一、プロローグ
「アイちゃん、ロス返しにきたよ。」
「あっマイロさん、ありがとうございます。手綱もらいます。またのご利用お待ちしてます。」
そう言って男性の手から馬につながれた手綱を受け取り笑顔で見送る。これが私の日常だ。
***
王都の西にあるベルナ領の城下に店を構える馬屋「灰馬楼」。元々は隣国との争いが激化していた頃に軍馬の世話をしていた人が争いが落ち着いた頃に店をおこし、今まで続いている。
現在はそういった争いもなく平和な町であるベルナの街では遠出や重い荷物を運ぶ時の運搬のために馬を貸していることが多い。
そんな店の店主アイリーンは今年で二十歳。黒く艶のある真っ直ぐ長い髪を頭の高い位置で結び、深緑の瞳を輝かせ毎日馬小屋で馬たちの世話をしている。
アイリーンは元々は王都の生まれだが両親の仕事の関係でベルナ領の隣りのセレナーデ領に移り住んで八年間暮らしていた。父と母はセレナーデ城で騎士として働いている。本来は中位貴族の次男だった父だが、爵位を兄が継いだため家門の持っていた爵位を継いで下位貴族となっている。
では、なぜ貴族令嬢であるにも関わらずアイリーンが働いているか。それは両親の反対を押し切って半ば家出のような形でセレナーデ領を去り、ベルナ領で働き始めたからだ。小さい頃から両親の乗っている軍馬の世話を買って出てそのついでに馬と遊ぶのが日課であったことも影響して特に馬が好きなアイリーンは両親に何度も馬に関係する仕事をしたいと話していた。両親ともその話を聞いて当然のように騎馬騎士になるものと思っていたがアイリーンは生憎そのつもりはなく馬屋で働きたいと思っていた。しかし、下位とはいえ貴族令嬢が市中で働くことをよしとしなかった。そして、彼女の意思を無視して騎士団への入団を独断で進めてしまったのだ。そのため、アイリーンは夜中人目を忍んで抜け出し愛馬のサラサに乗ってベルナ領へと渡ってきた。
彼女が家を出てから四年が経っているが、生家であるセドナ家が彼女を連れ帰らないのにはいくつか理由がある。
まず大きな理由としてはアイリーンがセドナ家の三女であること。彼女には二人の姉がおり、長女はすでに婿養子を取って息子をもうけている。次女は格上の高位貴族に嫁いで妊娠中であったためさすがに死んだりはしないだろうとたかをくくり放置していた。それに同時期に婚約者であるライエルも家から出たとの知らせがあったからだ。
セドナ家の当主でありアイリーンの父、リアム・セドナは「年頃の娘が家出など...」と頭を抱えていた。
これは俗に言う駆け落ちというものだから。




