第五話
宇宙歴四五一八年三月五日。
インセクト級砲艦レディバード125号はキャメロット星系第五惑星ボース付近で行われた演習を終え、第四惑星ガウェインの軌道上にある大型兵站衛星、プライウェンに帰投した。
同艦の艦長であるクリフォード・コリングウッド少佐は、二週間にわたって行われた大演習の成果について考えていた。
(ようやく戦闘単位と言えるところまで来られたな。この艦は癖が強くて扱いにくいが、今では愛着すら湧いている。乗組員たちにしてもそうだな。癖の強さなら、この艦に負けないほどだが、何とかチームとして機能してきた。砲艦戦隊という戦闘単位も使い方によっては十分強力だと判ってきたが、後はそれをどうやって上層部に認めさせるかだ……)
八ヶ月に及ぶ艦上生活により、彼はこの艦の特性を十分に理解していた。
扱いにくい動力炉、発射のたびに冷却と微調整が必要な主砲、長時間に及ぶ加速と減速、狭い艦内生活によるストレス……。そのいずれもが宙軍士官の忌避するものであったが、それにも徐々に慣れ、今では当たり前のように艦の運用を行っている。
優秀な准士官はいるものの、当初は下士官兵たちの不服従は目に余るものがあった。だが、彼の指導力に加え、部下たちの理解を得ようとする地道な努力により、従順とは言えないまでも不服従と取られるような行動は激減していた。
当初、乗組員たちの多く、特に下士官や兵たちからクリフォードは敬遠されていた。メディアを通じ、英雄として知らぬ者はなく、更に次期首相の呼び声高いノースブルック伯爵の娘と結婚した成功者であり、自分たちとは住む世界が違うと考えていたからだ。
クリフォードの真摯でありながらも毅然とした態度に、艦隊の鼻つまみ者といわれていた乗組員たちも少しずつ心を開いていった。だが、彼は特別なことをやったわけではない。彼が行ったのは士官学校で学んだ組織運営術の忠実な実践であり、独創的なものは何一つ無かったのだが、今までの艦長たちはその程度の努力すら怠っていたのだ。
反抗的な下士官兵たちが彼を認めたのにはもう一つ理由があった。それは副長であるバートラム・オーウェル大尉と良好な関係を築けたことだ。オーウェル大尉は上官には嫌われているが、男気のある、いわゆる親分肌の士官であり、特に下士官兵たちの信頼が篤い。そのオーウェルがクリフォードを艦長として認め、積極的に協力する姿勢を見せたことが、若い艦長に対するわだかまりを氷解させるきっかけとなった。
しかし、副長との信頼関係を築くまでには多くの時間と忍耐が必要だった。なぜなら、オーウェルはことあるごとに彼を試すような態度を取っていたのだ。
下士官同士の喧嘩の裁定から補給物資の確保の交渉。果ては乗組員同士の色恋沙汰の後始末まで、本来副長が捌くべきことまで、艦長であるクリフォードに押し付けていた。
クリフォードはオーウェルの意図するところが何となく判っていたが、それでも指揮官としての責務と考え、一言も不平を洩らすことはなかった。
オーウェルがクリフォードを認めるようになったのは、彼が艦長に就任してから二ヶ月ほど経った頃だった。
オーウェルが艦長室を訪れたのだが、いつもは陽気に振る舞うことが多いオーウェルが、その時は真摯な表情でクリフォードに頭を下げたのだ。
「試すような行い、申し訳ありませんでした」
「いや、艦長として未熟な私にとって、いい経験になったよ。副長というのは、本当に大変な仕事なのだと実感した」
クリフォードは笑いながらそう答える。
それに対し、オーウェルは真剣な表情を崩さなかった。いつもの彼なら軽口の一つも叩くところだが、その日に限っては真面目な態度を崩すことがなく、クリフォードもその意図を掴みかねていた。
