外伝「狐の生まれた日」第6話
「あれほど弱った涼子様は、初めて見ました」
壁にもたれかかり、茶を飲んでいた早見がぽつりと言った。
「ああ、早見は初めてでしたか」
椅子に腰掛け、夜中だというのに早見に焼かせた大振りなチキンステーキを頬張る時子が答えた。
「涼子さまは時々、あの夢を見るのです。それも何度も、同じ夢を。その夢を見た時は、ひどくうなされておいでですから、もしわたくしより先に早見が気づいたら、起こして差し上げなさい」
「わかりました。しかし、同じ夢を何度も、ですか?」
「ええ。なんでも、誰もいなくなったひまわり畑の中で、自分ひとりが何百年も生き続けている、とかいう剣呑な内容だそうで」
早見の眉間にわずかに皺が寄った。
「それは……確かに涼子様なら、有り得る未来、なのでしょうか。しかし何度も、というのは気になりますね」
「早見、貴方が気にすることではありません。夢は夢です」
大きな肉塊を綺麗に食べ終えた時子は、ナプキンで口元を拭いながら言った。
「“未来予知”などという能力は、さすがの涼子さまにもありませんよ。ですから、あれはただの夢です。職務を全うしなさい、早見。我々の任務は、涼子さまを不安にさせないこと。いいですね?」
「……そうでした。わかりました」
「よろしい。お代わりです、早見」
「まだ召し上がるのですか?」
「ええ。代謝が良いので」
早見は肩をすくめると、台所の方へと向かって行った。
ひとりになった時子は、早見に淹れさせた紅茶を口に含むと、目を閉じた。
高木涼子。
時子が生涯の主人と定めた、唯一の存在。
高木涼子は、出会った当時から、とても強い人だった。
それまでひとりでやってきたという自負も、制御しきれない能力を前向きに受け入れようと努力する姿勢も、どれも、強かで自立した個を感じた。
だからこそ、どこか危なっかしくも。
放っておけなくなってしまったのだ。
この人は本当にひとりなんだ、と、わかってしまったから。
時子はしばし目を閉じ、開くと、小さく呟いた。
「我ながら人の良いことです」
終




