07−3
「でも、さすがはミナカさんの血縁者だよねえ」
僕が自身の感情を押さえ込んだその時、みろくが唐突に兄の名前を口にした。
「何でここで兄さんが──」
「そなた、ミナカどのの血縁者じゃったのかっ?」
僕は全く理由がわからず、みろくに尋ねようと声を発すると、天原さんの驚きの声がそれをかき消した。
「あれ? 言ってなかったっけ? そうだよ?」
みろくがあっけらかんと告げた。
「だから、何で兄さんが……」
事情の説明を求めようとするが、天原さんは興奮した様子で話を続けた。
「そうじゃったのか、ようやく納得することができたぞ。ミナカどのの血縁者であるのならば、あの速度でハルチに対応できたのも頷ける。何せ、ミナカどのは二回目にはすでに克服しておったのじゃからな。あの人は間違いなく天才じゃった。克服の早さも歴代一位、その能力の高さも、ずば抜けておったからな」
「た、確か、月間のゾウオ撃退数も、い、未だに破られていないですよね」
舞も会話に参加して来た。
「ち、ちょっと待ってください。兄さんもハルチで戦っていたのですか?」
僕は戸惑いを覚えた。
兄さんの名前が出て来たこともそうだが、兄さんがハルチに来たことがある、そして、ゾウオと戦っていた上に、皆の言葉から英雄のような扱いを受けているという事実に、かつてない程の衝撃を受けた。
あの兄が?
本当に?
何かの間違いじゃないのか?
「そっか、ナギくんは知らなかったんだよね、ミナカさんのこと。ミナカさんは、ゾウオ討伐隊のトップクラスのエリートだったんだよ。普段、あんなにのほほんとしてるのに、いざゾウオと対峙すると、鬼神をも恐れ戦くほどの強さを見せてね、ゾウオ討伐隊の近藤勇と呼ばれていたんだ」
「兄さん……が……?」
僕は未だに信じられなかった。
何で近藤勇なんだよというツッコミが微塵も浮かばいほどには驚いていた。
「そうだよ。嘘じゃない。信じられないかもしれないけどね。それと……」
みろくが珍しく困った顔をして、口を閉ざしてしまった。
まるで、言っていいのかどうかを、推し量っているようだった。
僕に報せていいのかどうかを、真剣に悩んでいるように見えた。
もちろん、笑顔を崩している訳ではない。
笑顔は消えていないが、長年の付き合いの感覚でそう感じたのだ。
何か、僕に気を遣っているのに違いない。
「みろく、僕に気を遣っているのなら、遠慮することはない」
おそらく、みろくは僕が何も言わなければ、そのまま話を濁すだろう。
そう感じた僕は、みろくに話の続きを促した。
「………ミナカさんはね、昨年の今ぐらいまで生きていたんだよ」
「……え?」
僕は全身に電気が走るのを感じた。
いや、身体に電気信号が走っているのは科学的にも否定のしようがない事実なのだが、そうではなくて、あまりの衝撃に全身をびりびりと、電気をそのものが走ったような錯覚を覚えたのだ。
もちろん、こんな説明が蛇足なことはわかっている。
しかし、僕の脳内は、そんな蛇足な説明を付け加えることしかできない程に、混乱に混乱を重ねていたのだ。
「どういう……、どういうことだ……? 兄さんは……、兄さんは死んだはずだろう? あのとき、兄さんは死んだはずだっ。僕はそう知らされた。そして、僕の前から兄さんはいなくなったんだっ。兄さんは……、兄さんは…………」
僕は俯き、そのまま言葉を失ってしまった。
みろくがやはりこうなったかと、困惑しているのがわかった。
そちらを見ずともその様子を感じることができた。
舞も、僕の様子にどうすればいいのかわからず、おろおろしているようだ。
すると突然、天原さんが口を開いた。
「ミナカどのは、私にとって、いや、我々全てのゾウオ討伐に関わる者にとって、憧れの人じゃった」
そして、僕の知らない、僕の知ることのできなかった兄についての話をしてくれた。




