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ハルチ  作者: あみるニウム
07「僕の知る日常」
31/53

07−1

「ぎいちゃん!」

 意識が戻ると、ナミの声が脳内に響き渡った。

 目を開くと、ナミは笑顔で僕に駆け寄ろうとしていた。

 僕はその軌道から身を逸らし、ナミの体当たりを躱した。

 ナミは僕の動きにに対応できなかったようで、そのままソファに顔から突っ込んだ。

「ひ、ひろいよ……、ぎいちゃん……」

 ナミは鼻を押さえながら恨めしそうにこちらを見た。

「うるさい、戻って来た途端に体当たりを仕掛けるお前が悪い」

 僕はナミに向かって冷たく言い放った。

「た、体当たりじゃないよっ。抱擁だよっ。愛の表現だよっ! だから大丈夫!」

 そう言いながら、ナミは再び突進して来た。

 僕は再び攻撃を回避し、またもやナミの身体は空を切った。

 ナミは勢いでバランスを崩し、今度は床と接吻をした。

「なおさら悪い」

 僕は地面に倒れ、床と口づけを交わしているナミを見下ろし、そう告げた。

「お、おかえりなさい、ナ、ナ、ナギさん……」

 舞が何故か緊張した面持ちで僕に話しかけてきた。

「ああ、ただいま、舞」

 笑顔でそう言うと、舞は何故か頬を赤らめ、俯いてしまった。

 ……何故だ?

 そういえば、今になって気がついたが、僕は自然に笑顔を作れるようになっている。

 たったアレだけのことだったが、どうやら僕の心はすっかり軽くなっているようだ。

 天原さんの言う通り、たったアレだけのことがぼくには必要だったらしい。

 今までは、意識しても笑顔が作れなかったというのに。

 しかし、案外そういうものなのかもしれない。

 心の重荷が降りれば、自然と人は笑みを浮かべられるものなのかもしれない。

「どうだったんだい、ナギくん?」

 みろくが続いて話しかけてきた。

「ああ、何とかなりそうだ。フラッシュバックもなかったしな。戦闘でも、足手まといにはならない程度にはなったはずだよ」

「へえ、さすがだねえ。なんだかんだで、ナギくんは器用だからねえ」

「お前ほどじゃない。僕はお前ほど器用な奴には会ったことがないよ」

 そもそも、接してきた人自体少ないけどな。

「おや、ナギくんが僕を褒めるなんて珍しいねえ。これは赤飯でも……」

「調子に乗るな」

 僕は笑みを消し、いつものみろくに対する視線を投げかけた。

「おお、心地良い視線だねえ……」

 みろくはいつも通り気持ちの悪い反応をした。

 こいつ、なんでモテるんだよ……。

 僕はそこでようやく気がついた。

 一緒にハルチに行っていたはずの天原さんの姿が見えない。

 辺りを見回してみても、全く姿が見当たらないどころか、気配すら感じられない。

「あれ? 天原さんは?」

 僕は誰にでもなく、その場にいる全員に問いかけた。

「ああ、高子くんなら……」

「ここじゃ」

 みろくの言葉の途中で、天原さんの声が聞こえた。

 声とともに、生徒会室の方から足音が近づいてきた。

 僕はそちらに振り向くと、天原さんがティーセットを持って現れた。

「え? 紅茶……?」

 今からゾウオと戦いに行くんじゃなかったのか?

 そう思っていると、天原さんはティーセットをテーブルに置きながら話した。

「こんな、ゾウオの力が最も強力になっている時に、わざわざ戦いに行く必要もあるまい。明け方頃の、ゾウオの力が弱まり始めたころに仕掛けた方が無難じゃ」

 時計を確認すると、時刻は丑三つ時を指していた。

 そういえば、夜が深まる程にゾウオの力は強力になるんだったか。

「それに、そなたを戦力に加えた上での作戦も立てねばならん」

 天原さんはそう言うと、ソファーに腰をかけた。

「へえ、高子くんがそこまで言うなんて、よっぽどいい感じに仕上がったんだねえ」

 みろくがそう言いながら、ソファーに腰をかける。

 舞は僕から目を逸らしながら、無言でソファーに腰をかけた。

 なんなんだ、さっきから……、何かしたか……?

 ふと思い出し、床に視線を落とすと、ナミは未だに床と熱く抱き合っていた。

「う、う、ひろいよ……、ひろいよ、ぎいちゃん……」

 そして、僕への恨み言を言い続けている。

「おい、ナミ、いい加減にしろ。早くこっちに来い、紅茶が冷める」

 僕は嘆息して、ナミを呼び寄せる。

「うん!」

 僕が声をかけると、ナミは先ほどまでの暗さはどこにいったのか、いつも通りの反応を見せた。

 って、切り替え早過ぎだろっ。

 どれだけ単純なんだよっ。

 と言っても、ナミは昔からそうだったな。

 何かあっても、すぐに笑顔を作り、何事もなかったかのようになっている。

 ある意味、すごい奴だよ。

 そんなことを考えている間に、ナミは僕の隣へと移動してきて、ソファーに腰かけた。

 ナミは、スペースは十分にあるにも関わらず、やたらと僕に密着した状態で座った。

 そして、座ると同時にギラギラとした視線を僕に向け始めた。

「おい、ナミ、隙を見て腕を組もうとでもしているのかもしれないが、それやったら絶交だからな」

「な、なんでわかったの?!」

 ナミがもぞもぞさせていた両手を挙げる。

「お前の行動は筒抜けだ。何年の付き合いだと思ってるんだ。いいな、向こうへ行く前のアレは意識もはっきりとしていなかったし、特別な状態だったんだ。次やったら絶交だからな。覚えておけよ」

「うう……、わかったよ……」

 そう言うと、ナミはがっくりと肩を落とした。

 そして、僕らはまた再び向かい合い、紅茶に手を伸ばした。


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