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恋人が病んだ_監禁された_とんでもないことになった

 僕の名はジミーと言います。

 魔法学校に在籍する学生です。


 先だって清い交際を始めました。

 相手はバニー・ポッターという、美人でイカれたお姉さんです。




 バニーは魔女学校に通っている才媛です。

 学年主席にして、学生でありながら魔法薬学の権威。

 魔女学校の広告研究会が主催する『ミス魔女学校コンテスト』で、ぶっちぎりの首位に輝いた美貌の持ち主です。


 ほか、「学校年鑑作成委員長」という肩書を。

 さらに、「闇購買部取締役補佐」とかいう肩書も。


 もっと言えば、「風紀委員会の監視対象者」「校内指名手配犯」「ボーイフレンドは今すぐ逃げて。超逃げて」とかいう……いや、掘り下げるのはやめましょう。

 これ以上は誰も幸せになりません。




 僕らの交際の始まりは、彼女からの一目惚れがきっかけでした。

 それだけなら甘酸っぱい思い出なのですが、バニーが初対面の僕に感度3000倍になる魔法薬を飲ませようとした事実が、甘酸っぱさに強烈な雑味を混じらせます。


 初手から最終手段を使ってきたあたりに、彼女の非凡さが透けて見えます。

 そう、彼女は非凡です。

 常識知らずの所業に、常識外れた美貌と才能。

 そんな非凡な才媛が、僕なんかのどこに惚れたのか?



「あんた、惚れた理由を追求しなきゃ恋愛すらまともにできないの? ウケる」



 さて。

 今、僕の目の前で、憎たらしい美貌の女が僕に憎たらしい笑みを向けています。

 彼女の名はロニ。

 僕の彼女であるバニーの親友で、僕の姉です。


 そう、姉!

 ああ、呪わしい響きの言葉!

 弟の人権を当然のように簒奪し、奴隷の如き扱いをする悪鬼!




 この日は休日でした。僕はロニに連行されました。

 なんでも「バニーとの仲の進展が聞きたい」とのことです。


 姉が命じれば、弟に拒否権はありません。

 拒否すれば酷い目に遭います。

 十数年に及ぶ人生で、そのことは十分に思い知らされました。




 学校の近くにある魔法使いたちの村の一角。

 通りに面したお洒落なカフェテリアで、僕はクソ姉とのティータイムを強要されています。嬉しくない。今すぐ逃げたい。


 通りすがりの皆様が「うぉ、すっげえ美人」とか言って、何やらロニに見とれていますが――「チッ、彼氏持ちかよ」と吐き捨てたそこの貴方。その目は節穴ですか?



「で、バニーとはどーなのよ」



 ロニが周囲の視線や喧噪を無視し、ニヤニヤしながら僕に問いかけてきます。

 その笑顔誉れ高い。ぶん殴ってやりたい。

 それができない自分が情けなくて、ちょっとやさぐれた返答になります。



「どうって、別に」

「は? あーしにそんなクチ利いて良いと思ってんの?」



 ゲシッ。

 魔女のブーツによる物理的干渉が僕を襲いました。痛い。

 ロニは僕の足の甲を苛み、言うのです。



「この前バニーがさぁ、あーしに向かって『義姉ねえさん』って」

「えっ?」



「あーしもさぁ、親友が義妹になるなんて複雑だけど、まぁ焚きつけた責任ってのもあるわけで? いい加減あーしも覚悟を決めなきゃ的な?」

「待って待って。まだ僕らは学生だから。っていうか当事者の僕が意思表示してないのに、どうして勝手に姉さんが覚悟決めてるのさ?」



「あんたの意思なんて知ったこっちゃないんだけど」

「ひどい」



 僕は今、泣いていいと思う。 



「そもそも、僕らの仲を姉さんが焚きつけたって初耳なんだけど⁉」

「バニーが欲しがってたから親友価格で斡旋したの。不服?」

「もう僕が売られたこと自体は諦めて受け入れるけどさぁ……」



 せめて弟の人権くらい、定価で捌いてほしかった。



「安心しなって。あんたが思っているよりも高値で売れたから」

「本当? 銀貨何枚くらい?」



 せめて銀貨3枚くらいで約定していてほしいな。

 でもそれを口にすると「自惚れんな」って蹴られそうだし……。



 悶々としている僕。

 するとロニが優しげな声になります。



「プライスレス」

「え?」

「バニーの笑顔はプライスレス。金貨でも換算できないほど価値あるものでしょ?」



 その言葉で、僕の脳裏に恋人であるバニーの笑顔が鮮やかに浮かびます。

 彼女に逢いたい。

 僕の頭にそんな想いが渦巻き、鼓動が速くなります。

 そんな僕の胸の内を見通したらしいロニが、そよ風のように笑いました。


 悪魔も天使のように笑えるんだ、と僕が呟いた瞬間。

 えげつないローキックが僕の足を襲って、僕は悲鳴を上げるのでした。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 そんな出来事があったのが昨日の話。

