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ハルチ  作者: あみるニウム
05「日常からの脱却」
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05−5

 舞が紅茶を用意してくれてからも、無言のまましばらく時が流れた。

 誰もがタイミングを計っているかのように黙りこくっていた。

「……さて」

 その沈黙を破ったのは、天原さんだった。

「そろそろ話をしようかの」

 言うなり、天原さんは手に持っていたカップをテーブルに置き、僕の方を見つめた。

 丁度、身体に感じていただるさがなくなってきたところだった。

 まるで、天原さんはこのタイミングを計っていたようだ。

 いや、実際にそうなのかもしれない。

 何せ、天原さんは僕の思考を読めるのだ。

 ある程度の身体の具合ぐらい、思考を通して推測できるだろう。

「そうですね」

 僕はそう応じ、天原さん同様、カップをテーブルへと預けた。

 そして、天原さんに向き合った。

「まず、あの重さじゃが、あれはハルチに行く誰もが経験するものじゃ」

 天原さんは僕と目が合ったのを確認すると、一呼吸置いてから説明を始めた。

「原因は、はっきり言ってわからん。むしろ、あれに関しては何一つわからん。どういう原理で、どういう理由があって起こるのかは、全く以てわからんのじゃ。じゃが、誰もが経験するということだけは間違いがない。そして、回を重ね、ハルチに慣れるに従って軽くなることも確かじゃ。ここにいる生徒会役員も、全員、例に漏れることなくそれを体験しておる。だいたい一日に一度ハルチへ行くとして、大抵の者は慣れるまでに、ひと月からふた月ほどはかかる。これが普通じゃ」

 ということは、ナミの十数回ってのは、相当早いんだな。

「左様。しかし、ここにおるメンバーは皆優秀なのじゃ。私は二十回、舞どのが二十三回、ナミどのは十四回、そして、みろくどのは十回で克服しておる」

「えっ? みろくが一番早いんですか? ナミじゃなくて?」

 僕は意外に思った。

「そうじゃ。しかし、これは能力の大きさには関係がないのじゃ。大きさではナミどのが桁外れじゃ。現在のゾウオ討伐に関わる者の中でも、トップクラスじゃよ、ナミどのは。まあ、大きさだけならナミどのよりも遥かに大きい者もおるのじゃが、この大きさで抜群のコントロールを兼ね備えた者は、ナミどのぐらいしかおらん。それを鑑みても、ナミどのは特殊なのじゃ。……話を戻すと、あれを克服するのに重要なのは、コントロール力じゃ。みろくどのは、それが高いということじゃな」

 コントロール力、か……。

 ハルチが想念の世界なのだから、想念のコントロールということだろうか。

「まあ、そんなものじゃ。若干違うのじゃがのう。ようは、思いによって生じた力を、どれだけコントロールできるかなのじゃが、まあ、結局は想念のコントロールに近いものがあるのは確かじゃ」

「よくわからないですね。つまりは、悟り的な話ですか?」

「いや、それも違う。思いというのはエネルギーなのじゃよ。それがマイナスであれ、プラスであれ、思いというのはエネルギーそのものなのじゃ。そのエネルギーをコントロールして戦うのが私たちゾウオ討伐師じゃ。

 人間は常に思い、考え、悩む。それは、どんな人間でも変わりがない。意識していることもあれば、無意識のこともある。しかし、そこにエネルギーが生じるのは変わりないのじゃ。私たちはそのエネルギーを、戦闘力に変えたり、武器に変えたりしながら、それぞれの特性を生かした戦闘スタイルを確立し、ゾウオ共と戦っておるのだ」

 わかったような、わからないような……。

「まあ、かなり感覚的なものなのじゃ。じゃから、どうしても言葉では表現しづらい。そのエネルギーは目に見えるものではないのでな。個々人で感じることしかできんのじゃよ。大きさを数値に置き変える研究が続いてはおるが、それは未だ確立されてはおらんのじゃ」

「わかりました。とりあえず、感覚的なものなんですね。そう思っておきます。で、それがあの重さの感じ方と関係があるのですか?」

「そうじゃ」

 天原さんは肯定した。

「そのエネルギーのコントロール力が高ければ高いほど、あの重さを克服しやすい。それだけは過去のデータからもはっきりと読み取れる。そして、あれを克服しきった時、ハルチ内での自由な動きが初めて可能になるのじゃ。もっとも、その後が大変なのじゃがな」

「ということは、僕はそれをすでに克服しつつある、と?」

「そなたの話を聞く限り、そのようじゃな」

 つまり、もうあのハルチでの症状は出ないってことか?

「いや、それはまた別物じゃ」

 天原さんが僕の楽観的な思考を否定する。

「確かに、症状を出したことがないものなら、後は戦闘に向けての訓練を積むだけじゃ。自分の力をハルチ内でしっかりとコントロールし、かつ、能力として活用できるようにするためのな。しかし……」

 天原さんはそこで言い淀んだ。

「どうしたのですか?」

「本来はあの症状を起こした時点で、それ以降ハルチへ行くことはありえん。全くないとは言わんが、限りなく皆無に近い。なぜなら、症状を起こした者は、たとえ重さを感じなくなったところで、症状は出てしまうからじゃ。そして、いずれは、精神、肉体、共に使い物にならなくなる者が大半なんじゃよ」

 天原さんはそう言うと、表情に影を落とした。

「つまり、たとえあの重さを克服したところで、僕はもうハルチには行かない方が良い、ということですね」

 言葉に詰まった天原さんに、僕は話を続けた。

「そういうことじゃ。もしそなたがあの症状を起こしていなければ、私は迷うことなく、もう一度ハルチへと連れていったであろう。そして、空いている庶務の席に、そなたに座って欲しかったぐらいじゃ」

 そう言うと、天原さんは俯いてしまった。

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