ザコの卒業試験 会場は墓場です
ゴブリン退治の後も、俺の修行は続いた。
お蔭で体力もついたし、新しい魔法も覚えた。
そして覚えた魔法。
スモールファイヤー
指先に小さな火を灯す。
早い話が、人間ライター。
師匠曰わく、焚き火をおこすのに便利。
上達すれば長い時間火を灯せる様になるらしい…ちなみに俺は調子にのって前髪を焦がした。
アーススタン
地面に小さな出っ張りを作る。
気づかなきゃ敵が転けるかもしれない。
当然オークぐらいに大きいと踏み潰される。
師匠、曰くイケメンの転校生が来た時に重宝するとの事…冒険者に転校生はいないと思うんだけど。
ウインドアーマー
体に風をまとわせて、敵の攻撃を逸らす事ができる。
対象は小鳥ぐらいの質量まで。
当然、剣や槍には効果なし。
グラビティソード
自分の武器を重くできる。
だからきちんと制御できないと腕を痛めてしまう。
下手すると武器を持ち上げる事が困難になる。
スモールシャープ
対象物を気持ち鋭利に出来る。
鋭くなりすぎて、人形を斬りつけたら先が欠けた。
師匠曰わく包丁を研ぐ時に便利。
ストーンレイン
足元の小石を上空に巻き上げて対象物に降らす事ができる。
効果は地味に痛いだけ。
小石がない場合は、砂でも可能(普通の石だと重量オーバーになる)。
ちなみに事前に小石を集めておかないと発動出来ない。
マジックキャンセル
自分が放った魔法の効果を消せる、ただそれだけ。
プチパラライズ
対象者に正座した後と同じ位の足の痺れを与える事が出来る。
師匠、曰く正座している相手なら効果が倍増するとの事…正座をする魔物なんているんだろうか?
フラッシュ
光を出す事が出来る。
師匠、曰く節電効果抜群…ちなみに俺の最長発動時間は5分。
それでも夜中トイレに行く時には重宝した。
一度、師匠に強力な攻撃魔法を教えて下さいとお願いしたら
「良いですけど、制御が上手くできないの癖に強力な攻撃魔法を使うと、精霊から総スカンをくらう可能性がありますよ。強力な魔法は自然破壊と一緒ですからね」
精霊に嫌われると簡易魔法も使えなくなるとの事。
強力な攻撃魔法を使える様になるには、対象者のみに影響を与えれる位に制御が出来ないといけないらしい。
…こんなので、俺は異世界で生き残れるのか?
いや、もっと修行すれば強くなれる筈。
出来るだけ早く強くなって、結果を出して地球に帰るんだ。
きっと、家族やダチが心配しているに違いない。
…彼奴らはどうだろう。
結は、俺が居なくなった原因だから気を病んでなきゃいいが。
でも全く気にしていなかったら、それはそれでへこむ。
「師匠、俺の家族が心配していないか、分かりますか?」
「分かりますよ。……あー、止めときましょ」
「その間は何なんすか。いや、分かってましたけどね」
親父やお袋は、俺に興味がないし。
「良かったら聞かせてくれませんか?君は私の大事な弟子なんですから」
「うちの両親は芸能人なんすよ。結構有名な俳優と女優でね。忙しくて殆ど家にいないんすよ。それに…」
「まだ、何かあるんですか?」
「姉と妹がいるんですけど2人共お袋似で顔が良くて小さい頃から芸能人になってるんですよ。まぁ、当たり前ちゃ当たり前なんですけども親父達は自分のプライドを満たしてくれる姉ちゃん達の方が可愛いらしくてね。一回雑誌のイタンビューで仲の良い四人家族なんて紹介されてましたし」
確か姉ちゃんは地方の舞台に出演してるし、妹は海外での写真撮影とコンサートがあってスケジュールがびっしりだから、俺がいなくなっても気づかないと思う。
「それじゃ功才君が小さい頃は誰が面倒を見てくれていたんです?」
「爺ちゃんと婆ちゃんですよ。親父の親のね。そっか、やっぱり俺が居なくてなっても親父達は心配してくれないか…」
運動会や授業参観に来てくれたのも、爺ちゃんと婆ちゃんだけだった。
その爺ちゃん達も、親父達とケンカして田舎に帰ったし。
それに俺がいなくなっても、親父は爺ちゃん達に教えないと思う。
「でも君を心配している人がいましたよ。7人ぐらい」
「少なっ、学校は親父が手を回したんでしょ。俺は病欠か下手すりゃ転校扱いになってますね」
「そうですか。それなら、この世界で新しい絆を結びなさい。誰でもない、君だけの絆をね」
「俺に出来ますかね?」
「当たり前じゃないですか。君は私の大事な弟子なんですよ」
そう言って優しく微笑むロッキ師匠。
うん、俺を無許可で異世界に喚んだ人の台詞とは思えない。
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「 くぁあー、ねみ。スモールファイヤーっと」
外はまだ薄暗いが、修行の時間を考えると朝飯の支度は早めにしておきたかった。
この塔に住んでいるのは、俺と師匠だけ。
だから必然と家事は弟子である俺の仕事になる。
来た当初は勝手が分からないので、師匠任せだったんだけれども出て来た料理は三食とも薬草スープのみ。
正確には薬草をすり潰して水で煮ただけの薬草湯。
味付けは塩のみ。
師匠曰わく特別な薬草で栄養も補えるし、魔力も強く出来るらしい…半端じゃなく不味い。
家の食事は、殆ど俺が作っていたから料理はお手の物。
師匠が、低温の魔法を付与した箱から野菜と卵を取り出す 。
パンは何日か置きに来てくれる行商人のおっちゃんから買っている。
鍋に水を張り火にかけ、干し肉を入れて出汁をとる。
師匠ブレンドの薬草と溶き卵、トマトを入れて、塩胡椒で味を整えれば俺流薬草スープの出来上がり。
今日も、何時も通りの異世界での日常が始まる筈だった。
「おはようございます。今日も良い匂いですね。あっ、そうだ功才君、今日卒業試験をしますから頑張って下さいよ」
「はいっ?もう卒業試験ですか?てか試験なんて今までしてないっすよ」
「君に言ってないだけですよ。今の功才君なら初級冒険者として立派に通用しますよ。…多分」
師匠、多分は止めて欲しいんですけど。
「マジッすか?それで卒業試験は、何をすれば良いんですか?」
「簡単ですよ。墓場に出るオーガを倒すだけですから」
「師匠、オーガって人を食べる巨人のオーガっすか?無理っすよ、餌になって終わりです」
ゴブリンからオーガって難易度上げ過ぎじゃね?
