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 リシェリアは自室の長椅子ではなく、寝台で本も読まずにぼんやりと寝転がっていた。もう夕方になる。窓の向こうは静かな闇に落ちて、淡く燃える太陽は穏やかに姿を隠す。無数の星がそっと瞬き出していた。

 あの事件のあと、ナスティは本家に連絡し、後始末を頼んだらしい。回収されたリシェリアは傷を癒すため寝台に安静にしているよう、医師に命じられた。さすがの我が家族も、ぶっ倒れた怪我人を見れば医者くらいは呼ぶんだなと妙に感心した。

 事件の凡その思惑や背後関係については、いちおう伝えてある。けれど、今どうなっているのかは知らされていない。あまり興味もない。

 ただ、時折じわりと怒りが湧くこともある。そういうとき、『リシェリア』のことを考える。彼女は、最後まで助けられず、踏みにじられたのだ。今の自分でさえこうなのに、彼女が復讐したいと思って何が不思議だろう。復讐は何も生まないと主人公は言うけれど、そうではないのだ、そういうことではないのだ、きっと。そうしなければ耐えられない、だからやってしまうのを復讐というのかもしれない。むしろ、自分を友達だというあなたがどうして分かってくれないのかと、彼女は思ったのではないだろうか。たとえば、そう、妬みながらも、ほんの少し、無邪気な友情を信じはじめていたとしたら。

(せつないなあ……)

 アニメの中の話なのに、世界がこんなに近づくと他人事と思えなくなる。なんせ、今の自分はリシェリア・ドッグワーズなのだし。

 ちいさくためいきを吐き、ちらりと部屋の隅に目を向ける。ナスティが椅子に座って本を読んでいる。ああしながら、彼はきちんとリシェリアを監視——いやいや見張っている。いやそんな意味変わらないか。

 ナスティはただの従者だ、表向きは。

 だが実際のところ、彼ひとりでリシェリア専属の護衛を任されている。恥さらしとはいえ、血を引くことは事実、誘拐されて滅多なことに使われては、ドッグワーズは被害を受ける。そういう理由で、最低限の警備も手配されていることを、リシェリアは知っている。まあ、囮として敢えて攫われることもあるが、そういう場合はちゃんと助けが入るから警備上は問題ない。奴らはその中で攫っていったのだから、ものすごい執念である。しかもこれは小耳に挟んだことなのだが、どうもリシェリアを犯したあと儀式に戻すつもりだったらしい。舐めすぎである。それはさておき、本来ナスティはあの年齢にしては優秀な護衛なのだと思う。足運びも常に気を張ったものだし、頭の回転も速い。だからこそ今回のことは悔しいのだろう。

 従者はリシェリアの視線に過剰なくらいすばやく反応し、なんですか、とけれどなんてことない口調で問うてくる。


「あのねぇ、ナスティ。そんなに、気にしなくていいのよう」

「……気にしますよ」

「疲れるわよう。ぴりぴりしてるとわたくしも疲れるしぃ」

「そういえば、リシェリア様。けっこう機敏に喋れるんですね」


 ぎく。

 さりげなく逸らされた話題が、あまり触れられたくないところだった。今のお嬢様口調は、この世界に生まれ落ちてなんとなく身につけてきたもので、それほどの理由などないのだけど、間延びしたのは、おそらく怠惰が高じてそうなった。きびきび話すのは性に合わない。のだが、前世ではよくいるヲタク女子高生だったので、切羽詰まると使用年数の長いそちらの口調に移りがちなのだ。嫌ではないのだけど、どうもリシェリア・ドッグワーズとしては違うかな、という気持ちがある。うまく言えない。


「……普段はいいでしょお。だらだら喋ってもぉ」

「まあ僕は構いませんが」


 どうでも、とつきそうな言い方である。じゃあ言うな。

 とにかく、彼にこれ以上警戒を怠る気はないようだ。本当に真面目なやつである。

(……わたくしも、もうちょっと鍛錬しようかしらねぇ)

 さすがに、またこういう目に合うのはごめんこうむりたい。水竜とも、もう一度ちゃんと顔を合わせたいし。

 そう、水竜といえば、彼と契約——というより、あれはほぼ仮契約だった気がするが——したことは家族には伝えていなかった。ナスティも言っていいのかよく分からず、結局報告はしなかったらしい。リシェリアとしては、伝えると厄介なことになりそうなので言いたくない。

(これも確執なのかなあ……)

