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ハルチ  作者: あみるニウム
06「非日常の受け入れ」
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06−2

 段々と視界に光が戻る。

 今度を先ほどよりも少し開けた空間のようだ。

 って、あれ? ここも見覚えがあるような……?

「あの……、ここって……」

 僕は目の前に立つ天原さんに声をかけた。

「うむ、体育館じゃ。決戦の場はここになるじゃろうからな、イメージをより実戦に近付けるためにも、この場所にしてみた」

 天原さんは胸を張ってそう言った。

「でも、決戦する場は舞に連れていってもらうハルチであって、そこは平野になるんじゃないですか?」

「…………」

 天原さんは押し黙った。

「あの、天原さん?」

「さ、さて、では、く、く、く、訓練を、は、始めようかのっ」

 天原さんが明後日な方向を向きながら、裏返った声で言った。

 忘れていたが、この人は天然なんだった。

 そう確信したのを忘れていた。

 あれだけしっかりしたことも言えるのに、こんなところで抜けてるなんて、なんか残念な人だな。

「ざ、残念とか言うでないっ」

 天原さんが顔を真っ赤にしながら、若干涙目で僕を睨んだ。

 僕は横を向き、思わず口を押さえてしまった。

 ものすごく可愛いんですけど……!

 いや、むしろ、萌え──

「それ以上言うなあっ」

 天原さんが大声で叫びながら、僕の口を押さえた。

「ふご、ふごふごふご、ふごごふごふごふごふご、ふごふごふごごふごふごご?」

 口を押さえられながらも、僕は冷静な顔で天原さんを見ながら話した。

 たとえきちんと言葉にできなくても、ここはハルチだ。

 しかも、相手は天原さんだ。

 思っただけで通じるはずだ。

「む、確かにそうじゃな。ハルチである限り、口を塞ぐことなど、私にとっては無意味なことこの上ない」

 どうやら僕の言わんとしたこと理解してくれたようで、天原さんは口から手をどけた。

「私としたことが、取り乱してしまった。今すぐ忘れてくれ。いや、忘れろ」

 天原さんが胸を張りながら僕に命令口調で言った。

「人に頼むときの作法というものがあるでしょう?」

 僕はそれに対して強気に出てみた。

「くっ……、弱みに付け込みおって……。…………忘れてください、お願いします」

 天原さんが深々と頭を下げた。

 ……何これ、すごい快感なんですけど。

 天原さんのような美人を傅かせるのって、こんなに快感だったのか……!

 よし、また今度このネタで──

「いい加減にせんかっ」

 天原さんが僕の腹部を殴打する。

「ぐっ」

 あまりの衝撃に僕は一瞬、息ができなくなった。

 その拳は女性とは思えないほどの重さがあった。

 元々僕がそんなに強くないということもあるのだろうが、それを差し置いても、かつてこれほど強い女性の拳を受けたことはない。

 いや、よく考えたら、女性の拳なんて受けたことは一度も無いのだけれど、普通の力ではないことは間違いないだろう。

 それほどの衝撃が僕の全身を駆け巡ったのだ。

「す、すまん、ここがハルチじゃということを忘れておった」

「い、いえ……、大丈夫……です……」

 そうは言いながらも、腹部を抱えた状態から、身体を伸ばすことができない。

「天原さんは……、戦闘状態になるのに時間がかかるって……言ってませんでしたっけ……? 今のパンチ……、普通の人のパンチじゃ……ないですよ……」

 僕が腹部を押さえながらそう言うと、天原さんは申し訳なさそうに言った。

「そうなのじゃが、あれはあくまで対ゾウオ向けに集中するためのものなのじゃ。生身の、ましてや何の訓練も受けていない者など瞬殺できるぐらいの能力は、完全なトランス状態に入っておらぬこの状態の私でも備えておる」

 瞬殺かよ。

 下手したら死んでたってことかよ。

「うむ、そうじゃ。すまなかった」

 天原さんが頭を下げる。

「もういいですよ、大分痛みも引きましたし」

 言いながら、僕はようやく背筋を伸ばすことができた。

「ほう、さすがじゃな。普通なら、最低でも三日は起き上がれんぐらいの衝撃を受けているはずじゃが、たったの数十秒で治るとは」

 おい、お前、どれだけの力を込めて殴ったんだよっ。

 しかし、確かに痛みの引きが早いな。

「おそらくは、無意識に能力をコントロールして、先の攻撃を防御しておったのじゃろう。そのため、そこまでのダメージとはならんかった。更に、おそらく今は、無意識下でその力を傷の治療に当てておるのじゃろうな。でなければ、これ程の早さで回復できる訳が無い。自慢ではないが、通常の状態でも私の拳は岩を砕ける」

 まさか、骨をも。

「砕ける」

 おいおい、シャレにならなくないか?

「じゃから、すまんと言ったじゃろう」

 いや、すまないと言って済む問題じゃないだろう……。

 下手したら死んでたってことじゃないかじゃないか……。

 思えば、初めてハルチに行ったときですら、僕は天原さんに危うく殺されかけている。

 しかも、あのときは完全なるトランス状態だったはずだ。

 ……この人は僕を助けたいのかそうじゃないのかどっちなんだよっ。

「しかし、その力は有用じゃな」

 スルーかよっ、絶対聞こえてただろ、今の思考!

「それを意識してできるようになれば、おそらく人の傷をも癒すことができるじゃろうて」

「そんなことまでできるんですか……?」

 スルーされたことを忘れる程に僕は驚いた。

 本当に何でもありなんだな、この世界。

「恐らく、じゃがな。想像できることは、全て創造し得るのがこの世界じゃ。まあ、あくまで可能性があるというだけで、実際にできるかどうかは、本人の資質と努力次第じゃがのう。そこは、現実の世界と全く変わらんよ」

「それで、僕はここで何をすればいいんですか?」

 ようやく痛みも完全になくなったので、改めて僕は天原さんに尋ねた。

「そうじゃな……。うむ、いきなりじゃが、武器の具現化からやってみることにしよう」

 天原さんはそう言うと、少し距離を取って、こちらと向かい合うように立った。


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