02−4
「高子くん、とても良い踵落としだけれど、その状態でナギくんに攻撃したら死んじゃうって」
みろくは右手で、振り下ろされた踵を苦しげもなく受け止めていた。
それどころか、どこか心地よさそうだった。
「む、すまん。ついつい……」
天原さんは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「たかちゃん! みろくん!」
突然のナミの声に二人が反応した。
天原さんは右方に、みろくは僕を抱きかかえ後方に、僕が状況を把握する間もない内に飛び退いた。
刹那、その場所に大蛇が全身で突っ込んできた。
物凄い地響きとともに、先ほどまで居た場所に大きな穴がぽっかりと空いていた。
あまりの光景に、僕は空いた口が塞がらなかった。
ただ、一連の流れを、映画のワンシーンのように眺めていた。
みろくは更に後方へと移動する。
その振動で、ようやくお姫様だっこされている自分に気がつき、急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「おい! みろく! 降ろせ!」
僕は反射的に暴れ、みろくから離れようとしてしまう。
「すぐ降ろすから暴れないで。危ないよ?」
そう言うと、みろくは先ほどの場所から少し離れたところに僕を降ろし、再び化け物の元へと走り出した。
走り去るみろくの背中を呆然と眺めていると、いつの間にか地上に降りていたナミが僕の傍に駆け寄ってきた。
「ぎいちゃん、大丈夫っ?」
ナミが心配そうな顔を浮かべながら声をかけてきた。
「あ、ああ。何ともない……」
「良かった……。とにかく、動かないでね!」
ナミはそう言うと、再び宙へ浮かび上がり、目を赤く光らせた。
一体、何が起こっているんだ?
何が、どうなっているんだ……?
「おらおらおらおらーーーーっ!」
僕の混乱が更に深まる中、みろくが向かったのとは別の方向から、声が聞こえてきた。
びっくりしてそちらを向くと、楽園さんが最初に現れた化け物と戦っていた。
「どうした? ああん? もっと真剣に来いやあああ!」
だが、そこにいた楽園さんは、僕が先ほど知り合った人物とは全く口調が違った。
「……え? あれ、楽園さん……だよな? 別人じゃないよな?」
思わず宙に浮かぶナミを見上げ、問いかけた。
「うん、あれは舞ちゃんだよー。舞ちゃん、戦闘になると、人格変わっちゃうんだよねー」
ナミは目こそ赤く光っているものの、普段と変わらない口調で僕の疑問に応えてくれた。
つまり、二重人格ってことか?
それとも、戦闘になると普段は押し殺してる自分が解放されるとか……。
そう考えるとこわいっ!
普段あれだけ大人しいのに!
そして僕は、楽園さんだけは決して怒らすまいと、心に決めた。
そんなどうでもいいを決心する間も、楽園さんは化け物に攻撃を加え続けていた。
すると、化け物が突然動かなくなり、すーっと音もなく消えていった。
「おっしゃぁぁぁぁぁ!」
楽園さんはそう叫ぶと、みろくが向かっていった方へと視線を動かした。
その所作で、変貌ぶりの衝撃ですっかり脳内から消えていた二人の事を思い出し、改めて二人の方へと向き直った。
しかし、僕が向き直った時にはすでにもう一体の化け物の姿はなく、二人はこちら側へと走り寄ってくるところだった。
「ナミどのっ、他に気配はあるかっ?」
「ううん、今のところはないよっ! でも……」
叫ぶように問いかける天原さんに返しながら、ナミは僕の傍へと降り立った。
ほぼ同時に、天原さんとみろくもその場に到着した。
少し遅れて、楽園さんもその場へと駆けつける。
「ナミくん、でも、何なんだい?」
言葉に窮するナミに、みろくが尋ねた。
みろくはあれだけ激しく動いていたにも関わらず、息が上がっていないどころか、汗すらかいていなかった。
みろくだけでなく、天原さんも、楽園さんも、全く疲れた様子を見せていなかった。
「…………まだ、大きな気配が消えていないの」
少し間を置いて、ナミが答える。
「ふむ。今のはまだ本番ではなかったということか……」
天原さんは、顎に手を当てながら、何かを考えているようだった。
「あ、あの……、とりあえず、一度生徒会室に戻りませんか?」
楽園さんが、いつもの調子で言った。
先ほどまでの、激しい口調は、いつの間にか消え失せていた。
本当に、戦闘中だけ、あのようになるようだ。
「うむ。そうじゃな。作戦を立て直そう。どうやら今回の相手は手強そうだ」
天原さんがそう言うと、楽園さんの指示で再び円陣を組み、手を繋ぐ。
そして、楽園さんのかけ声とともにあの全身にのしかかる重たさが再び襲い、軽くなったと思った瞬間に終了が報された。
僕はゆっくりと目を開いた。
目の前に広がっていたのは、体育館裏の光景だった。
先の化け物たちと出会う前に僕らがいた、あの体育館裏に相違なかった。
「よし、一度生徒会室に戻るぞ」
天原さんはそう言うと、足早に歩き始めた。
みろくと楽園さんがそれに続く。
今起こった出来事を未だに消化できず、僕は呆けてしまっていた。
ふいに、ナミが僕の腕を引っ張った。
「ぎいちゃん、行くよ!」
ナミの瞳は、普段の色に戻っていた。
「あ、ああ…………」
肯定の意を告げながらも動かない僕の腕を、ナミは強く引っ張り、無理矢理に動かした。
僕はナミに引っ張られる形で移動しながら、たった今体験したばかりの出来事を脳内で反芻していた。
しかし、何がどうなっていたのかは全くわからなかった。
何度振り返ったところで、何一つ今の僕に理解できることはなかった。
全てが、僕の常識の範疇を超えていた。