「大丈夫、大丈夫。そのオーガはオーガの中では弱くて死肉しか食べませんから。それに巨人と言っても功才君の倍くらいの大きさしかないですから」
「俺の身長が170だから単純に3m40㎝?勝てる訳ないじゃないですか」
第一、そんなにでかかったら足にしか槍が届かない。
頑張っても致命傷にならないんじゃないか?
「オーガは夜にしか出ませんから、昼のうちに墓場を良く見て下さいねっ。ご飯を食べたら墓場に行きますよ」
予想はしていたが、師匠は聞く耳持たず…落第したら食われる試験って。
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師匠に連れられて来た墓場には人気がまるでなかった。
普段でも人気が少ない墓場でオーガ騒動なんてあれば人が来ないのは当たり前。
まあ、行列のできる墓場なんて嫌だけど。
墓場の周りには木が鬱蒼と生い茂っていたし、お約束の様にカラスが鳴いている。
「オーガはあそこから来るみたいですね。ほらっ」
師匠が指差した森の一部が薙ぎ倒されていた。
それからすると、オーガの横幅は1m位。
墓石には魔除けの魔方陣が掘られているらしく壊された形跡はない。
多分、オーガは墓石に触れる事が出来ないんだと思う。
そうなるとオーガの大きさで、通れる道は限られてくる。
「師匠、オーガを倒せたら他の魔法も教えて下さいよ」
「流石は功才君、せこい手を思いつきましたか。良いですよ、卒業記念に他の魔法も教えてあげます」
「分かりました。ロープと木の杭が欲しいんですけれど」
これで少しでも墓場から離れられると淡い期待を抱いたら、師匠がどや顔でロープと杭を出してきた。
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夜の墓場が楽しいのは、髪がピンと立つ○太郎ぐらいな訳で。
「ちきしょー、師匠の奴。墓場に置いてけぼりって酷くね ?」
いくら魔物に見つからない絶対結界の中にいるとはいえ、怖いんだって。
でも、その恐怖もあれを見た時よりはましだった。
俺が見つけたのは目的のオーガさん。
簡単に言うと3m近いプロレスラーって感じ。
それが、よだれを垂らしながらノシノシと歩いて来る。
あんなの見た後なら、結に絡んでいたスキンヘッドボーイにハグする事も出来そうだ。
(確か恐くないって言うと意識しすぎて、余計に恐くなるんだよな。……無理だ、あれはどうやっても怖いし)
でもオーガは俺の気持ちを無視して段々と近づいてくる。
俺がオーガの通り道にいるから当たり前なんだけれどね。
仕方ない、ザコの悪あがきをみせてやる。
「フラッシュ」
先ずはオーガの目の高さにフラッシュを発動する。
当然、怒って追いかけてくるオーガさん。
お肉しか食べてないからカルシム不足で怒りっぽくなってるんだろうか。
後ろを確認しなくても、ドスンドスンと地響きが聞こえてくる。
予め木と木の間に張っておいたロープを超えて、お次は
「プチパラライズ」
オーガの足を痺れさせる。
そして逆さまに突き刺しておいた木の杭の間をすり抜けて、さらに逃げる。
(よっしゃ、オーガがロープにけつまずいた)
そんでもって
「グラビティソード」
対象は俺の武器でも、木の杭でもなくオーガ。
痺れた足で、モロにこけた上に体重を増加させられたオーガは木の杭めがけて倒れていく。
静かな墓場に地響きと一緒にオーガの絶叫が響き渡った。
「し、師匠。倒したから出て来て下さいよ。腰が抜けまし た」
だって、すぐそばに涎を垂らしながら白目を剥いてるオーガさんがいらっしゃるんだぜ。
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ロッキは功才の戦いを見て不適に微笑む。
当所の予定では、どう足掻いても勝てない敵をぶつける事で、戦いの最中にパニックになったら危険だと教えるつもりだったのだ。
事実、ロッキが功才に教えたのは戦いには適さない魔法ばかりなのだから。
「功才君にオーガキラーの名前をあげましょうか?オーガを倒せる冒険者なんて中々いませんよ」
「いらないっすよ。あんなギリギリなヤバさは、もう勘弁っすからね」
「それでは優しいお師匠様は情けなく腰を抜かした弟子をオンブして上げますよ」
( 卒業記念に小技な魔法をもう幾つか、私の背中で喚いてる弟子に授けましょう。きっと彼なら私の目的を叶えてくれる筈です)
背負われている功才には見えないが、ロッキは再び不敵に微笑む。