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5.おかたづけをしましょう(いたずらはしてはいけません)

G表現があります。

苦手な方はご注意を。






 作戦その一。

「あの一般人の嫌いなものを目の前に突き出して見せよう」

 こそこそと部屋の隅で顔を突き合わせ、勇者は言った。

「『黒い悪魔』と言っていたな」

「ああ、きっと悲しみ、泣き喚くぞ」

 その生き物は女が覗き込んでいた箱の中に居たらしいが、さっさと片付けてしまったためその正体が分からない。

「しかし、『黒い悪魔』とかいう大層な呼び名が付いているが、単なる虫だろう?」

 解せぬと魔王は首を傾げる。魔族には見目麗しいものいるが、反対に恐怖心を煽るためかおぞましい姿を持つ者も多い。それが当たり前だと思っている魔王にとって、どこに嫌悪すべき点があるのか分からない。

「ふん、虫ごときを恐れるとは容易いものよ」

 勇者は小馬鹿にしたように、にやにやと笑う。

「さて、何処にでもいるのか? そやつは」

「わからん。が、魔王、お前はその瘴気で虫どもを薙ぎ払うと一般人は言っていたな。逆にその瘴気で呼び寄せることは出来るのではないか?」

「おお、ではやってみよう」

 からりとベランダに続くガラス戸を開ける。

 魔王は外にいるであろう『黒い悪魔』に向かって、溢れる瘴気に催眠の呪を乗せる。この場所へとやってくるようにと。

 キッチンで何かを準備している女に気取られぬよう、ガラス戸はきちんと閉めて。




 数十分後。

「ちょっと、あんた達。遊んでないで手伝ってよ」

 ベランダにいる勇者と魔王に女は声をかけるが、ばたばたと忙しなく動き回り、何か喚いている二人にその声は聞こえなかった。

「ちょ、でかいぞ!」

「く、来るな、来るなああぁぁぁぁあ!!」

「ぬぉ、と、飛ぶだと!? 貴様卑怯だぞっ!」

「うわああぁぁぁぁああ!!」

「は、速いぞ貴様! 待て、話し合おう!」

「怖いいいぃぃぃぃ!!」

「話し合えばぁ――! ぎゃあああぁぁぁあ!!」

「勇者あああぁぁぁぁあああ!!」

「来るなぁぁぁ!! 魔王! 俺のために死んでくれ!!」

「断る! 死なば諸共!!」

「ちょ、頭の上の奴は下ろせ!! ひぃっ、顔に触るなぁぁぁあ!!」

「逃げるな勇者ぁぁあああ!!」

 などと叫んでいる二人は確実に泣いていた。





 さらに数十分後。


 ぐったりとフローリングの床の上に倒れ、息も絶え絶えな勇者と魔王の顔色は土気色だった。

「…………作戦その一は断念だ」

「……ああ、それがいい。あれは我らの手に負えぬ」

「なんだ、あれは。あんな機敏な動き見たことがないぞ……」

「……『黒い悪魔』の名に相応しい」

「地下迷宮にいたモンスター以上に素早い動きだった……」

「その上飛んだぞ、あやつ……」

「……………………無理だ。捕まえるなど」

「……………………ああ」

 持てる力全てで催眠を解いた瘴気を噴出し、追い払ったベランダは静かに静まり返っていた。


 作戦その一、哀作戦。

 戦意喪失により断念。








 作戦その二、喜作戦。

「一般人、お前の好きなものは何だ?」

 懐柔作戦。


「なにをまたやぶから棒に……」

 食事の支度をしている女は、また下らないことでも考え付いたのかと顔を顰める。あれだけ痛い目に遭ったのにまだ懲りないのか。

「ヤブから坊?」

 そんな女のしかめっ面に気付くこともなく、魔王にとって何もかもが新鮮なのか、無邪気に女の言葉に反応する。

「いいから言ってみろ。世話になるからな、願いがあれば俺が叶えてやろうと言っているのだ」

 ふふんと勇者は笑う。

「上から目線って、殴り倒せば土下座になるのかしら」

「俺は一国の王子だぞ。叶えられぬものなどない」

「今はニートだけどね」

「にいと?」

「……一般人、気が変わらぬうちに言え」

 一向に自分の思惑通りに話してくれない女に、苛々とし始めた勇者の声が若干険を帯びる。

「はいはい。お金かしらね」

「金か」

 容易いものだと勇者は顔に出さずともせせら笑う。

 やはりどんな人間でも金には勝てないのだ。金は力であり、権力であり、それが絶対だ。異世界であってもそれは変わらない。自分は大国の王子だと名乗った。今は金目のものなど持っていないが、女がその事実を知るはずもない。

