05−4
そして、今に至る。
この、生徒会室横の応接室で倒れている、という場面に。
様々な記憶が蘇っていたという感覚はあるが、現時点で僕がはっきりと記憶として思い出せるのは、あの男の話だけだった。
兄さんの遺言を伝えた、あの場面。
あの部分しか思い出したことを思い出せなかった。
「すみませんでした」
僕はゆっくりと体を起こしながら、背を向けている天原さんに謝った。
「ナミも、心配をかけてすまなかったな」
ナミは相変わらず僕にしがみついている。
「楽ぞ……舞も、突き飛ばしてごめん」
一瞬楽園さんと言いかけたが、ハルチ内でのことを思い出し、慌てて言い直した。
「あと、舞のせいじゃないから。舞の言葉を借りるなら、あれは僕自身が選んだことだ。舞が気に病むようなことじゃない」
泣き続ける舞にそう声をかけて、僕は大きく息をついた。
「ナギくん、僕も心配してたんだよ?」
みろくが舞をあやす手を止め、そう言った。
「お前にかける言葉などない」
「僕にだけは冷たいんだねえ」
みろくがニヤニヤとしながら僕を見た。
「うるさい。お前は死ね」
そうは言いながらも、僕の口許は若干弛んでいた。
いや、他人から見れば無表情と大差ないのだろうが、僕としては珍しいほどに弛んでいたのだ。
付き合いの長いみろくには判断できたのだろう。
みろくは僕の表情を見ると、舞に向き直った。
舞はようやく泣き止んできたようだった。
ナミは相変わらず僕にしがみついて離れようとしなかった。
「おい、ナミ、いい加減に離せ」
僕はそう言って、ナミの体を引き離そうとする。
「もうちょっと!」
だが、ナミは更に力強くしがみついてきた。
よく見ると、ナミの涙はすでに止まっていた。
おい、お前、しがみつきたいだけだろっ。
……まあ、いっか。
それより、気になることがあるんだった。
「天原さん」
僕はそれを尋ねるためにナミにしがみつかれたまま身体を起こし、背を向けている天原さんに声をかけた。
「なんじゃ?」
天原さんがこちらに向き直った。
「実はさっきハルチに行ったとき、感じた重みが一度目より若干軽かった……というより、ほとんど感じなかったのですが、どういうことなんでしょう? 行くほどに軽くなるものなのですか?」
僕がそう言うと、天原さんは驚きの表情を浮かべた。
他のメンバーもその言葉に反応して、動きを止めた。
「そなた……、まだ二回目じゃというのに、あの重みを軽く感じたと言うのか……?」
天原さんが僕に近づきながら、驚いた声で尋ねた。
「え、ええ……。あの重みが来ると覚悟していたのですが、ちょっと重いかなと感じる程度で、それほど重たくはなかったと思います」
僕がそう言うと、生徒会の面々が一斉に口を閉じ、辺りに静寂が広がった。
僕はその態度を不思議に思い、全員の顔をキョロキョロと見渡す。
「あの……、何か変なことを言いました……?」
僕は何かまずい発言をしてしまったのかと思い、遠慮がちに尋ねてみた。
「い、いや、変なことは言っておらんし、まずいのでもない。ただ、驚いたのじゃ。あれを……、たったの二回でほとんど克服するとは……。ナミどのでさえ、十数回はかかったというのに……」
ナミでさえ十数回ということは、僕は相当に早いということか? それに克服? どういうことだ?
「ああ、すまん。もう少し詳しく話そう。舞どの、紅茶でも入れてきてくれんか?」
「は、はい」
舞はほとんど止まりかけていた涙を拭い、いそいそと部屋を出て、紅茶を入れにいった。
そして、僕らは再び、対面に座って話を始めることになった。




