第一話 逃亡不能のバイオスフィア・1
『ブリーフィングを開始する』
『場所は旧世界連跡地、ニッドレイクの郊外。そこで建設途中の新型シェルター・バイオスフィア』
『現在、その施設がネオスの連中に制圧されている』
『問題なのはその施設が既に稼働出来る段階にあるってことだ。そのバイオスフィアはある新エネルギーを使用していて――正直なところ、暴走状態にされて自爆されたらどれだけの被害が起こるか予想出来ない。俺はざっと1億はくだらないと思うがね』
『というわけだ。君にはこれからこの施設を制圧して貰おうと思う。やつらも本気だ、ネオスの能力者連中も居るはずだが……やれるだろ? 健闘を祈る』
上空15000フィートの高度を鋼鉄の翼が駆ける。
一度に十数人を収めれそうな輸送機だ。だが今はその中にたった一人しか乗っていない。
それは一見しただけでは可憐な少女に見える。
否、どれだけ見つめようともそのイメージは覆らないだろう。
まるで人類の叡智をつぎ込んで造られたかのように整った顔。
雪のような真っ白な肌に、肌に負けず劣らずの真っ白な長い髪。
瞳はまるで氷のように光を反射する蒼。
背は160センチくらいだろうか。
ドレスを着ればダンスパーティーの主役を張れるだろうその子は、しかしてその身を純白のトレンチコートで包み込んでいる。
その両手には武器らしいものを持っていないが――まるで、戦地に赴く兵士のように見える。
事実、その通りだった。
『降下予定ポイントに到着』
コックピットからの通信に、少女は立ち上がる。
後部ハッチがゆっくりと開き、身を突き刺すような冷気が入り込んでも微動だにしない。
「オープンチャンネル」
少女から短く発せられたその声は、聞く者全てに凍てつくような印象を与える。
『作戦を開始しろ、レイン』
若い男性の声が響いたと同時、レインと呼ばれた少女はその身を虚空に投げた。
レインはこうして空を落ちるのは嫌いではなかった。
純粋に綺麗だということもあるが、何よりも開放感が良かった。
今は誰にも縛られていないと、錯覚することが出来る。
心地良さを感じている最中にも、地上は刻々と迫ってくる。
タイミングを見計らって、レインは能力を行使した。
キシキシと音を立てて空気中の水分が凝固する。
あっという間に、レインの背には巨大な氷の翼が展開されていた。
【零翼】その意思によって思うがままに動かせる翼は、人には有り得ない自在の飛行を実現する。
レインは豪快に翼を操り、速度を調整する。
新型シェルター・バイオスフィアの中央にレインは音もなく降り立った。
「……ん?」
異常を感知したのはその直後だった。
――音が無い。
話では能力者を扱うテロ集団ネオスが占拠していたということだったが、レインの体内に備え付けられた生体センサーには何の反応も示さなかった。
(……ジャミング、もしくはステルスか? ネオスにそんな技術があるとは思えないが……)
「マスター。何かおかしい……ネオスの連中が見当たらない」
通信で繋がっている先にいる自らの所有者にレインは事実を伝える。
しかし、返答は到底理解出来ないものだった。
『いや、おかしくない』
「……は?」
『何もおかしくはない。予定通り、今回のターゲットは到着した』
レインの全身が泡立つ。途轍もなく嫌な予感が身を苛む。
と同時に、施設全体が稼働音を響かせる。
新型シェルター・バイオスフィアは、薄い皮膜状のエネルギー体を作り出しそれで全体を覆うタイプのまったく新しいシェルターだ。
理論上、核の直撃でも100%揺るがないと言われたそれが、内と外を完全に隔離する。
本来は盾となるそれは今は檻となっている。即ち――
『もはや貴様の役割は終わった。命令だ【そこで、死ね】』
ターゲットはレイン。自分自身なのだと、レインは絶望した。
内と外の完全な隔離が完了する。
開発途中と言っていたが、それは予想以上の安定を見せていた。
実際は既に完成していたのかもしれない。
だが、それを気にしている暇がレインには無かった。
「よう、お久しぶりじゃねぇか……女王陛下ぁ?」
「あーあ、陛下は僕一人で殺したかったんだけどなー」
「愚痴を言っても仕方が無い――それにどうせ、貴方には無理ですよ」
「そうそう……4対1でも油断出来ないもの。ねー、絶対零度の女王陛下《フロストクイーン》?」
各組織が保有する、最強の戦力がレインの前に立ちはだかる。
「「「「さぁ、処刑の時間だ女王陛下!!」」」」
4つの刺客がそれぞれの意思を持って、女王へと襲いかかった。