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ハルチ  作者: あみるニウム
05「日常からの脱却」
22/53

05−4

 そして、今に至る。

 この、生徒会室横の応接室で倒れている、という場面に。

 様々な記憶が蘇っていたという感覚はあるが、現時点で僕がはっきりと記憶として思い出せるのは、あの男の話だけだった。

 兄さんの遺言を伝えた、あの場面。

 あの部分しか思い出したことを思い出せなかった。

「すみませんでした」

 僕はゆっくりと体を起こしながら、背を向けている天原さんに謝った。

「ナミも、心配をかけてすまなかったな」

 ナミは相変わらず僕にしがみついている。

「楽ぞ……舞も、突き飛ばしてごめん」

 一瞬楽園さんと言いかけたが、ハルチ内でのことを思い出し、慌てて言い直した。

「あと、舞のせいじゃないから。舞の言葉を借りるなら、あれは僕自身が選んだことだ。舞が気に病むようなことじゃない」

 泣き続ける舞にそう声をかけて、僕は大きく息をついた。

「ナギくん、僕も心配してたんだよ?」

 みろくが舞をあやす手を止め、そう言った。

「お前にかける言葉などない」

「僕にだけは冷たいんだねえ」

 みろくがニヤニヤとしながら僕を見た。

「うるさい。お前は死ね」

 そうは言いながらも、僕の口許は若干弛んでいた。

 いや、他人から見れば無表情と大差ないのだろうが、僕としては珍しいほどに弛んでいたのだ。

 付き合いの長いみろくには判断できたのだろう。

 みろくは僕の表情を見ると、舞に向き直った。

 舞はようやく泣き止んできたようだった。

 ナミは相変わらず僕にしがみついて離れようとしなかった。

「おい、ナミ、いい加減に離せ」

 僕はそう言って、ナミの体を引き離そうとする。

「もうちょっと!」

 だが、ナミは更に力強くしがみついてきた。

 よく見ると、ナミの涙はすでに止まっていた。

 おい、お前、しがみつきたいだけだろっ。

 ……まあ、いっか。

 それより、気になることがあるんだった。

「天原さん」

 僕はそれを尋ねるためにナミにしがみつかれたまま身体を起こし、背を向けている天原さんに声をかけた。

「なんじゃ?」

 天原さんがこちらに向き直った。

「実はさっきハルチに行ったとき、感じた重みが一度目より若干軽かった……というより、ほとんど感じなかったのですが、どういうことなんでしょう? 行くほどに軽くなるものなのですか?」

 僕がそう言うと、天原さんは驚きの表情を浮かべた。

 他のメンバーもその言葉に反応して、動きを止めた。

「そなた……、まだ二回目じゃというのに、あの重みを軽く感じたと言うのか……?」

 天原さんが僕に近づきながら、驚いた声で尋ねた。

「え、ええ……。あの重みが来ると覚悟していたのですが、ちょっと重いかなと感じる程度で、それほど重たくはなかったと思います」

 僕がそう言うと、生徒会の面々が一斉に口を閉じ、辺りに静寂が広がった。

 僕はその態度を不思議に思い、全員の顔をキョロキョロと見渡す。

「あの……、何か変なことを言いました……?」

 僕は何かまずい発言をしてしまったのかと思い、遠慮がちに尋ねてみた。

「い、いや、変なことは言っておらんし、まずいのでもない。ただ、驚いたのじゃ。あれを……、たったの二回でほとんど克服するとは……。ナミどのでさえ、十数回はかかったというのに……」

 ナミでさえ十数回ということは、僕は相当に早いということか? それに克服? どういうことだ?

「ああ、すまん。もう少し詳しく話そう。舞どの、紅茶でも入れてきてくれんか?」

「は、はい」

 舞はほとんど止まりかけていた涙を拭い、いそいそと部屋を出て、紅茶を入れにいった。

 そして、僕らは再び、対面に座って話を始めることになった。

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