ザコとフルアーマー騎士
俺はあれからオーク退治の依頼を、4件程こなしている。
丁寧な仕事が評価され、今では俺を指命して下さるお客様も出てきてくれた。
しかし、出る杭は打たれる、打たれない為には周りより少し低めでいる事。
新人が調子に乗り過ぎたら叩かれるだけだ。
金に余裕が出来ても、質素倹約を心掛け高価な買い物は避けている。
「おっちゃん、オーク退治の依頼は、来てないっすか?」
朝一で依頼状況を確認。
オーク退治の依頼があれば夜に備えて眠り、なければ荷物運びのバイトに行っている。
「ザコ、随分と熱心だな」
「困っている人を放っておかないのが、冒険者の誇りなんすよ」
優等生な解答で高感度アップを狙う。
「でも、少しオーク狩りは休め…ある貴族がお前の事を調べてるらしい」
何でもデュクセンの貴族の中に、オーク退治を好んでこなしていたお方がいらっしゃるらしい。
しかし、最近オーク退治の依頼が減り疑問に思っていたそうだ。
そして配下に調べさせたらポッとでの新人がオーク退治の依頼を横取りしていたと…
「分かったっす。オーク退治は自主休業するっす」
理不尽な妨害が始まる前に全速力で逃げてやる。
「決断が早いな…お前に冒険者としての誇りはねえのかよ」
「冒険者の誇り?…権力者には平身低頭して尻尾を振るのが基本すよ。誇りなんて貴族様に振った尻尾で簡単に吹き飛んだっす」
俺の誇りは埃と同じ位に吹き飛び易いのだ。
おっちゃんから貴族様の詳しい情報を教えてもらう。
デュラン・マクスゥエル、マクスゥエル伯爵の御次男で精霊魔法の使い手。
政務より冒険を好むアグレッシブな性格との事。
つまりは逆らうとヤバイと。
ちなみにここバルドーも、 マクスゥエル家の領地。
「デュラン様は精霊魔法の使い手だから気を付けろよ」
かなりの威力を持つ魔法らしくオーク事、畑もボロボロにしてしまうそうだ。
「はははっ…とりあえず新しい依頼を探すっす」
思わず乾いた笑いが漏れる。
誰が見ているか分からないので、怪しまれない様に他にどんな依頼があるのか見て回ろう。
(ジャイアントスパイダーにビッグスコーピオン、ニールドマウスか。ヘルチェミチェ?なんだ、そりゃ)
「グッドモーニング、冒険者諸君!!」
ギルドに高らかな声が響き渡る。
そこには目を合わせたらいけない方がいた。
朝日を反射してピカピカに磨かれた銀色のフルアーマーが輝いている。
身長は150㎝くらいで、体格は細身だと思う。
フルフェイスの兜を着けているので、性別は分からない。
ビビりの俺でも街中でフルアーマは着ないぞ。
重くて疲れるし、悪目立ちしてしまう。
フルアーマは、自分に酔っているのか依頼状を見ては某歌劇団の様なオーバーアクションを披露している。
「薬草採集?傷ついた民の為に薬草を集めるのも素敵なお仕事じゃないかー」
「ゴブリン退治?醜いゴブリンは、僕が華麗に退治をしてみせるさー」
フルアーマの声の高さと、背の高さからすると少女若しくは声変わりする前の少年かもしれない。
でも関わっちゃいけない。
あれは関わっちゃいけない人間だ。
フルアーマは、小さいな依頼書の前で立ち止まる。
それは朝から誰も受けていない依頼。
子供の字で、
うちのはたけにでるおーくをたおしてくだ い
とだけ書かれていた。
ギルドの職員も、子供から料金は取らなかったんだろう。
依頼料が書かれていない依頼を受ける冒険者がいる筈ない。
「諸君見たまえ、この依頼状を。幼子の必死の願いを叶えてあげようという正義の心を持った冒険者はいないのかい ?悲しい事だね」
(それならお前が受けろよ。冒険者は、ボランティアじゃないんだから。無料の依頼なんて受けたら、次の依頼の時に値切られるだろうが)