「私はあなたのことが信用できなかったのです。“英雄”という奴は部下の屍の上に立つものですから……」
クリフォードは慌てて“自分は作られた英雄だ”と否定しようと思ったが、真剣に話を続けるオーウェルの言葉を遮ることはせず、彼の話を静かに聞くことにした。
オーウェルはクリフォードに軽く頷くと、自身が候補生時代に経験した話を始めた。
「十年ほど前、四五〇七年頃の話なのですが、私は当時士官候補生として軽巡航艦に乗り組んでいました……」
宇宙暦四五〇七年三月、第三次アルビオン-ゾンファ戦争は終盤に差し掛かり、当初押されていたアルビオン王国は敵国ゾンファ共和国の侵攻拠点であるジュンツェン星系に攻撃を加えようとしていた。
その当時、アルビオン艦隊はアテナ星系――キャメロット星系からゾンファ共和国側四パーセク(約十三光年)の位置にある星系――での勝利を皮切りに連戦連勝であり、その勢いに乗ってジュンツェンを攻略しようとした。
しかし、ゾンファ側も艦隊戦で敗れ続けていることに危機感を持ち、ジュンツェンの手前にあるハイフォン星系を最終防衛ラインと位置づけ、逆襲の機会を窺っていた。
そのハイフォン星系で行われた戦闘において、オーウェルは地獄を見たという。
会戦自体はそれほど大規模ではなく、両軍とも二個艦隊、一万隻を投入した前哨戦と言える戦闘だったが、ゾンファ側は巧妙だった。
勢いに乗るアルビオン軍との戦闘を避けるように機動し、あたかも味方の増援を待っているかのように見せかけた。その上で巧妙に隠蔽した機雷原にアルビオン軍を引き込み、タイミングを計って半包囲陣を敷いた。その結果、アルビオン軍は一個艦隊と二名の艦隊司令官を失い、戦力比は一気にゾンファ側に傾いた。
オーウェルが乗っていた軽巡航艦は機雷原から辛くも脱出したが、彼の艦隊は司令官を失い、指揮命令系統が寸断された。
二人の艦隊司令官が戦死したため、生き残りの中で最先任であるハワード・リンドグレーン少将(当時)が指揮を執っていた。彼は自ら指揮する分艦隊は温存し、指揮命令系統がズタズタになった生き残りの艦艇に無謀な攻撃を命じた。
数倍近い戦力差があるにも関わらず、二千隻以上の艦艇が碌に指揮命令系が再建できないまま、敵に突撃させられたのだ。
オーウェルの乗る軽巡航艦も同じように敵艦隊に向かっていた。その時、戦闘指揮所にいた彼は、圧倒的な火力によって次々と火の玉に変えられる味方の艦を、震えながら見つめていた。
当時、地の利の無い敵星系内で一対二以上に開いた戦力差という不利状況にも関わらず、リンドグレーン少将が残存戦力を敵に叩き付けるという作戦に出た理由は明かされなかった。
ただ、生き残りたちは無謀な攻撃で敵に混乱を生じさせ、その隙にリンドグレーンは撤退しようとしたのだと噂した。
リンドグレーンの思惑は定かではなかったが、アルビオン艦隊各艦の奮闘と味方の増援の到着という幸運によってハイフォン星系を確保するという目標は達成される。
リンドグレーンにとって運が良かったことに、彼が取った航路が偶然、敵を遮断する位置にあった。これが決め手となり敵を敗走させることに成功したと認定された。
航宙日誌の正式記録には“ターマガント星系への転進のため、航路を設定する”と記載されており、リンドグレーンが敵と戦う意思を持っていなかったことは確認されている。
ちなみに無謀な攻撃を命じられた者の中に、クリフォードの父、リチャード・コリングウッド大佐がいる。
混乱の中、彼は二等級艦からなる十数隻の戦隊の指揮を一時的に執っていた。そして、彼の的確で苛烈な指揮が思った以上にゾンファ艦隊に損害を与え、それが結果としてリンドグレーンの分艦隊の脱出を助けることになる。
攻撃を命じられた二千隻の艦艇のうち、生き残れたのは四分の一、僅か五百隻に過ぎず、リチャードも愛艦と右腕を永遠に失った。
