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ハルチ  作者: あみるニウム
04「現在の非日常」
16/53

04−1

「────ギ────ナ────ど────」

 遠くから誰かの声が聞こえる。

 誰だろう。

 知っている人のような気がするんだけど。

「────ナ────ど────ナギ────のっ!」

 誰だったかな……。

 つい最近会ったような気もするんだけど。

「──ど──ナ──どの──」

 声が段々と近づいてきている気がする。

 近くに、いるの?

「────────ナギどのっ!」

 はっきりと自分の名前が呼ばれたことを感じ、僕は意識を取り戻した。

 ここは……、どこだ……?

「ぎいちゃん! 大丈夫?」

 ナミの今にも泣きそうな声が頭に響き渡った。

 ああ、そうか、ここは先ほどから生徒会役員の面々と話をしていた、生徒会室横の応接室だ。

 確か、今後の対策を立てようと話し始めた瞬間、目の前が真っ暗になって、突然過去の記憶が蘇ってきたんだった。

 僕はその間、微動だにせずに俯いていたらしい。

 ようやく自分の現状を把握した僕の瞳に、心配そうに僕を見つめる四人の顔が映った。

「ああ、すみません。ちょっと昔のことを思い出していて……」

 僕がそう言った途端に、ナミは不安そうな表情を浮かべる。

「もしかして……」

「ああ、兄さんのことだよ。すっかり記憶の奥に仕舞いこんでいたつもりだったんだけどな……」

 そう言いながら、僕は俯いてしまった。

「すまぬ……、私たちのせいだ……」

 天原さんが突然謝った。

「いえ、何を言ってるんですか。そんなはずは──」

「いや、ナギくん。これは僕らの責任だよ」

 みろくが僕の言葉を遮った。

 みろくは滅多に見せない真剣な顔をしていた。

「……どういうことだ?」

 みろくの自然だが不自然な振る舞いに、僕は戸惑いを覚えた。

 ぼくの質問に、みろくは一呼吸置いてから答えた。

「……ハルチってのが想念の世界だって話をしただろう? 同時に、ハルチは記憶の世界にも通じているんだ」

「記憶……の……?」

「そう、僕らのようにある程度の訓練を積んで、ハルチに慣れていれば何ら問題はないんだけど、ナギくんのように、何の訓練もなしにあの世界に行くと、過去の記憶が突然フラッシュバックすることがあるんだ。もっとも、確率は数百分の一以下なんだけど、可能性がない訳じゃない。そのことを考慮に入れなかった、僕らの責任だ」

 みろくは申し訳なさそうに話した。

「しかし、それは僕の運が悪かったというだけだろう? みろくたちの責任じゃない」

「だけど……」

「くどいぞ」

 今度は僕がみろくの言葉を遮った。

「僕のことを必要以上に気にするな。それよりも今後のことを話さなきゃなんだろう? 天原さん、もう一度僕を囮にして、本体を呼び寄せましょう」

 僕は視線を天原さんに移し、再度僕を囮に使うことを自ら提案した。

「……ならぬ」

 だが、天原さんは僕の提案を一蹴した。

「何故ですか? 僕が囮になれば、確実に──」

「そなたをもう一度ハルチに連れて行くのは危険すぎる。一度この症状を起こした者は、何の訓練もせずに再びハルチに赴けば、必ず再発するのじゃ!」

 天原さんがぼくの言葉を遮り、怒鳴るように言った。

「記憶がフラッシュバックするだけならまだいい。しかし、こいつは回を重ねる毎に、現実の肉体へも大きく影響を及ぼすのじゃ。更にそなたの場合は、記憶が……、重すぎる……」