そんな感想を持ちながら、依頼状をチェックしいく。
きちんと気配を消しているのに、誰かが俺の肩を掴んだ。
「君は最近有名なオーク退治のザイツ君だろ?どうだい、 僕と一緒にオークを退治してくれないかい?」
俺の肩を掴んだのは、例のフルアー
マー騎士である。
「断るっすよ。俺なんかが行ったら、立派な鎧を身に着けた騎士様の足を引っ張るだけっすから」
何より伯爵家にケンカを売る気はない。
「悲しい事を言わないでくれよザイツ君。君の力なら簡単にオークは倒せるんだろ?」
「断るっす。理由その1・オーク退治は毎回命がけなんすよ。その2・依頼料金のない依頼なんて受けたら、必死に貯めたお金で払ってくれた他の依頼者に申し訳がたたないっす。理由その3・本来は畑を荒らすオークの退治は、国や街を治めてる騎士様のお仕事じゃないっすか」
「有名なザイツ君もお金で依頼を判断するんだね。嘆かわしい。それなら僕が3万デュクセン払うから、この依頼を受け てくれないか?」
フルアーマは俺に依頼を受けさせようと必死だ。
デュクセンでフルアーマーを着れるのは騎士だけらしい。
つまり、フルアーマーはオーク退治の名誉が欲しいんだろう。
(こいつを隠れ蓑にして稼ぐか)
今の俺にとって名誉は邪魔でしかない。
「4万デュクセンとオークの毛皮の権利を俺にくれるんなら、受けてもいいっすよ」
「なぜ、1万デュクセン高いんだい?君はそんなにお金が 欲しいのか?」
「1万デュクセンは、あんたのガード料金っすよ。傷が一つも着いてない鎧は、実戦経験がない証拠っすからね」
偉そうに言っているが、俺も実践経験が乏しいんだけどね。
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今回の現場は小さな畑。
オークからした、スーパーの試食品コーナー扱いだろう。
「ザイツ君、なんで僕が藁の中に入らなきゃいけないんだい?」
「オークは、鼻がいいんすよ。鎧の金属臭なんて直ぐ気付いて姿を現さないっすよ」
「わかったよ。仕方ない君に従うよ」
よっぽど、オークを倒したいのかフルアーマは、素直に藁に潜り込んだ。
でも
「ザイツ君、ザイツ君。君は闇は恐くないのかい?」
藁の山から兜だけを出したフルアーマーが話し掛けてきた。
「怖かったら、オーク退治をしてないっすよ」
夜の墓場に比べたら、夜中畑なんて可愛いもんだ。
「ザイツ君ザイツ君、何か話でもしないかい?気が紛れると思うんだけども」
「オークは耳もいいんすよ。静かにするっす」
ようやく大人しくなったフルアーマを確認して、絶対結界を張る。
暫くすると、辺りに獣臭い匂いが漂い始めた。
そして紅い目が闇夜に浮かぶ。
オークが来たんだ。
同時に背後から洒落にならない魔力を感じる。
見るとフルアーマー騎士と馬鹿が魔法を唱えていた。
「出たな。オーク、僕がお前を退治してやる。白雷の精霊 よ、我に力を貸したまえ。サンダーブレー、痛いっ。何を するんだいザイツ君」
「お前は馬鹿か?そんな魔法をぶっ放したらオーク以上に畑を荒らしちまうんだよ、引っ込んでろ。シールドボール 」
俺は銅の槍の石突きで、フルアーマを叩いて藁に押し戻す。
…………
「出て来いよ。オークは退治した。お坊ちゃまは、とっとと金を置いてお家に帰りな」
「ひどいよザイツ君。僕は女の子なんだよ、女の子に優し くしなきゃいけないんだよ‥マクスゥエル様に泣きついてやる!!」
藁の中から出てきたのは、兜を脱いだフルアーマ。
兜の中は、茶色いショートカットの美少女だった。
フルアーマーは整った顔立ちをしており、美少女と言っても過言ではない。
それよりも…
(今はマクスゥエルって言ったよな?)
