうございます」

 僕は脳内ではなく、言葉でお礼を言った。

 それが礼儀のような気がしたのだ。


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