04−3
「……そろそろじゃな」
天原さんの言葉を合図に、全員が一斉に立ち上がる。
もしもに備えての警戒は怠らず、僕たちは体育館へと移動を開始した。
体育館に到着するなり、先刻同様、全員で手を繋ぎ、輪になって、ハルチへの移動準備をする。
「ナ、ナギさん、ハ、ハルチでは、手を、絶対に離さないでください、ね」
楽園さんが、頬を真っ赤に染めながら、恥ずかしそうに、辿々(たどたど)しくそう告げた。
「わかりました」
僕が了承すると、全員が目を瞑り、移動に備える。
「で、では……、いきます……」
楽園さんの言葉を合図に、移動が始まった。
そして、先ほどと同様の重みが…………来なかった。
いや、確かに重みはあったが、先の時よりも遥かに軽くなっていたのだ。
ゆっくりと目を開けると、そこは見覚えのある大きな平野だった。
ゾウオと初めて対面した時と何ら変わらない、昼間のような明るさを備えた何もない空間だった。
「おい、ナギ」
突然呼びかけられ、驚いて声のする方を向く。
そこには、戦闘態勢の楽園さんがいた。
「えっと、楽園さ──」
「舞だ。そう呼べ。そして、敬語も禁止だ」
楽園さんは乱暴な口調でそう言った。
「はあ……、えっと、舞、さん……?」
「呼び捨てでいい」
楽園さ──いや、舞はグッと顔を近づけてそう言った。
「えっと……、舞……」
「おう、なんだ?」
舞は笑顔で返答した。
「いや……、舞から話しかけてきたんじゃ……」
「ああ、そうだった」
舞は今思い出したと言わんばかりの顔を浮かべた。
「さっきも言ったけど、絶対手を離すんじゃないぞ。あたしは、手を繋いだりして、どこかしら人に触れている状態でしか、そいつに干渉できないんだ。まあ、元々シールドが張ってある生徒会室なんかは例外なんだが、ここでは手を離した瞬間にハルチからの干渉を受けると思っておけ。いいな?」
「あ、ああ、わかったよ」
少し怖じ気づきながら、僕は答えた。
いや、それにしても、人が変わり過ぎだろう。
完全に別人じゃないか。
ていうか、戦闘のときだけ人が変わるんじゃなかったのか?
「正確には、能力の発動状態のときだけ、だ。ちなみに、あたしは二重人格じゃねえぞ。この状態で体験したことや話したことは、全部覚えているからな。だから、元の世界に戻っても、さっき言ったことを忘れんじゃねえぞ」
舞が僕の思い浮かべた疑問に即座に反応した。
そうか、やはり普段押し殺してる部分がそのまま出るってことなのか。
うん、改めて絶対に怒らせないように……って、舞まで僕の思考を読んでないか?
僕は驚いて舞の顔を眺めた。
「何驚いてんだ? みろくが、あたしらでもその気になれば、多少の思考は読めるって言ってただろうが。それに、今、あたしとあんたは、かなり密接な状態にあるんだよ。い、いや、肉体的な意味ではなく、精神的な意味というか…………。ああああっ! めんどくせえっ! とりあえず、こうやって手を繋いでいる限り、あんたの思考はだだ漏れだと思っておきなっ」
乱暴にそう告げると、舞は頬を染めながらそっぽを向いた。
「あ、ああ、わかった。ありがとう」
僕が礼を言うと、舞はちらっとこちらを向き直った。
「い、いいってことよ。ああ、だがな、忘れんじゃないぞ。て、て……、て…………」
舞が若干俯きながら言葉に詰まる。
「て?」
僕が不思議そうに舞を見つめていると、舞は真っ赤になりながら叫んだ。
「て、手を繋いでいるのは、能力発動のために仕方なくであって、あんたのことが好きとかじゃないんだからなっ」
「ツンデレかよっ!」
思わずツッコミを入れてしまった。
いや、どんなギャップだよ。
大人しい真面目キャラからヤンキーキャラを経てツンデレキャラへの変貌って……。
…………中々にツボじゃないかっ!
「な、何言ってんだ?」
しまった、僕の思考はだだ漏れなんだった。
「いや、何でもない……」
僕はそう言って、思わず視線を逸らしてしまった。
その先には、恨めしそうにこちらを見つめているナミの姿があった。
「私にはツッコんでくれなかったのに……」
ナミはボソっとそう言うと、ぷいと反対側を向いてしまった。
そして、そのまま宙へと浮かび上がった。
って、嫉妬かよ!
何でツッコミ程度のことで嫉妬してんだよ!
お前は僕の彼女かっ!
