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4.みじたくをととのえましょう(おふろでおおさわぎしてはいけません)

「とりあえず、あんた達汚い」

 鶴の一声で勇者と魔王のまずすべき仕事は入浴となった。

 一人暮らし向けのマンションなので、浴室など広くない。一人入ればぎゅうぎゅう詰めで、足は満足に伸ばせない。女が浴室とトイレが一緒なのは不便だと考えてこのマンションを選んだので、その点は別だが。

「なんだここ」

「お風呂。さっさと入って泥やら落としてよ。おまけにあんた達汗臭いし」

「誰のせいだと……なんでもない」

 勇者はぼやくが、睨んでもない女の目線に言葉を引っ込めた。魔王は珍しげに視線を其処彼処に向けている。

「一般人、なんだこれ?」

「ボディソープ」

「こっちは?」

「シャンプー。こっちは髪に使いなさいよ」

「これは?」

 興味深そうにあちこちを引っ掻き回すの魔王の矢継ぎ早な質問に、女は非常に面倒くさい顔をした。

「顔用パック。二人に説明するの面倒だから一緒に入んなさいよ。狭いけど、立ったままなら二人くらいいけるから」

「ふ、二人でか?」

「そうよ、停戦協定結んでるんでしょ?」

「…………」

「…………」

 じっとお互いを見る勇者と魔王。

 つい数刻前まで相手の心臓を抉り出してやらんばかりの勢いで、死闘を繰り広げていた。その相手と一緒に風呂。剣を振るう鍛え上げられた勇者の体と、引き締まった魔王の体。どちらも肥満体ではないが、入れば体が触れること間違いない。

 非常に嫌そうな顔で勇者は言った。

「冗談ではない。俺は嫌だぞ」

 頬を膨らませ、駄々をこねるように魔王がそっぽを向いた。

「我も嫌だ。いくらなんでも勇者となんて」

「家主命令」

「あいわかった」

 その言葉にころっと態度を変えた魔王はちょこちょこと服を脱ぎだした。

 本気かと顔を顰める勇者に女は視線を投げかけ、入れと促した。

 睨み返す勇者と視線が合う。

「……」

「……」

「…………」

「…………」

「……………………」

「……………………」

「…………………………分かった」

「よろしい」

 無言の攻防も女の勝利で幕を閉じた。

「よし。とりあえず一般人」

 勇者が女に向き合った。

「なに」

「脱がせろ」






「………………」

 女は半眼で勇者を見つめ返した。

「入浴の世話をしろといっているんだ、さっさと脱がせろ。聞こえないのか? ああ、ついでにこの服も繕っておけ、お前のせいで解れた。本来なら、お前のような一般人に世話などさせたくないが、仕方がない、特別に許す」

 まるで小さな子供のような仕草で勇者は右手を女に差し出し、顎で促す。

「ああ、カーランの香油はあるか? 俺はあの香油でないと肌が痒くなるんだ。無かったら何かで代用しろ。そうだ、着替えも忘れずに用意しろ。シルファン素材の服はあるか?」

 動かない女に催促するように、再度掌を差し出す。

 女はその掌をじっと見つめ、ふーっと紫煙を吹いた。

 ぽりぽりと頭を掻くと、

「うおぁっちぃっ!!」

 徐にその掌にタバコをきゅっと押し付けた。無論火など消えていない。一瞬だったが熱いものは熱い。真似してはいけない。

「何をするんだ!? 熱いじゃないか!!」

 慌ててふーふーと息を吹きかける勇者に、女はシャワーから水を出し頭から浴びせる。

「冷たい!」

「自分で脱げ!」

「何を言う、下の者が世話するのが当たり前だろう!」

「ここは高級サロンじゃないし、あんたの世界じゃない! 風呂くらい自分で入れ!!」

「目が開けられない! 髪が洗えない!」

「大の男が偉そうにすんな!」

「背中なんぞどうやって洗うんだ!」

「あんたどこまでアホなの!?」

 びしょ濡れになった勇者が喚き、女が怒鳴り散らす。

「一般人! 我は一人で脱げたぞ!!」

 その騒ぎの横でちょこちょこと服を脱いだ魔王は、どうだと両手を広げる。

「あーっそう、褒めろってか。っていうかフルチンで威張るな!!」

 ふっと目を伏せ、魔王が妖しい流し目を女に向ける。

「ふっ、照れているのか? 可愛いところもあるではないか」

 長く美しい右手の人差し指で、女の顎をすっと撫でる。

「ねじ切られたくなかったら黙れ」

 その言葉に手を引っ込め、魔王はさっと両手で股間を隠した。

 女の目は本気だった。




 しゃあああと、暖かいお湯がシャワーヘッドから降り注ぐ中、勇者と魔王は背中合わせで黙り込んでいた。ひたとお互いの肌が触れるたび、小突くは抓るわの攻防は繰り広げられるが、先ほどまでの容赦ない攻撃とは違い、密やかに行われていた。騒げば間違いなく裸のまましばき倒される。