 今、僕は見知らぬ部屋で椅子に座らされ、両手両足を縛られ監禁されています。



「ジミーが悪いんだよ」



 僕を拉致して拘禁した下手人が、涙声で主張しています。

 その人物はバニー・ポッター。

 可憐で危険な恋人です。


 思い返せば、なんとも鮮やかかつ大胆な犯行でした。

 いきなりバニーに手紙で呼び出されて、指示された場所に行ったら、ペストマスクを着けて待ち伏せているバニーがいて。


 なんとなく嫌な予感が、いや、予感というよりは確信があって、逃げ出そうとしたら意識を失って。

 たぶんバニーがあの場に気化した魔法薬を巻き散らかしていたんでしょう。

 手加減ってものを知らないのか。


 で、目が覚めたらご覧の有様です。

 なんの恨みがあってこんなことをするんだい、バニー?

 


「私の耳が高性能なのは知ってるでしょ? ジミーが昨日、綺麗なお姉さんとデートしていたって噂を偶然拾っちゃって」

「うん」

「それで、それでっ……誰かに取られるくらいなら、もう監禁しちゃうしかないかなって……っ!」



 それでこの状況ですか。

 いやはや、噂の真偽を確かめる前に監禁する奴がいますか?

 居ますね。僕の目の前にいます。バニーです。



「えっとね、誤解だよ。昨日僕がお茶していた相手は、僕の姉さんだ」

「ロニとジミーはデキていたの……っ⁉」

「その誤解は許さないよバニー」



 なにが悲しくて、あんな根源的破滅招来体とデートしなきゃいけないんだ。

 そもそも僕にはもう素敵な恋人がいるのに。

 ……まぁ、その素敵な恋人に監禁されているんだけど。



「っていうか、この部屋は一体何なのさ。見たこともない部屋だけど」

「ここは魔女学校の敷地内に隠された『秘蜜の部屋』だよ」



 なんだその胡散臭い部屋は。



「別名『〇〇〇しないと出られない部屋』」

「想像以上に碌でもない部屋だった」



 そもそもそんな部屋が本当にあるんでしょうか。

 頭に疑問符を浮かべる僕に、バニーは部屋の一角を指さしてみせます。

 僕が目を向ければ、そこには大きな骨が。



「だ、大蛇の骨?」

「たぶんバジリスクの骨だよ」



 バジリスク。図鑑で見たことがあります。

 とても大きくて強くて凶悪な大蛇で、魔法界の動植物の生態系の上位に位置する生き物。


 その鱗は魔法を弾き、その目には死の力が宿るとか。

 そんな危険な生き物が、この部屋では巨大な白骨を晒しているのです。



「どんな強大な力を持つ生き物も、〇〇〇できなければこの部屋から脱出はできないの。飢えと渇きに苦しみながら、みんなああなっていくの」

「そんなおぞましい部屋にどうして僕をさらったのさ」

「だって、ここなら誰にも邪魔されず、ずっと一緒になれるもん」



 バニーが、縛られている僕の身をぎゅっと抱きしめます。

 彼女の体が微かに震えていることに気づきました。



「ずっと一緒だもん……離さないもん……」



 僕は彼女を見つめました。

 彼女も僕を見つめてきます。

 彼女の瞳には底なし沼のような情念が宿っており、僕の意識を引きずり込もうとしてきます。



 僕の意識が飲みこまれれば、このまま彼女とずっと二人きり。

 この閉ざされた世界で僕の人生が終わります。


 ――それでもいいんじゃないか?

 そんな気の迷いを起こさせるくらい、壊れそうな今のバニーは綺麗でした。

 そして、そんな感想を抱く自分に心底呆れます。自ら破滅を願うなんて。


 ああ、どうやら僕は。

 自分が思っているよりずっと、バニーに惚れているようです。


 でも。

 僕の慕情を捧げた相手だからこそ、バニーの生涯をこんなところで閉ざしてはいけないんです。


 愛ゆえに彼女が僕との破滅を望むなら。

 僕は愛のために彼女の破滅を打ち破らなければなりません。



「だけど僕、縛られているしなぁ」



 そこが問題でした。

 やる気はあっても、打開の方策がないのです。

 魔法を使うための杖も、監禁のついでにバニーに没収されているようですし。


 と、そこに。



「治療させろ……」



 不気味な声が響きました。

 次の瞬間。


 ズドン!