夜中で涼しい筈なのに汗が止まらなくる。
フルアーマ少女は、マクスウェル家に仕える騎士か、その家族と考えるのが自然。
つまり、デュランに俺の正体がばれたんだよな。
それなら俺がとる行動はただ一つ。
ブラングルから、いやマクスウェル家の領内から逃げてやる 。
宿を引き払い、ギルドのおっちゃんに紹介状を書いてもらったら直ぐ逃げるんだ。
俺はフルアーマーをなだめまくると、宿屋の近くまで送った。
フルアーマーに何かがあったら、絡まれる要素が増えるんだし。
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次の日、俺は朝一でギルドに向かった。
「おっちゃん、おっちゃん。マクスウェル領外の冒険者ギ ルドへの紹介状を書いて欲しいんすよ。できたら今すぐに お願いするっす」
「ザコ、旅支度で紹介状ってブラングルから出るのか?」
「詳しい話は勘弁して欲しいんすよ。お願いするっす」
俺はきちんとギルドカウンターに頭をつけてお願いをしている。
「いいけど、お前に客が来たみたいだぜ?」
ギルドのおっちゃんが、指差す先にはフルアーマ少女と銀色の髪の美男子。
フルアーマは、俺を見つけるとニヤリと笑った。
「ザイツ君見つけたよ。マクスウェル様、あの男がお探しのオーク退治のザイツです」
「ふむ、ご苦労。ザイツとやら済まぬが、話をしたい」
「いやー、俺みたいなザコと話をしたら貴族の名前が汚れちゃうっすよ。それに俺はマクスウェル様のご領内から自己転出させてもらうっすから」
「我が領内から居なくなるか、それは残念だ。それなら僅 かでも礼をせねばなるまい」
それはいわゆるお礼参り?
「いやいや、高貴なマクスウェル家のご次男様とお話できだけで光栄っす。お礼なんていらないっすよ」
「何か勘違いをしてないか?私の名はシャイン・マクスウ ェル。マクスウェル家の長男だ。そしてお前に接したのが私の配下のミント・ブロッサムさ」
「ミントだよ。これからよろしく頼むよザイツ君」
ニコリと笑いながら、ミントが手を出してきた。
「これから?」
「ザイツ頼みがある。君の旅にミントを同行させてくれな いか?」
地獄への道案内人って、意味じゃないよな。
「シャイン様、何故っすか?」
「ブロッサム家は我が家に仕える騎士の一族でね。ブロッサムの娘のミントにザイツの戦い方を学ばせたいからだよ 」
「ザイツ君、僕を無視するのかい?腕が疲れちゃうじゃないか」
ミントが騒いでいるけど無視をしておく。
握手イコール契約を認めた事になるし。
「戦い方なら、同じ精霊使いのデュラン様がご適任かと思 いますが」
「ザイツ君、僕を無視するのかい?ねえザイツ君ー」
ミントは、まだ無視。
「あれは駄目だ。民の事を考えれぬ馬鹿は、皇国騎士団に送り鍛えなおしている」
そりゃオーク退治に来て、オーク以上に畑を荒らしたら駄目だよな。
「条件があるっす。それを認めてくれれば、旅に同行してもらうっす」
うまくいけば貴族の後ろ楯をゲット出来る。
「まっ、まさか旅の条件は可愛い僕を自由にさせろ、なんてイヤらしい事じゃないだろうね」
「うむ、まず聞こう」
1人で騒ぐミントをシャイン様もスルーした。
うん、この人は信用できる。
「デュラン様を始めとする貴族に手出しをさせない事。許可なく精霊魔法を使わない事。最後にその暑苦しい鎧を着ない事。この三つっす」
「シャイン様も僕を無視?それにザイツ君、精霊魔法と鎧がない僕は無力な少女なんだよ。はっ、無力な僕を無理矢理襲うんだね!?ザイツ君、キミって人は」
ただ今、ミント笑劇団が公演中。
「ザイツ、その訳を聞かせてくれないか?」
「ミント様は可愛らしい容姿をしており、しかも騎士の家柄っす。二人旅なんてしたら貴族の嫉妬の対象にしかならないっすよ。精霊魔法を使えるのは、精霊魔法を買える家の娘だという事っす。つまり身の代金目当ての誘拐の危険性があるっす。鎧はあんなのをつけていたら長旅なんて無理っすからね」
「ザイツ流石だ。認めよう」
「ザイツ君、だったら僕の手を握ってくれよ。もう痺れてきたよ」
ミント、まだ手を出していたんだ。
「それじゃ、何か依頼を受けてみるっすか」
俺はシャイン様と硬い握手を交わした。
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遡る事、数日前。
功才の師匠自称魔導師のロキはある場所を訪ねていた。
その光景を見たならば、デュクセン国民は驚きの余り卒倒しただろう。
剛毅な性格で知られているデュクセン皇帝が私室で、見知らぬ男に土下座をしているのだから。
「貴方の所の馬鹿貴族が私の弟子を狙っているそうです…もし、功才君に何かあったらデュクセンがどうなるか保証しませんよ」
その日からデュクセン皇帝はストレスの余り、胃痛持ちになったと言う。
次話は新しい内容になります