「……その戦いの後、リンドグレーンはすべて作戦だった。自分の分艦隊が生き残り、敵を引きずり回していれば、必ず後続部隊が到着する。だから、時間稼ぎの策に出たのだと。戦略目的であるハイフォン星系が確保できているのが何よりの証拠だと言ったそうです。私は血が沸騰するかと思うくらいの怒りを覚えましたね。確かに奴が出した命令は理に適っていると言ってもいいかもしれない。だが、あの時、奴が取った進路は明らかに撤退、いや、逃亡を意識したものだった……」
ハイフォン星系を確保したものの、七千隻以上の艦が失われたため、ジュンツェン星系への侵攻作戦は中止された。会戦後、リンドグレーンの行動に疑問を持つ将官も多かったが、士気の低下に配慮した軍司令部がハイフォンでの勝利をリンドグレーンの功績と認め、彼は勲章を受けて中将に昇進した。
その結果、リンドグレーンは“英雄”として賞賛されることになる。そして、今では自分たちの上官である第三艦隊司令官として、約五千隻の艦艇と約六十万の将兵の頂点に立っている。
「私はその時思ったのです。結果さえ良ければ、あんな奴でも英雄と呼ばれるのだと。だから、あなたがどのような人物か試させてもらったのです」
クリフォードは父リチャードが退役する原因となった戦いにそのような話があったことに驚きを隠せなかった。
リチャードは上級士官の指揮について一度も不平をもらしたことが無かったからだ。
クリフォードは父親のことは一切言わず、
「リンドグレーン大将についての君の思いに何も言うことはないが、一つだけ言っておきたいことがある」
オーウェルは何を言われるのかと身構えるが、黙ってクリフォードの言葉を待った。
「私は自分のことを英雄だとも天才だとも思っていない。私が武勲を挙げることができたのは運に恵まれたことが大きいからだ。第一、私の指揮で多くの仲間を喪っている……」
オーウェルは何か言いたそうにしているが、クリフォードはそれに構わず言葉を続けていく。
「……だが、私はそのことを後悔しないようにしている。私が後悔しても彼らは帰ってこない。私は彼らのためにも前を向いていこうと思っているんだ。できれば、君にも前を向いて生きて欲しいと思う」
オーウェルはクリフォードの言葉に一瞬反発しそうになった。だが、すぐに自分が狭量な人間だと気付いた。
(この人は二度も絶望的な状況になっている。一度目は俺が絶望したときと同じ候補生時代だ……俺は何をしていたんだろうな。確かにリンドグレーンは嫌な奴だ。だが、嫌な奴ならいくらでもいる。そんな奴にこだわって、こんなところで燻っていた……なるほど、本当の英雄って奴はこういう人を言うんだろうな。親父さんの“火の玉ディック”の血がなせる業なのか……まあいい。俺はこの“崖っぷち”に出会えた。この幸運を生かしてみるか……)
オーウェルは相好を崩し、
「改めて言わせて貰います。これからもよろしくお願いします、艦長」
同じようにクリフォードも笑みを浮かべ、
「こちらこそ、よろしく頼むよ。任務中でなければクリフと呼んで欲しい」
「では、私もバートと呼んでください」
二人はがっちりと握手をした。
それから下士官兵たちもクリフォードを認めるようになっていく。特に艦の中核である准士官たちはクリフォードに全幅の信頼を置くようになった。
「しかし、うちの艦長は変わっているな」
士官次室で操舵長のレイ・トリンブル一等兵曹が仲のいい掌帆長のフレディ・ドレイパー兵曹長にそう話しかける。
「ああ、まさか、崖っぷちの旦那がここまでとはな。真面目な話、うちの艦長があそこまで俺たちの話を聞いてくれるとは思わなかったぜ」
ドレイパーは掌帆長として様々な艤装の調整を行うが、非常にバランスの悪い設計である砲艦は癖が強く、マニュアル通りにはいかない。