 強烈な衝撃波が部屋の空気を震わせて、閉ざされた世界であったはずの部屋の壁が破壊されます。

 開けられた風穴から、白衣をまとって聴診器を下げた男が現れました。



「治療させろ なあ ヤンデレだ! 病んでいるのだろう⁉ なあヤンデレだろ おまえ」



 そう叫びながら男は背負っているメスを手にします。

 メス……メス? おそらくメスのはずです。

 男の背中では隠し切れないほどに巨大な刃であるという点にさえ目を瞑れば普通のメス……いや、サイズ感もそうだけど、形状もなんだかおかしいな。


 そう。

 それはメスと言うにはあまりにも大きすぎました。

 大きく分厚く重く、そして大雑把すぎました。

 それは正に鉄塊だったのです。


 そして、おそらくその鉄塊で。

 どんな者も脱出不能とうたわれた『〇〇〇しないと出られない部屋』……もとい『秘蜜の部屋』の壁を容易く破壊しました。


 この時点で、彼の実力はバジリスクよりもはるか上。

 多種多様な生物界といえども、もう彼を打倒できる可能性がある生物と言えば、ドラゴンくらいしか思い浮かびませんが……彼はおそらくドラゴン相手でも勝つでしょう。

 そんな確信を抱かせるくらい、彼の放つ気迫は強烈です。



「ヤンデレめ……こんな部屋に閉じこもり、我ら『やみ祓い』の探知を逃れたつもりか……この世の全ての病みは、我々『免許無き医師団』に駆逐されるためにある……絶対に逃がさん……」



「病祓いだって⁉」

「免許無き医師団っ⁉」



 僕とバニーは驚きました。

 病祓い。かつて世界中に蔓延るあらゆる病気を駆除するために医者たちが組織した暴力執行部隊です。


 その中でも特に過激な一派――過激すぎて政府から医師免許を取り上げられてなお病の根絶を諦めず、あらゆる犠牲を払ってでも病みを撃滅しようとする絶滅主義者が集ったのが『免許無き医師団』だと聞いています。

 

 危険さゆえに政府から解散を命じられると、政府相手に牙を剥いたという狂気の軍団。

 最後は、一人の生真面目な官僚によって壊滅させられたとも聞きました。


 その一員だと名乗る医者(?)が、禍々しい気配を纏って目の前にいます。

 これはなかなかの恐怖です。

 しかし待てよ。これはチャンスでもあるのでは?



「あ、あの! とりあえず助けてください!」



 縛られている現状を打破したく、僕は助けを求めました。

 拘束を解いてもらえれば、僕が事態の収拾をつけられます。

 ところが。



「助ける?」



 医者は無機質な目線を僕に向けてきます。



「助ける……だと? 助けるも何も、お前は縛られている以外は健全そのものではないか」

「縛られているっていう一点だけで、だいぶ不健全な状況だと思うんですけど⁉」



 どうしよう。僕は気付きました。

 この人、僕の体にしか興味がないみたいです(医者的な意味で)。


 そしてもう一つの気付き。

 僕の目の前の男は、共有できる常識がないということ。

 彼の場合、倫理や利害の前に「病みという概念そのものに敵対する」という行動原理があって。

 病みと戦うためなら何もかもを踏みにじれる人なのです。そう感じました。



「病んでいない奴には用がない。俺が治療ころすのは、病んでいる奴だけ。そう、病んだ愛(ヤンデレ)の女……貴様だ」



 医者は巨大なメスの切っ先をゆったりとバニーに向けます。

 バニーの顔からは血の気が引いていました。


 魔女学校の不世出の天才と呼ばれた彼女に、気迫一つでここまで怯えをもたらすことができるなんて。

 戦いが始まる前から、僕は相手の力量を思い知らされます。



「健全なる胸に健全なる恋心が宿る。逆に言えば……健全でない恋心を宿す胸は健全でないということだ。健全でない胸には病巣が宿っている。その病巣を骨ごと抉れば治猟は完了だ……」



