外伝「狐が生まれた日」第5話
「それで、結局時子様はお話を受けたわけですか」
「そうですねえ」
早見の問いかけに、時子は食事を続けながら少し間を置いて答えた。
「話しているうちに、すっかり毒気が抜かれてしまったと言いましょうか。なんだか馬鹿馬鹿しくなったのですよ、自分のそれまでしていた仕事が」
「まあ。そんな風に思っていたの? 初耳だわ」
「言っておりませんでしたからね」
時子は話しながら、空になった茶碗蒸しの器を重ねた。夜中だというのにもう三つ目だ。
「それまでわたくしのしていた仕事は、なんというか、わたくしでなくともできることばかりでしたから」
「ふうん。じゃあ私のところでメイドをやるのは、そんなにやりたいことだったの? 私が言うのもなんだけど」
「ま、気まぐれにございますよ。他にやることもありませんでしたし。ですがまあ、今は……」
「今は?」
「不思議と悪くない気分ですわ」
「あら。不思議ね」
「ええ、とっても」
「お二人が楽しそうで何よりです。お茶のおかわりはいかがですか?」
「ありがとう、早見。でもお茶の時間はおしまいよ」
「かしこまりました。……いえ、まさか涼子様」
「早見、諦めるのです」
食器を片づけ始めた時子が、早見の言葉をさえぎって言った。
「貴方は何か肉料理でもこしらえてきなさい。涼子さま、ワインでよろしいですか」
「ええ。赤とスパークリングの白を持ってきてちょうだい」
「やはりこうなるのですか」
そう言った早見は、諦めたようにかぶりを振り、軽く息をつくと、席を立った。
「たまにはいいじゃないの。みんな大人なんだから」
やはりこうなるのですか、だなんて。相変わらず早見は有能だ。
やっぱりふたりを雇って正解だった。
「早見、揚げ物はやめてね」
「かしこまりました」
「今夜は楽しくなりそうですわ。次は早見の話ですわね」
「それはどうかご容赦いただけると……」
「そういうわけには参りませんよ。わたくしの女スパイ時代の恥ずかしいお話をこれだけたっぷり聞いたのですから、次は早見の番です」
「あら、今の話に恥ずかしいところなんてあったの?」
「ありましたとも。あのとき涼子さまを仕留め損ねたこと、この時子、プロとして唯一失敗した仕事ですわ」
「あらあら、それは残念だったわねえ」
思わず笑い声が漏れてしまった。聞いていた早見がため息をついた。
「おふたりとも、物騒なお話はやめてください」
「ふふ、いつものことじゃない。この子とはこういうコミュニケーションなのよ、昔からね」
「そうですとも。早見はまだまだです」
「存じておりますよ。では支度をして参ります」
「ええ、お願い」
立ち上がる早見と時子を見て、自然と自分の口角が上がってしまう。
「今夜はふたりと一緒に居たいわ」