下士官兵たちの経験と勘が頼りなのだが、頭の固い士官の場合、独創的なやり方を認めないことが多い。
その結果、満足な運用が出来ないだけでなく、トラブルも多く発生している。それが更に砲艦の地位を貶め、砲艦乗りは反抗的な者が多いという評判を生んでいた。
一方でクリフォードは優秀な准士官、下士官の意見を積極的に採用した。これは彼の父、リチャードの教えに従ったものだった。リチャードの言葉は、
『掌帆長や掌砲長は艦の宝だ。彼らの力次第で艦の能力は何倍にもなる。間違っても彼らのやることを頭から否定するな。彼らの信頼を勝ち取ることが士官として成功する道だ……』
クリフォード自身も候補生時代からその思いが強く、士官となってからも積極的に彼らの意見を聞いていた。
「“責任は俺が取る。お前たちは最高の状態に艦を持っていけ”って。普通は言えないぜ、若い士官にはよ。それをあの艦長は堂々と戦隊司令にも宣言しやがった。あれには参ったわ。これで結果を出さなきゃ男が廃るってな」
その横では掌砲長のジーン・コーエン兵曹長が頷いている。
「私もそう思う。うちの掌砲手たちも俄然やる気になっている……でも、まさか、あんな運用方法を考えるなんて……」
普段無口な彼女が積極的に言葉を発したことに士官次室の全員が目を丸くする。
トリンブルに至っては、「あんた、ちゃんとしゃべれたんだな……」と言って絶句していた。
コーエンは自分が注目されていることに気付き、僅かに驚きの表情を見せるが、それ以上は発言しなかった。
クリフォードは彼らの仕事を丁寧に確認し評価していたが、その話になると再びコーエンが口を開いた。
「艦長は良く見ていると思う。うちの連中は私が目を光らせていないと、手を抜く。でも、艦長も良く見ているわ……」
クリフォードは賞賛もするが、手を抜く者に対しては厳しかった。主砲用の集束コイル展開訓練中に、ある掌砲手が着脱の面倒な船外活動用防護服の着用を厭い、通常の簡易宇宙服で作業を行った。
ハードシェルの着用は主砲発射時の強力な放射線から乗組員を守るための措置であり、コイル展開訓練では必ずしも必要ではない。艦によってはスペーススーツで訓練を行っているところも多く、それまでは咎められることは少なかった。
クリフォードは実戦と変わらぬ状況での訓練の実施を要求しており、この点には非常に厳しく対処した。彼はその掌砲手に超過勤務を命じただけでなく、航宙日誌に記録を残したのだ。ログに記録が残るということは、勤務評定に影響する。
通常は軽微な違反行為は副長が作成する非公式の日誌に記録される程度であり、今回のケースも超過勤務はともかく、厳しすぎるという声が上がったほどだ。
しかし、クリフォードは「実戦を想定した訓練中に怠慢行為を行うことは艦を危うくする非常に危険な行為である」と言ったという。
「あれには私も言葉が出なかったわ。でも、艦長の言うことは正しい。訓練で手を抜く輩は実戦では信用できないから……」
珍しく饒舌なコーエンにドレイパーまで「言葉が出なかった? いつものことだろう」と突っ込んでいた。
クリフォードは厳しい訓練を命じるが、准士官以下の生活にほとんど干渉しなかった。逆に下士官兵たちの生活空間である兵員用食堂デッキの調理室を改善するなど、生活環境に配慮していた。
当初は若き英雄であるクリフォードに警戒していた下士官兵たちだったが、偏見なく誰もが納得する賞罰と、鼻つまみ者と言われている自分たちに敬意を示す態度に、徐々に心を開いていった。
「しかし、マニュアルを無視していいと言った艦長は初めてだ。まあ、自分でもマニュアル無視の戦術を考えるくらいだから、おかしくはないんだろうがな。まあ、いずれにせよ、面白くなってきたことだけは間違いねぇ」