 彼の本意は治療じゃなくて、治猟。

 患者をやすのではなく、患者をる。

 バニーの胸を抉ることが己の職責だ。

 そう医者は言うのです。



「くっ……」



 狙われたバニーは杖を取り出し、詠唱を始めます。



「ダーク・ラ・インバ・グ・チェーンフォール・テ・アナザ……」 



 ん? ちょっと待って。

 この詠唱は……まさか⁉



「暗黒魔法――『ダークメシアネオ』!」



 バニーの杖の先端から放たれた闇の力。

 それがまっすぐに飛んで医者に命中すると、大爆発を引き起こしました。


 僕は目を剥きます。

 バニーが使ったのは暗黒の上位魔法。

 通常魔法を弾いてしまうバジリスクのような人外生命体に使うべき魔法であって、その威力は対人を想定していません。


 僕はバニーの攻撃に驚きました。

 そして、爆炎のなかから聞こえてくる笑い声を聞いて、更に驚かされます。



「クックック……いい魔法だ。練り上げられている。戦闘力だけで言えば助教……いや、講師レベルと評してもいい」



 ギュオン!


 強烈な音がしました。

 バニーの魔法が産んだ爆炎が消し飛ばされ、中から医者が現れます。

 信じられない。彼はまったくの無傷です。



「だが准教授以上のメス捌きならば、これしきの魔法は容易く弾ける」

「そんな、私の闇魔法が……っ⁉」

「驚くのはここからだ。見せてやろう、教授クラスの執刀術というものを!」



 彼はメスを大きく振りかぶって、勢いよく振り下ろしました。

 僕らと彼の間にはかなりの距離があります。

 間合いを詰めることのない振りは、素振りのようにも見えました。


 しかし素振りではありません。

 僕の認識が甘かったことを、すぐに理解させられました。



「っ――‼」



 バニーが慌てて防御魔法を詠唱します。

 青白い防壁が僕らの前に一瞬だけ展開し、すぐに消し飛ばされました。


 その衝撃で僕もバニーも大きく後ろに吹き飛ばされます。

 僕はイスに縛られていたのですが、床にたたきつけられた衝撃で僕を拘束していたイスそのものが破壊されました。



「正中切開――医者の基本技だが、医道を極めた教授クラスならば究極の奥義にもなりうる。不可視の斬撃を飛ばし、軌道上のあらゆる病みを患者ごと穿つ」



 そう告げてくる医者の声が、どこか現実感なく僕の耳で反響します。どうやら頭を打ったようで、視界がグラグラです。

 なんとか視界のピントを合わせて――僕の横で倒れるバニーを見つけました。


 フラフラの状態で立ち上がろうとする彼女。

 だけど医者はバニーに立ち上がる余地を与えず、2撃目を放とうとしています。


 次の一撃で、バニーの人生が手折られる。

 そう思った瞬間、僕の頭の中に火花のような感覚が弾けました。

 相変わらず視界は不明瞭ですが、やることは明瞭です。

 僕はバニーの前に立ちました。



「じ、ジミー……?」

「君は僕が守る」



 僕の背後で、彼女が息をのみました。

 僕の眼前で、医者が鼻白んだような声を上げます。



「病んだ者を守るのなら、お前も治猟対象だぞ?」

「構いません」



 本音を言えば、めっちゃコワイ。

 だけど僕にとっては、バニーを喪う恐怖の方が大きかったのです。


 僕の足を奮い立たせたのは、勇気ではなく臆病さ。

 等身大の自分はとても矮小。

 こんな奴がヒーローであるはずもない。


 でも。

 いいじゃないか。

 ヒーローじゃなくたって、惚れた子を守りたいんだ。そう思えました。



「ならば我が奥義で病みごと両断してやろう……『帝王切開エクスカリバー』!」



 メスが光り輝き、光が命を刈り取る形を作って、僕たちに迫ります。

 眩く、熱く、全てを焼き尽くしそうな光。

 生涯で一番の光量が眼前に炸裂しています。


 これが『帝王切開エクスカリバー』。

 医者の本気。病みを祓うという業の集大成。

 バニーが無事であることを祈りつつ、僕は光の奔流に呑まれて――

 


「……馬鹿な」



 医者の声がします。



「この輝きは、俺の執刀によるものではない――っ⁉」



 そして、場を照らし上げていた光が安定したものになっていきます。

 その光は僕の体を包んでいて――あれ、光っているのは僕?



