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第三話 白銀異境のプロローグ

「うっひゃー! すごいっすよ、これ全部本物です! 雪ですよ雪っ! 俺初めて見ました!」

「ちぃっと落ち着けやロロア……気持ちは分からんでもないがな」


 幌馬車から顔を出して身を乗り出す青年――ロロアは本来見れるはずのない光景に年甲斐もなくはしゃいでいた。

 辺り一面は雪で出来た白銀の世界。本来は緑豊かな森だったそこは、突如として現れたこの異常な世界に塗り潰されていた。

 原因は不明。3日ほど前に近隣の村から首都へ報告があり、急遽調査隊が結成された。

 だが、ここにいる彼らは調査隊ではなかった。


「ガイノの言うとおりだ。もしかしたら魔族の侵攻かもしれない。……まったく、姫様には困ったものだよ」


 リーダー格らしき女性が声を上げる。幌馬車に乗っているのは御者を除けば彼女を含め3人だ。

 彼らは王族親衛隊の3人。ここにいるのは忠誠を誓った姫君が発した言葉に起因する。


『へぇ……あんなところに雪が降ったの? じゃあ……行って調べてきなさい。何か面白そうな物があったら持ってきてね?』


 という軽いノリのものだった。

 金髪ショートヘアの女性――ユリアはこの気まぐれに言いようもない頭痛を覚えていた。

 それを見たガタイの良い男――ガイノと呼ばれた彼は豪快な笑みを浮かべて言う。


「なぁに、大したことは無いだろうよ。見る限りただ寒いだけだ」

「現れた当初はかなりの冷気を発していたらしいけどね……それこそ、魔物が息絶えるほど」


 確かにその通りだった。

 最初の頃は、近隣の村へも身を刺すような冷気が及んでいたのだ。

 幸いにして犠牲者は無し。家畜に幾分かの被害が出たのみに収まった。

 この辺りの雪をどければ、それこそ至る所に魔物の凍りついた死骸が見つかるだろうとユリアは考える。


「ロロア、そういやお前調査隊の連中と何か話してたじゃねぇか……何か見つかったとか言ってたか?」

「作成された周辺の地図を貰ったんですよ。そうそう、この異常気象って中心があるらしいっすよ」

「ほう?」「なんだと?」


 ガイノとユリアの二人はロロアが懐から取り出した地図を額をくっつけるようにして見る。

 そこには森の大まかな範囲と、ポイントごとの状況が細かに書き込んであった。


「ここからちょうど円を描くような範囲ではまだ雪が降っているそうですよ。調査隊は雪が収まってから調査に入るって言ってました――何が起こるかわかりませんからね」

「よし、中心に行くぞ」

「えぇ!?」


 ユリアの言葉に驚いたのはロロアだけだった。ガイノは当然といったように頷いている。


「隊長……何かいるかもしれないんですよ?」

「スノウドラゴンでも居れば近隣に被害が及ぶのは必至だろう。それなら、私たちが先に踏み込んでいたほうがましだろ? それに、何も居なければ堂々と大手を振って帰れるし」

「まぁ……そうっすね。何も居ないことを祈りますけど」

「んな心配すんな。いやしねぇよ……ただの異常気象だ」


 ユリアは馬を操る御者に目的地を伝え、そこに行くように指示した。






「うぉ、本当だ……雪降ってら……」

「確かに、こいつぁすげぇ」

「うむ……なかなか綺麗だな」


 彼らは三者三様の様子で歩く。ガチャガチャと、歩くたびに鎧が音を立てるがその音すらも白銀の世界に飲み込まれていくような錯覚を与える。

 彼らは不足の事態に対応できるよう馬車から降り徒歩で移動していた。

 異常気象の中心らしき場所まで一行はそう時間もかからずに辿り着いた。


 目の前に広がった景色に3人はほうっとため息をつく。

 決して広いとは言えないその空間は、それだけで一種の芸術にも見える。

 氷だ。木々の葉の一つ一つまで氷で出来ている。

 もとは緑豊かな泉だったであろうその場所は、たった3日で白銀の異境と化していた。

 そこは他に比べて異常なほどの冷気に満ちていた。

 耐寒防護の魔法具を身につけていなければ、体の端から凍りついていたかもしれないと彼らは身震いした。


 未だにしんしんと雪が降る中、『それ』に初めて気がついたのはロロアだった。


「た……隊長。俺、夢……見てるんですかね」

「……何を言っている?」

「どうしたロロア。寒さで頭イッたか?」

「あれ……」


 そう言ってロロアの指差した先、初めは何も変わらない光景だと思えたそこに、『それ』は在った。


「もしかして――女の子じゃないっすか?」


 半ば雪に埋もれるようにしてあった『それ』はまるで人形のようだった。

 本物の雪と変わらないほどに白く美しい髪と肌。

 とことん美を追求したかのような造形の顔。

 唯一違和感があるとすれば、それは兵士が着るようなコートを身につけていることだけだろうか。


「お、おいっ!!」


 真っ先に駆け出したのはユリアだった。

 雪に埋もれた人形のような少女を優しく抱き起こす。

 ユリアはその異常なほど冷えた体を検分する。

 心音は弱々しくも動いているようだ。だが、やはりというか目覚める気配はない。


「隊長……」

「心配するな、生きている……ロロア、お前は先に戻って調査隊に連絡だ。ガイノ、この子を頼む。一刻も早くこの森から連れ出して温かいところへ。私はこの子の手がかりがないか辺りを調べてから戻る」

「「了解!!」」


 こうして、姫の気まぐれによるこの調査は思わぬ拾い物をすることになった。

 この後、彼らは一向に目覚める気配の無い少女を連れて首都へと戻る。

 その少女こそが後に、歴史を語る際には欠かせない役者になると知らずに。

 絶対零度の異世界譚が、今――幕を開けた。

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