ドレイパーはそう言って笑った。
トリンブルは「確かにな」と笑い、
「しかし、あの真面目なだけの艦長が陸戦でドンパチしたってのが信じられねぇ」
「そうだな。それよりターマガントで倍の敵に向かっていったって話の方が、俺には信じられねぇな。初めて話をした時、別人の話だと思ったぜ」
トリンブルは「違ぇねぇ」と腹を抱える。
「うちの艦長は真面目なだけで、猛将って雰囲気はこれっぽっちもないからな」
クリフォードをネタに笑っているが、彼らは“うちの艦長”という言葉を使っていることに気付いていなかった。彼らは無意識のうちにクリフォードを仲間と認めていた。
三月六日。
キャメロット星系に衝撃が走った。
一隻の通報艦がスパルタン星系側ジャンプポイントに現れたのだ。通報艦は各星系のJPに配置され、緊急情報をリレー方式で伝達するための艦だ。
この艦は緊急情報を受領したり、敵の襲来を察知すると直ちに隣の星系に超光速航行で移動する。そして、次の星系に到着すると直ちに次の通報艦に無線で情報を伝達する。つまり、駅伝方式で情報を伝えるシステムとなっているのだ。
これは星系内を最大巡航速度で移動するより、無線を使った方が数十時間の節約になるためで、複数の星系を経る場合、短縮できる時間は数日単位となるのだ。
その通報艦がもたらした情報はヤシマの陥落とヤシマ艦隊の亡命という情報だった。
キャメロット星系政府は直ちに首都星系アルビオンにその情報を送るとともに、キャメロット防衛艦隊司令部にゾンファ共和国の侵攻への対応と、ヤシマ星系解放の作戦案の立案を命じた。
アルビオン王国は首都星系アルビオンと植民星系キャメロットという二つの居住星系を支配している。外交に関する権限はアルビオン星系にある行政府にあるため、正式な方針決定はアルビオンの議会の承認を得る必要があるが、アルビオン星系からキャメロット星系までは三十五パーセク(約百十四光年)と離れているため、キャメロット星系政府にもある程度の権限は認められていた。
今回、キャメロット政府が王国政府の決定を待つことなく、ヤシマ解放のための準備を開始したのはこの権限に基づいている。もし、王国政府の決定を待つことになれば、最短でも七十日ものタイムラグが生じ、時機を逸する可能性があるためだ。
キャメロット政府の要請により、キャメロット防衛艦隊司令長官グレン・サクストン大将は直ちに星系内にある十個の常備艦隊に臨戦態勢を取らせるとともに、アテナ星系の警戒レベルを戦時体制に引き上げる決定を行った。
アルビオン王国には二十個の正規艦隊があり、そのうち、キャメロット防衛艦隊には十二個の艦隊が配備されている。キャメロット防衛艦隊のうち、二個艦隊はアテナ星系に常駐し、大型要塞アイギスⅡとともに、ゾンファからの侵攻を防ぐ体制を敷いている。
防衛艦隊司令部の命令を受け、キャメロット星系第三惑星ランスロットの軌道上にある要塞衛星アロンダイト、第四惑星ガウェインの軌道上にある要塞衛星ガラティン、大型兵站衛星プライウェンでは蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
演習を終えてプライウェンに帰投したばかりの第三艦隊も休暇を返上して補給と整備に当たっていた。
クリフォードは整備の指揮を執っていたが、第四砲艦戦隊司令、エルマー・マイヤーズ中佐から艦長会議を開催するとの連絡を受け、旗艦であるグレイローバー05に赴いた。
砲艦支援艦グレイローバーの会議室には既に多くの艦長たちが集まっており、この状況についてそれぞれの意見を言い合っていた。