 そうか、天原さんは人の思考が読めるんだったか。

 ということは、僕の先ほど蘇ってきた記憶を、僕の思考を通して全て垣間見ていたと思っておいて間違いないのだろう。

「大丈夫ですよ。僕はそこまで弱い人間じゃ──」

「人間は、弱い」

 天原さんは再び僕の言葉を遮った。

「人間はな、弱いものなのじゃよ。殊、そなたのように、一人で生きようとする人間ほど、弱く、脆い。現に、そなたは誰とも関わりを持とうとせず、逃げておるではないか」

「逃げてなんか──」

「逃げておるよ。言ったであろう? 私はほとんど全ての思考を読み取れる。そなたが先の記憶に接して、何を思い、何を感じたかはわかっておるのじゃ」

「…………」

 僕は言葉に詰まってしまった。

 確かに、あの思いを読まれていたのなら、僕が弱い人間だと判断されても仕方がない。

「あ、あの……!」

 普段は消え入るような声の楽園さんが、精一杯であろう声を張り上げた。

「その……、一つだけ方法が……、あります……」

 しかし、勢いがあったのは最初だけだった。

「なんじゃ?」

 天原さんが楽園さんの方を向き、険しい表情を崩さないままに尋ねた。

「私が、ナギさんに付き添って、ナギさんの周囲だけシールドを作ります。ハルチからの干渉を防ぐシールドを」

 楽園さんからの提案に、ナミがひどく驚いた表情を浮かべた。

「……なるほど。確かにそれなら可能かもしれん。しかし、大丈夫なのか、舞どの?」

 天原さんは表情は緩めたものの、先ほどよりも真剣な瞳で楽園さんを見つめていた。

「大丈夫! …………だと……思います」

 楽園さんの宣言は尻すぼみだった。

 だが、決意は伝わってきた。

「でも、そんなことしたら舞ちゃんが!」

 天原さんが声を発したナミを静止する。

「あいわかった、それしか方法がないのも確かじゃ。ここは舞どのにナギどののことを任せよう。みろくどの、ナミどの、良いな?」

 天原さんがみろくとナギをそれぞれ見て尋ねる。

「仕方ないね」

 みろくはいつもの表情に戻り、そう返答した。

「…………うん」

 だが、ナミにはいつもの快活さがなかった。

 何か焦りを感じているようにも見えた。

 そんなナミに違和感を覚え、僕はナミの顔を覗き込みながら尋ねた。

「どうかしたのか?」

「う、ううん! 何でもないよっ! 舞ちゃん、ぎいちゃんのことよろしくね! 私もできるだけ被害がないように誘導するからねっ」

 ナミは普段の表情に戻り、楽園さんへのエールを送った。

 しかし、その表情には、どこか暗いものが滲んでいるようにも思えた。

 声にも、いつもの元気の良さが若干足りていないような……。

 僕はそんな疑問を感じながらナミを眺めていると、ふと、天原さんならナミの思考を読んでいるのではないかと思えた。

 こっそりと天原さんへとに視線を移動させて様子を伺ってみたが、天原さんも複雑な表情を浮かべ、思案に暮れているようだった。

 少しして、天原さんは僕の視線に気づいたようで、こちらに向き直った。

「ん? どうした、ナギどの?」

「いや、あの……」

 聞いていいものかどうか判別がつかず狼狽えていると、天原さんの方から答えを返してきた。

「ああ、そのことか。ナミどのの特性上、正確にはわからんのだが、おそらく、そなたと舞どのが心配なのじゃろう。何せ、あまりにも危険な賭けじゃ。普段戦闘力に変えている力を、全てそなたのシールドに回すのじゃからな。ゾウオに一撃でも喰らわされれば、即死じゃよ」

 その言葉に衝撃が走った。

「言い忘れておったが、ハルチの死はこちらの死にも通じる」

 つまり、ハルチで死ねば……?

「こちらでも死ぬことになる」

 天原さんが僕の思考に答えた。

 あまりのことに、開いた口がふさがらなかった。

「それだけに、心配なのじゃろう。まさに、命を懸けねばならんのじゃ」

 僕は事の重大さにようやく気づいた。

 通りで、ナミが必要以上に心配するはずだ。

 ナミにとって、楽園さんは大切な仲間に違いないのだから。

 その楽園さんが命の危険に晒されることに、何の躊躇いもないはずがない。 

 ……本当に、これでいいのだろうか?

 何か他に方法は……?

「今のところは、ないな。それに、あの奥手な舞どのが自らやると言って譲らんかったのじゃ。大丈夫。何とかなるじゃろうて。私も全力で援護する」

 天原さんは力強く言って笑みを浮かべた。

 僕は苦笑いすら浮かべられずに、視線を楽園さんに動かすことしかできなかった。

 楽園さんはみろくにからかわれ、顔を真っ赤にしながらも、大丈夫だと言い張っていた。

 ナミは不安そうな表情を隠しながらも精一杯の笑顔を作り、楽園さんをおもんぱかっているように見えた。

 こうして、不安要素を抱えつつも、僕らは次の作戦へ動き始めたのだった。

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