「くっ……体内から発する魔法力で、俺の執刀を弾いただと?」



 眼前で医者が目を見開いています。



「教授クラスの執刀を真正面から無傷で……こんなことができるのは、世界広しといえども病院長クラスの医者のみのはず……お前にその才能が?」

「才能とかはよく分かりません。この状況も理解していません。だけど」



 僕は言葉をためて、ありのままの気持ちを吐き出します。



「僕はバニーを護ります。だって僕は、彼女が好きだから」

「…………っ!」

「だからお願いです。退いてください」



 医者は苦々しい顔をして、嚙み締めた派の隙間から唸るような言葉を漏らします。

 次の瞬間、彼はその巨大なメスで自分の手首を切りました。

 流れ落ちる血をメスにべったりと塗りたくり、己の執念を刀身に染み込ませた彼は、渾身の構えを取ります。



「……次の一撃で何もかも一切合切決着する。眼前に病みを放置して、何が医者か⁉ 何が病祓いか⁉」



 彼の中で『免許無き医師団』としてのヒロイックな覚悟が定まったようです。

 次の一撃は、おそらく彼の全身全霊のもの。

「もうここで終わってもいい」――そんな覚悟が生み出す究極の執刀術。



 圧倒的なりょくを誇るメスを前に、僕は不思議と落ち着いていました。

 背後から呼びかけてくる声があります。バニーの声です。

 彼女が近くで無事にいる。

 その事実が、僕に確かな力をくれます。



「ジミー、ごめんね。これ……」



 バニーが僕の隣にならび、僕に杖を渡してきました。

 僕の杖です。

 監禁される時に没収された杖が、僕の手に戻ります。


 不安げな彼女の顔。

 僕はにっこりと笑います。

 大丈夫。少なくとも僕は。君が隣にいるのなら。



「もう一度だ。僕らの力を合わせよう」

「……うん!」



 バニーがようやく笑いました。

 バニーひとりの魔力では及ばなかった難敵。

 今度は僕がバニーの傍にいます。

 二人で一緒に、今度こそ!



「ダーク・ラ・インバ・グ・チェーンフォール・テ・アナザ……」 

「プ・リズム・フォーレ・ストボーム……」



 僕らは魔法の詠唱を始めます。

 声と心を一つに合わせて、今。



「「いっけぇええええええええええっ‼」」



 僕たちは渾身の力を込めて魔法を放ちました。



「全ての、闇に、鉄槌をぉぉぉぉぉっ‼」



 医者としての覚悟を込めた最終攻撃が、僕らの魔法とぶつかり合い。

 そして――




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「被疑者逮捕」


 今、僕らの目の前では警官隊が大勢います。

 無数の青が、一つの白を取り囲んで、魔法の手錠がかかる音がしました。


 最後の激突の後。

 場に立っていたのは僕らの方でした。

 僕らはそのまま通報し、今の状況に至ります。



「くくくくく……」



 連行される直前、拘束された医者と僕らの目が合います。

 医者は不敵な笑いを浮かべて、僕とバニーに向けて唇を歪めます。



「今日のところはお前たちの勝ちだ……それは認めてやろう……」



 だがな、と彼は続けるのです。



「これで終わりだと思うなよ……いいか、覚えておけ……我々『免許無き医師団』は不滅だ……この世にやみがある限り、我々は何度でも蘇る……何度でも、何度でも、な・ん・ど・で・も!」



 刻み込むように告げて、彼は警官隊に連行されていきます。

 僕の横にいるバニーが、胸の前でぎゅっと手を握っています。

 彼が再び現れたら――そんな想像が彼女を怯えさせたのでしょう。


 僕は彼女の手を取って、両手でそっと包み込みます。



「大丈夫だよ、バニー」

「ジミー……」

「その時はまた、僕が守ってあげるから」



 今はまだ、頼りない僕だけど。

 それでもバニーを守りたいという想いだけは、誰にも負けないつもりです。


 ちょっと気恥ずかしいセリフを頑張って僕が言うと、バニーは晴れやかな微笑みをもって、僕の背伸びに報いてくれたのでした。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 その6日後のこと。