 リシェリアはドッグワーズの家を嫌ってはいないけれど、ことさら好いてもいない。自分を不幸な子どもだとはやっぱり思わないけれど、きょうだいの厭味や侮蔑の視線は鬱陶しいし、両親の失望の態度には白ける。水竜のことがばれたら、またなんやかやと要求されるだろう。それは、とても、面倒くさい。

 

「リシェリア様、お眠りになられてください」


 いつの間にか寝台の脇に立っていたナスティが、淡白に言う。


「おまえもちゃんと休むのよ。だいぶ殴られたでしょお」


 彼は軽く肩をすくめる。誤摩化しやがった。むう、と眉根を寄せる。頑固な従者である。もっと言おうと口を開きかけたとき、ふっとリシェリアの上に影ができた。ひたいにやわらかな感触が押しつけられる。

 リシェリアはひとつ瞬き、目を見開いた。じっとナスティを見上げる。


「……眉間に皺が寄っています。あとになりますよ」


 さらりと三歳年上の従者は言う。綺麗な顔が台無しになる、とそう続けて。

 

「……ああ、そう。ねえ、いまの、襲われかけた相手にすることじゃないんじゃないの?」


 灰がかった金の瞳がリシェリアを見ている。熱などまったく感じられない。いつもとまったく変わらない。しかし視線は注ぎ続けられる。ひたいにくちづけられた感触が消えない。


「そうですかね」

「そうよう」

「では、襲われる前に、僕が襲っておけば良かったです。惜しいことをしました」

「……ああ、そう」

「はい」


 徐々に夜は深まっていく。窓の外は、もう真っ暗だ。月明かりだけが入り込み、窓の形の影ができる。


「ねえ、もしかして怒っているのかしら」

「そうですね。あなたに触っていたあの男を、切り刻みたいです」

「しなくていいわぁ」

「分かってますよ。ですが、リシェリア様。やはり、男が怖いのでは」

「それはそうねぇ。構えてしまうわねぇ」


 ほんの少し、ナスティの表情が曇った。


「あのとき、真っ先に、あなたを引き離さなければいけなかったのに、僕は冷静さを欠いてたいへんな失態をおかしました。申し訳ありません」

「いや、だから、あれはもういいのだけど」

「はらわたが煮えくり返る思いです」

「ぜんぜんそんな顔に見えないわねぇ」

「……彼らのせいで台無しです」


 ぽつりとナスティは呟いた。感情の読めない声だったが、苛立ちは感じ取れた。リシェリアは視線をいくらか彷徨わせ、はあ、と息を吐いた。


「ナスティ。おまえのことは、そんなに怖くはないわぁ」


 だから、いいわよう。リシェリアは、彼の目を見て告げた。微かな動揺を表した金の目は、すぐに落ち着いてしまった。つまらないことだ。ナスティは、そうですか、と応じた。

 再び影が降る。


「……」


 唇は静かに離れ、睫毛が触れ合うほど間近で、ふたりは瞬きもせずに視線を交わした。それからようやく、ナスティは姿勢を戻した。


「寝てください、リシェリア様」

「ええ。おやすみなさい」


 リシェリアが寝つくまで外に控えるつもりなのだろう、ナスティは部屋を出た。ひとりにされたリシェリアは、軽く顔をしかめるようにして、唇をゆびでなぞる。

 息があがっている。

 

「……熱が出そうねぇ」


 早鐘を打つ心臓を誤摩化すように、彼女はそっと目を閉じた。

 大丈夫。

 わたくしはきっと、復讐などしない。

 そんなことにかかずらっている暇は、たぶん明日からなくなるのだろう。



 ——っていうかわたくしの従者、本気出すとまじこわいんですけど。まだ13歳のくせに!


いつから悪役転生ものだと錯覚していた?




というわけで主従ネタでした。というこの後書きオチをやりたいがためだけに書いた話です。パッと思いついたので短編でサクッとやりたかったんですけど、予想外に長くなっちゃってこのオチネタもぜんぜんきいてない!くそう!と思いつつびくびく投稿しました。いろいろ雑ですみません。

えっと……中間部分がひどいことになってますが……、ほんの少しでもお楽しみいただけたら幸いです。


あ!あとなんで原作ネタをそういう設定にしたかというとこういうタイプの少女向けダークファンタジーアニメ(魔法ばんばん出る)(かわいく見えて容赦ない)が観たいという願望です。さいきんあんまりないよね!ぜひボ◯ズさんのアニメーションで観たい!!言うだけならタダ。


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