03−3
長い夜を眠れぬまま過ごし、気づくと夜が明け始めていた。
時間は僕を置き去りにして、流れ続けていた。
鳥が朝を告げる囀りを奏で、空が段々と明るさを増し始める。
……学校に、行く準備をしなきゃ。
僕はカーテンの隙間から入り込む太陽の光に当てられ、ようやく動き出した。
兄が最後に言った言葉、俺がいなくてもちゃんと学校に行けという言葉を、僕は思い浮かべていた。
もしかすると、あの時すでに、兄は死を覚悟していたのかもしれない。
だから、遺言として、あの言葉を残したのかもしれない。
考えるとも考えないともつかない思考を巡らせながら、ゆっくりと、しかし、着実に学校に行く準備を済ませる。
そして、一通りの準備を終え、朝食を取ったところで僕は家を出た。
足が想像以上に重たく感じられた。
自分の足が自分の足ではないような感覚に陥っていた。
しばらく歩いていると、のろのろと歩く僕を見つけたのか、後ろからナミが駆け足で近づき、声をかけてきた。
ナミはいつも通りの笑顔を振りまいていたが、僕の表情を見るなり、笑みを消した。
どうしたのと問いかけてきたが、答える気力がなかった。
俯きながら、ただ前にだけ進んでいた。
ナミは何も言わずに横を歩いた。
少しすると、みろくも笑顔で走り寄って来たが、ナミ同様、僕の表情を見るなり口を閉ざし、ただ横に付き添うように歩き始めた。
二人はただ黙って、僕の横を歩き続ける。
重たい沈黙を保ったまま、僕らは学校に辿り着いた。
ナミは部活へ、みろくは自分の教室へ、そして、僕は中庭へ、それぞれのいつもの場所へと移動する。
もう、何も考えたくない。
僕はそんな思いを抱いていた。
学校へ行けという兄の言葉に従い、学校には来たものの、何をする気にもなれなかった。
魂の抜かれた、人形のようになっていた。
兄の残した言葉だけに忠実に従う、操り人形の如き存在でしかなかった。
始業前のベルが鳴り響く。
僕は思考回路を停止させたまま、教室へと移動した。
教室内にはクラスメイトのざわめきが響き渡っていた。
おはよう、と、僕にいつも通り声をかける友人たちの挨拶を悉く無視して、僕は自分の席に着いた。
友人たちは僕の反応に戸惑っていたが、ほどなく担任が教室へと入ってきたので、その疑問は置き去りにされた。
担任が朝の連絡事項を告げ始める。
僕はぼんやりと、その言葉を聞いていた。
しばらくして、突然、僕は名前を呼ばれた。
脈絡なく名前を呼ばれたことに驚きながらも、僕は担任の元へと歩み寄った。
耳元で大丈夫かと囁かれ、担任はすでに兄のことを耳にしているのだと知った。
僕は大丈夫ですとだけ答える。
担任は気を遣ったのか、休んでもいいんだぞと、優しい声で言ってくれた。
しかし、僕に残っているのは、学校に来るという使命だけだ。
兄の残した、あの言葉だけだ。
大丈夫ですと再び告げ、僕は自分の席に戻った。
クラスメイトは、突如として呼び出された僕に不思議そうな視線を送っていた。
担任は僕の方をちらちらと伺いながらも、教室を去っていった。
そして、何もない、本当に何もない日々が始まった。




