プロローグ
秋の残暑も、三日も続くと季節を忘れそうになった。
今が何月何日なのか定かではないが、季節外れの真夏日が少なくとも三日は続いている。このまま山の中を放浪していればいずれは二人とも行き倒れるだろう。暑さでぼんやりとし始めた頭でわたしは考えていた。
「ねえ希。のど渇いた」
横を一緒に歩く金髪の少女は胸元にぱたぱたと手で風を送りながらぼやいた。
「……わたしもだよ、ドロシーちゃん」
最後に水を飲んだのはいつだっけ。
わたし、明智希も、いつも来ている上着を脱いで腕に抱え、少しでも暑さをしのごうとしていた。なるべく日陰を歩きながらではあるが、それでも重い足取りで延々と続く森の中を歩いていく。
わたしたち二人がかつて“籠”と呼ばれた施設を脱走してから数日が経過していた。
もともと施設に入る前の記憶はない。自由のない日々は日常で、外の世界がこんなに広いことも出るまで知らなかった。それでもわたしは、ただ外に出たかっただけだった。
「ねえ希」
「なあに、ドロシーちゃん」
「今って夏?」
「秋だよ、ドロシーちゃん」
みんな今頃どうしているだろう。近くの街で旅の準備をしてからそれぞれのしたいようにするということで一緒に脱走した収容者仲間とは別れたものの、自力で生きていけるか一番心配されたペアがわたしたちである。
わたしは十七歳で、ドロシーに至ってはまだ十四歳だ。
このご時世に十代の女の子が二人旅なんて何かと危険がつきまとうに決まっているのだが、ドロシーのおかげで身の安全くらいは確保されていた。
とはいえここ数日の暑さは、秋の旅支度をしていたわたしたちには不意打ちだった。
無事に次の街に辿り着けるかそろそろ心配になってきた。
「ねえ希」
「なあに、ドロシーちゃん」
「なんか音がする」
音?
耳を澄ましても、セミの声がうるさいばかりで特に変わった音はしない。
秋なのにどうしてセミが鳴いているんだろう。暑さで頭がうまく働かない。
「この音聞いたことあるよ。この前橋を渡ったときも聞こえた」
ドロシーは今まで進んでいたのとは別の方向を指差して言った。
「あっちから音がする」
「何の音?」
「わかんない」
わたしが尋ねても、ドロシーは疲れた顔で首を振るばかりだった。
「ちょっと様子見てみるね」
わたしはその場で足を上げ、空中に一歩を踏み出した。そこに本当に階段があるように、疲れた足にえいやと気合いを入れると、実際に空中を一段登ることができた。
「それ楽しそう。あたしもやりたい」
「ごめんね。これ自分でしかできないの」
一段、また一段と空中を登っていき、近くの木のてっぺんを越えるくらいで空中に停止する。
「あ! 川が見えるよドロシーちゃん!」
「かわ?」
「水が飲めるってこと!」
「みず!」
ドロシーはすぐさま音のする方に向かって走り出した。俄然元気の出たわたしも空中を駆け降りていく。
ドロシーはわたしと違って、生まれた時から隔離棟に入れられていた。だから籠の外の世界のことをまったく知らず、川に水が流れる音もこの前橋を渡ったときが初めてだったのだ。だから何の音か言えなかったのだと思う。
わたしは走るドロシーを追いかけながら、密かに決意した。
これまでまともな教育を受けられなかったドロシーに、いろんなことを教えてあげたい。いろんなものを見せてあげたい。
二人でいろんなものを見よう。そのためにあの籠から出たのだから。