 これまでの言動を謝罪し、自分に尽くすならば金を渡すと言えばいいのだ。金が欲しいなら女だってこれ以上逆らうこともないはず。

「そうね。最初にあんた達を張り倒して失神させたとき懐漁ったけど、金目のものが全然ないんだもん。迷惑料として、金目のものとって外に放り出そうと思ったのに」

 勇者の思惑は綺麗に折られた。

「お前は盗賊か!?」

「うるさいわね。世の中弱肉強食」

「怖いぞ一般人……これがこちらでは普通なのか?」

「他にはないのか?」

「タバコ」

「これか。煙管のようだな」

 灰皿に置かれ、ゆるりと紫煙を上らせる煙草を持つ。白い紙のようなものを巻かれている。馴染みのある煙管に似た匂いがする。

「そうね」

「ほう…………ぐ、ぐぇっほ! げほげほげほげほ!! げほっ!? な、ぁんだ、こ、げっほげほほ!!」

 勇者は徐にぱくりと口にし、途端盛大に咽こむ。

「何やってんの。子供が吸うな」

「こ、どど、げほ、げえっほ!! げほげほげっほっ!!」

 げほげほと咽る勇者からひょいとタバコを取り上げ、灰皿に押し付ける。

「こ、ごお、こどもで、は、ないっ! げぇっほげほげほ!!」

「あんた、あたしより年下でしょ?」

「こ、こ、ことしでに、じゅうにだ!」

「二十二か。そのわりにガキね」

「うる、さいっ!! い、いっぱんじんはどうなんだ!」

「少なくともあんたよりは上よ」

「年増か!!」

 咽こんで碌に会話になっていなかったが、その単語のみはっきり発音した。気が付くと咽こむ勇者は床に叩き伏せられていた。

 豪く硬い何かで後頭部を強打された勇者がよろよろと顔を上げると、女はフライパン片手に仁王立ちだった。

「女に向かってそれ言ったら、喧嘩売ってるとみなす。そういえば魔王、あんたは?」

「我か? 生まれて十年だ!」

 衝撃の事実が明らかになった。

「我は成体で生まれた。そもそも死んだ魔族を素に生まれたからな、蓄えられた膨大な魔力と知識は何百年も生きる魔族にも勝る。だから我は生まれながらに魔王なのだ」

「ああ、だから一般常識が完全欠如してんのね……」

 可哀想な人を見るような、憐れな視線を向ける。魔王は気が付かず、会話を続ける。

「側近も配下にも恵まれておる。我に魔王としての相応しい振る舞いも教えてくれたからな」

「親馬鹿どもめ。もうちょっときちんと躾しときなさいよ……」

「我の目標はハーレムとやらを作ることだ!」

「……それは変更したほうが良いわね」

 半眼で魔王を見る。ハーレムなどという単語が出てくること自体、女には理解不能だった。

「何故だ。これが男のロマンだと側近が豪語していたぞ?」

「本当に、あんたらどこまでアホなの」

「む? これは魔王らしくないのか?」

 全く疑っていない魔王の表情に、頭が痛いわと女は米神に指を当てる。

「…………ハーレム作りたいなら、まず率先して女の手伝いするのがお勧め」

「そうか、手伝うぞ!」

「……少なくとも、今一番手伝ってくれてるのはあの子よ」

 指差す先に目線を向けると、頭?の上に皿を乗せ、よいせよいせと歩く?かぼちゃだった。

「文句も言わない、素直に手伝ってくれる。出来ないなりに、一生懸命動いてくれてるわ」

 野菜に負けた事実は魔王の自尊心をへし折った。





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