「停戦協定だ。それをゆめゆめ忘れるな」

 ぜいぜいと息を乱す中、勇者が言った。

「忘れぬとも。我らの世界に戻るまでは」

「……戻れるのか?」

「…………分からぬ」

 ずーんと空気が沈む。

「だが、このまま一般人の言いなりになるのは御免だ」

「確かに、我とて癪だ…………しかし、あの一般人。やるといったらやるぞ」

 魔王は先ほどの女の本気の目を思い出したのか、ぶるりと身震いした。これまでの経験上、魔王の甘い睦言に惹かれぬ女などいなかったし、時には男も堕ちた。

 しかし一切の動揺も見せない女の言動に、羞恥心など感じられない。やるといったら、絶対有言実行なのは身をもって味わった。怒らせれば地の果てまで、異世界にまで追いかけてくるかもしれない。

 恐怖の魔王が、一般の女に対して恐怖を抱き始める。反対に勇者は納得いかない態度だ。

「散々人をこけにして……一度痛い目に遭えばいいんだ」

「我らが痛い目に遭ってきたぞ」

 ふんと勇者は鼻をならす。

「何を言う。俺達は勇者と魔王だぞ? 世界が違って多少不調なだけだ。本気を出せば、赤子の手を捻るように簡単だ」

「先ほどは完全に負けたが」

「負けてなどない。あれは偶然の産物だ」

「あれだけやり合ったのにか?」

「偶々、だ。そこでだ、魔王。作戦会議と行こうではないか」

「……作戦会議? あの一般人に仕返しでもするのか?」

「そうだ。このまま言いなりになっていては勇者の沽券にかかわる。先ほどまでは俺達は別々で戦っていた。だが、力を合わせれば、必ずあの一般人を倒すことは出来る」

「しかし、我はあまり手を出したくないのだが……」

「怖気づくのか? 魔王が。笑いものだな」

「戯け」

「それでは決定だ。って、動くな当たる!」

「仕方ないではないか、狭いのだから!」







「……よし、完璧だ。作戦は四つもあれば十分だな」

「では、作戦その一からだ」

「ああ、名づけて喜怒哀楽作戦。あの一般人に、自分の立場というものを思い知らせるときが来た」

「これで我らの身は安泰だな」

「もうあのような惨めな待遇とはおさらばだ」

「今度地に伏せるのはあちらというわけよ」

「ふっ、醜態を思う存分晒せばよい」

 これまで恐れられ、崇められ、奉られてきた勇者と魔王の身にとって、先ほどのまでの待遇は地獄でしかない。それも異世界の女、たった一人によって。

「…………魔王」

 まるで長い間苦楽を共にしてきた仲間に向けるような、慈しみの眼差しで見つめる。

「勇者ぁ……」

 まるで積年の願いが叶う瞬間が間近に迫っているような、焦がれる想いが胸のうちを満たし、こみ上げて来るものがある。

「…………何見つめあってんのよ、あんたら」

 いつのまにか風呂場の扉が開けられ、扉に寄りかかった呆れきった表情の女が二人を見ていた。

「やるんなら他でやってくんない?」

「……」

「…………」

 全裸で向き合い、熱い目で視線を交わしていた二人、そして密室。

「ぎゃ――っ! 勝手に開けるな!!」

 胸と股間を隠し、二人は叫んだ。

「うるさい、長いんだよ風呂が」

「変態! 痴漢だ!!」

「それはあんたらだ!!」







 女は身長が小さい訳ではない、どちらかというと、一般的日本人女性としては高い部類に入る。しかし、そこそこ体躯に恵まれた、それも男の着替えが二着も揃っているわけも無く。

「とりあえず、それくらいなら入るでしょ」

 白いTシャツと女が高校時代着ていたジャージを渡された。今では掃除などするとき着ていたため、些か汚れも付いている。

「……こんなもの着れるか」

 勇者は腰にタオルを巻いただけの状態で顔を歪める。

「着替えなんてあるわけないでしょ。タオル一枚で過ごすわけ? 別にいいけど」

「き、きついのだが……」

 魔王は何とか着ようとするが、サイズの合わないTシャツが中途半端な位置で引っかかり、どうにも出来ず呻いている。

「か、肩が外れそうだ」

「あー、はいはい。手伝ってあげるから。ほら、ばんざーい」

「うぶ」

「ほら、勇者。いいから、さっさと着なさい」

「くっ……!」

 だめだだめだ作戦開始はもう少し後だと己に言い聞かせ、屈辱に赤く染まった顔を顰めながら、渋々着替える。

「ふぅ……なんとか、着れた」

 お風呂に入り、着替え、さっぱりした顔の勇者と魔王。

「……ぷ」

 その姿を見て、噴出す女。もともとは女用の服。綺麗な美貌に似合うわけもなく、滑稽で、なにかの罰ゲームにしか見えない。その上長さは足りず、脛と引き締まった腹筋が出ている。

「あはははは、に、似合うわよ。でも出来るだけしゃがまないほうがいいわ」

「何故だ」

「男の半ケツなんて、見たくもないからよ」

 しゃがみ込んだら見えるのは確実だ。

「一般人、これは何だ」

「ああ、漢字よ」

「かんじ? 呪文か何かか?」

「そうよ。お腹が空いてくる呪文」

 ふーんと興味深そうに、魔王は自分の着たTシャツに書かれた字を見下ろした。

 そこには『焼肉定食』と書かれていた。



 知らないほうがいいこともある。






 一日目終了。





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