二十分ほどで全艦長が揃い、司令であるマイヤーズ中佐が会議室に入ると、全員が立ち上がり、敬礼する。中佐が答礼し、「着席してくれたまえ」といい、一斉に席に着く。
中佐は全員が着席したことを確認し、落ち着いた口調で話し始めた。
「既に知っていると思うが、ヤシマがゾンファに降伏した。更にヤシマ防衛艦隊の一部が脱出、我が国に亡命を希望している。ヤシマ艦隊は後四日、三月十日頃にキャメロットに到着する予定だ」
そこで全員を見回すが、一部の艦長が“腰抜けが”という独り言を呟いている他は特に意見はなかった。
「防衛艦隊総司令部からの指示だが、我々第三艦隊は新たに編成される“ヤシマ解放部隊”となる。このヤシマ解放部隊はゾンファ共和国のヤシマ侵攻艦隊を排除することを目的としている」
「つまり、先陣ということですか」
艦長の一人から質問が飛び、マイヤーズ中佐は「その通りだ」と頷く。
「ヤシマに侵攻したゾンファ艦隊は六個艦隊三万隻。そのうち、ヤシマ防衛艦隊との戦闘で一割ほど沈められているが、艦隊を増強している可能性は低い。総司令部ではあったとしても、最大一個艦隊と見込んでいる……」
中佐の説明ではゾンファがヤシマに派遣している艦隊は六個艦隊であり、一割程度が消耗しているが、増強の可能性は低いとのことだった。理由としてはゾンファ共和国軍――ゾンファでは国民解放軍と呼ぶ――十八個艦隊のうち、ジュンツェン星系の防御に最低五個艦隊、首都星系ゾンファの防衛に六個艦隊を配備する必要があり、精々一個艦隊を追加できる程度しか余力が無いためだ。この他に簡易の軍事拠点の建設も始めている可能性も指摘されていた。
「……それに対し、ヤシマ解放部隊は八個艦隊で編成される予定だ。また、作戦開始はオベロンから派遣される追加艦隊が到着してからだ。よって、最短でも五月中旬となる……」
この後、具体的な討議に入っていくが、クリフォードは作戦方針に危惧を抱いていた。
(ヤシマを解放すると言うが、三割程度しか戦力差がない状況で、本当に敵を排除できるのだろうか? 我々がヤシマに到着するのは早くても三ヶ月後だ。そうなれば、ある程度防衛体制は築けているだろうし、それ以上に危険なことがある。ゾンファがヤシマ国民を人質に取ったら、我々は撤退せざるを得ない……)
討議が終了した後、クリフォードは自分の懸念をマイヤーズ中佐に伝えた。
「つまり、敵がヤシマ国民を盾に撤退を迫ってきたら無駄足になると……ありえる話だが、その程度は総司令部も考えているはずだが……」
マイヤーズはそこで一度目を瞑り、大きく息を吸う。そして、ゆっくりと目を開け、
「いや、懸念は少しでも解消しておくべきだろう。クリフ、今の懸念を上申書の形で作ってくれ。出来れば修正案の骨子だけでも付けてほしい」
そこで僅かに笑みを浮かべた。
「ふふ……思い出すな。トリビューンのことを覚えているか?」
マイヤーズはスループ艦ブルーベル34号とゾンファの通商破壊艦との戦闘が行われたトリビューン星系の話を口にした。
「あの時も君に作戦案を作らせたのだったな。もう五年半も、いや、まだ五年半しか経っていないのか……」
クリフォードもそれに頷き、思わず笑みがこぼれた。
「ええ、でもあの時は必死でした。“航法計算実習”の遅れを取り戻すために、少しでもいいものを作ろうとしていましたから」
二人はひとしきり笑った後、マイヤーズは真面目な表情になる。
「できれば早急に案を提出して欲しい。恐らく、ヤシマ艦隊が到着したときに、追加情報としてアルビオンに情報が送られるから、それに間に合わせたい」
クリフォードはすぐに立ち上がり、「直ちに作成します」と敬礼を行う。
「少なくとも候補生時代の方が良かったと言われない程度のものは作ってきます。航法計算実習の遅れを取り戻す理由が無くとも」
最後にそう言うと、二人は再び笑みを浮かべた。