心の中でツッコミを入れていると、横にいる舞が吹き出した。
「ぶっ……、あんた、心の中じゃいつもツッコんでるんだな……」
舞は吹き出した。
「くくくく……」
舞は空いている手で腹を抱え、必死に笑いを堪えようとしているようだった。
だが、全く堪えられていなかった。
「習性なんだ……、しょうがないだろ……」
僕が少し頬を赤らめてそう言うと、天原さんが声をかけてきた。
「楽しそうなところ悪いが、そろそろじゃぞ」
その言葉に舞は表情を変え、真剣な目つきになった。
「おい、ナミ。どうなんだ?」
舞が空に浮かぶナミに尋ねる。
「ちょっと待ってね。ううん……、うっすらとある、かな? でも、まだ近くには来てないみたい。あ、そうだ、今のうちに、準備をしちゃおう!」
そういうとナミは目を閉じ、眉間に力を込めた。
「ほいっ!」
そして、言葉を出すと同時に目を開いた。
すると、ナミの前に小型の拳銃が二本、どこからともなく現れていた。
ナミは空中に浮かぶ銃を両の手に取り、ポーズを取った。
「じゃじゃーん!」
僕はあっけに取られてそれを見ていた。
本当に出せるんだ、銃。
ていうか、ウサミミに柔道着に拳銃ってアンバランスすぎるだろっ。
僕の心のツッコミに、舞が再び吹き出し、くつくつと笑っていた。
それを他所に、天原さんは感心したように呟いた。
「ほう……、さすがじゃのう……」
「へへへーん」
ナミが得意そうに、天原さんに向かって胸を張っていた。
「あ、でも、探査範囲が狭まっちゃって、半径十五メートルくらいしか正確には探知できなさそう……。たかちゃん、みろくん、大丈夫?」
「問題ない」
天原さんが即座に答える。
「大丈夫じゃないかなー?」
みろくも続いて、軽い調子で答えた。
「じゃ、ちょっと集中するね!」
ナミはそう言うと、目を閉じ、精神を集中させた。
「うん、さっきよりも大きくなってるね。段々と近づいて来てる」
ナミはブツブツと言いながら、探査を続けた。
天原さんは例の呪文のようなものを唱えていた。
ゾウオが現れる前に、トランス状態に入るためだろう。
みろくはこんな状況でもニコニコとしながら、周囲の状況を伺っていた。
舞も、真剣な顔つきで周囲を見渡していた。
「どんどん近づいてくるよ。……大きいな。油断しないでね、みんな」
ナミが告げる。
「もう体育館の前までは来て──」
そう言った瞬間、ナミの顔に焦りの表情が浮かんだ。
「えっ? ちょっと! 嘘でしょっ?」
ナミが突然叫んだ。
丁度呪文の詠唱を終えたらしい天原さんが、ナミに応じて叫んだ。
「ナミどの、どうしたっ?」
「気配が……、消えたっ……!」
「なっ?」
天原さんが驚愕の表情を浮かべた。
「ナミくんでも探知できないほどの大物のお出ましってことかい? ふう、焦るねえ……」
みろくは言葉と裏腹に、全く焦った様子が見えなかった。
「……違う、消えたんじゃない。分裂したんだ! …………しまった、囲まれてる!」
ナミがそう叫ぶと同時に、四方に化け物たちが現れた。
前方と後方に巨大なヘビの化け物が、左方と右方にキツネの化け物が、それぞれこちらに向き、凄まじい殺気を放っていた。
「おいおい、冗談は止してくれよ、四体だって……?」
先ほどまで微塵も焦りを見せなかったみろくでさえ、冷や汗をかいていた。
それだけ、状況は悪いということだろう。
「くっ……、四体同時など、聞いたこともないぞ……」
天原さんも表情を強張らせた。
「おい、ナミ、本体はどいつだ?」
舞がナミに向かって尋ねる。
「本体は……、ダメ、今回も本体はいない。うっすらと気配はあるんだけど、この中にはいないみたい」
「ちっ、万事休すじゃねえか……」
舞がそう呟いた瞬間、化け物たちは一斉に雄叫びを上げた。
「やるしかなかろう! 行くぞ!」
天原さんがそう叫ぶと同時に、前方へ飛び出した。
「全く、ナギくん、こんな厄介なのに狙われちゃって……。個人的にはゾクゾクするようなシチュエーションではあるけど、ボランティアで請け負うような仕事じゃないよ。後で何かおごってよね?」
みろくは軽口を叩きながら、後方へと飛び出した。
「ひゃー、二個出しといてよかったよ」
ナミはそんなことを言いながら、手を広げ、空中から左右の化け物に向けて、同時に攻撃を放った。
「いいか、何があっても手を離すんじゃねえぞ」
舞はそう僕に言いながら、空いている手を強く握りしめた。
そして、拳を開いた瞬間、そこに西洋風の剣が現れた。
「こんなもんでどこまで対抗できるかわかんねえが、気休めにはなんだろ」
舞はそう言うと、決して離すまいと言わんばかりに、僕の手をきつく握りしめた。