クリフォードが立ち去った後、マイヤーズは彼のことを考えていた。
(巡り会わせという奴か……あの時もそうだったが、今回も彼に救われるかもしれないな。まあ、今回はあの切れ者の総参謀長がいるから、この程度のことは見抜いているはずだが……さて、彼の考えが揉み消されない方法を考えるとするか……)
マイヤーズは小さく頷くと、自らの個人用情報端末の操作を始めた。
クリフォードは指揮艦であるレディバード125号に戻ると、士官と准士官を集め、艦長会議の内容を伝えた。もちろん、機密事項が含まれているため、その部分は伏せているが、彼は可能な限り中核となる准士官以上と情報共有を行う方針としていたのだ。
「……つまり、八個艦隊でヤシマに行ってゾンファを叩きだすって言うことですか」
副長のバートラム・オーウェル大尉がそう言うと、クリフォードは大きく頷く。
「しかし、我々に出番がありますかね。ヤシマには要塞なんてないでしょう」
機関長のラッセル・ダルトン機関少尉の言葉に准士官たちが頷いていた。それに対し、戦術士であるマリカ・ヒュアード中尉が異を唱えた。
「きっと出番はあるはずです! 艦長と司令が考えた砲艦の運用なら、艦隊戦でも出番はあるはず」
掌砲長のジーン・コーエン兵曹長が僅かに反応するが、他のメンバーからは肯定的な意見はなく、逆にオーウェルから否定的な意見が出された。
「確かにあれは有効だが、うちの司令官は絶対に採用しないぞ。教科書通りの戦術しか認めんからな、うちの大将は」
ヒュアード中尉が何か言う前にクリフォードが議論を引き取る。
「我々は司令部からの命令に従って最善を尽くすだけだ。そのためには準備を怠らない。これが今一番求められていることだろう」
オーウェルもヒュアードもその言葉に頷き、矛を収めた。
その後は艦の整備計画を早急に詰めることと、乗組員たちの休暇の計画など実務に関する話し合いが持たれた。
会議が終わると、クリフォードはオーウェルを艦長室に呼び、自らの懸念を伝えた。
「……というわけでヤシマに行っても何もできずに撤退しなければならないかもしれない。バート、君の意見が聞きたいんだが」
オーウェルはクリフォードの考えを聞き、驚愕するとともに十分にありえると思い直す。
「確かに我々アルビオン軍ならそんな破廉恥なことはせんでしょうが、相手はゾンファですからなぁ。自分と同じだと考えると足元を掬われるかもしれんということですか……私が思いつくのはオベロンの意向を無視して一気に奇襲をかけるくらいですか。敵の準備が整う前なら決戦に持ち込むこともできるんじゃないですか?」
クリフォードは「そうだね。確かに奇襲は有効な手だ」と言って頷く。
そして、何か考えが浮かんだのか、独り言を呟いていた。
「奇襲といっても敵の意表を突くのは難しいかもしれないな……意表を突く……これならいけるかもしれない」
彼は自分の考えをオーウェルに聞かせていく。
オーウェルは聞き始めた当初は非現実的な案だと考えた。だが、クリフォードの考えを聞いていくうちに、徐々に実現可能ではないかと考えが変わっていった。
「それならいけそうですよ! 確かにこの手なら、敵の意表は突けますね。後はここの防備が薄くなることくらいですか……」
「それについても考えはあるんだ。後で作戦案を見せるから意見を聞かせて欲しい」
オーウェルはクリフォードを見ながら、ある懸念が頭に浮かぶ。
(艦長の作戦案は優れたものになるだろう。だが、これが日の目を見るとは限らない。恐らく、第三艦隊司令部はこれを握り潰すだろう。だが、俺には参謀に伝手はないし……上とのコネがないのが痛いところだな。うちの司令なら話は判りそうだが……)
オーウェルはそう考えながら、艦長室を後にした。