 僕の姿は、学校の近くにある魔法使いたちの村の一角にありました。

 例によって、場所は通りに面したお洒落なカフェテリア。

 僕はティータイムの真っ最中です。そして眼前にはよく知るロニの美貌。



「噂じゃ、あんた魔女学校に侵入したみたいじゃん」

「魔女学校のなかに連れ去られたんだよ。知ってるでしょ?」



 相手のからかいに、僕は肩をすくめて応じます。

 信じられない濡れ衣だよ、まったく。



「で、今日のお茶とスコーンはご馳走してくれるってことでいいんだよね?」

「まー、あーしもバニーを守ったあんたには報いなきゃって思ってね」



 ならばと僕は、近くにいたウエイトレスさんにスコーンのお代わりを頼みます。

 前に目を向けなおすと、いつになく真剣な表情で見つめられました。



「あんたさ、『バニーと自分は釣り合わないかも』とか言ってたわけじゃん?」

「まぁね」

「まったく我が弟ながらボンクラめ。バニーに相応しくないような男を、あーしがバニーに斡旋するわけないじゃん?」



 そう言って、ニヤリと彼女は笑います。



「自信持ちなって。あんたはずば抜けた魔力と、優しさを持っている。バニーの相手としてふさわしいよ。あーしが保証してあげる」

「どうも」

「それとも何? 男として自信がないの? だったら、あーしが練習相手になってあげようか?」



 目の前のロニが蠱惑的な表情になりました。

 誘うような目つきを受けて、僕はため息を吐きます。

 そして言うのです。



「まだ疑ってたの? 僕はロニとは本当に恋仲じゃないよ、()()()

「……え?」

「変身薬でロニの姿になっていることは見抜いているよ」

「…………」



 真っ赤な顔をした目の前のロニが、小さな薬瓶を取り出します。

 それを飲むと、ロニの姿が一瞬にしてバニーに代わりました。

 あの薬瓶は魔法薬の力を打ち消す薬が入っていたようです。



「……ねぇ、ジミー。いつから気づいてたの?」

「バニーがロニの姿で僕の目の前に現れて、お茶に行こうと言った時から」

「はぅう……最初から見抜かれてたんだ……」



 バニーがさらに赤面しています。

 うん、すっごくかわいい。



「でも安心したぁ。やっぱりロニとは恋仲じゃなかったんだね。ロニの姿での誘惑にジミーが応じていたら、また監禁しなきゃだもん」



 うん、すっごく怖い。

「監禁」って選択肢が生活に入り込んでいるのが、僕の彼女です。



「……ちなみに、さ。なんで気付いたの?」



 もじもじしながらバニーが聞いてきます。



「それはもちろん、僕がバニーを見間違うことなんてないからさ。例え薬で変身していたとしてもね」――なんて本音、言えません。



 うん、無理です。

 気恥ずかしすぎます。


 確かに『秘蜜の部屋』での戦いでは、死を覚悟させられた場でのテンションで、気恥ずかしくなるような言葉を自然に並べていた僕ですけれど。

 素面の今となっては、こんなセリフは恥ずかしすぎます!


 だけど、この問いに無言で返すのは流石に不誠実。

 僕は照れ隠しから、本心とは別の言葉を口にしてしまいます。



「……本物のロニの気配がしなかったんだよ。本物のロニっていうのは、もっとこう悪辣なオーラを帯びていて、僕から時間と財産をむしり取ることを生きがいとする鬼か悪魔、あるいは――」


 そこまで僕が喋った時、パイを乗せたお皿を手にしたウエイトレスさんが、笑顔で近づいてきました。



「お待たせしました。ご注文の品でございます」

「えっ? 僕が頼んだのはスコーンで――うぶぉ⁉」



 刹那の犯行でした。

 ウエイトレスさんが僕の顔面に、パイ皿をぶつけてきたのです。ナンデ⁉



「なっ、何をするんですか⁉」



 僕が目元のクリームをぬぐってウエイトレスさんを見ると。

 ウエイトレスさんはバニーの手元にある薬瓶を手に取って。

 そして瓶に残る液体を飲み干したのです。


 すると。

 ウエイトレスさんの姿が変化します。


 現れたのは、根源的破滅招来体です。つまりはロニ。

 僕の姉です。今の僕が最も会いたくない相手でもあります。


 誤算でした。

 この見目だけは麗しい悪魔ときたら、バニーの企てを事前に聞かされていたらしく、ならばと変身薬でウエイトレスに化けて潜り込んでいたようです。



「あんた、あーしのことそんな風に言うんだ。ふーん」



 ふーん、の響きは実に平坦です。

「言い訳するならしてみたら? どのみち殺すケド」という意思が透けています。


 気づけば僕は絶望の淵に立たされていました。

 医者との戦いで発現してくれた膨大な魔法力も、何故かこの状況においては僕の中に眠ったままで、僕を守ろうとしてくれません。

 まさか僕の魔法力は、恋愛事のみ反応するクソ仕様なのでしょうか?



「覚悟、できてるよね?」



 ロニが陰の差す笑みを浮かべながらそう言って。

 次の瞬間、僕の絶叫が響き渡るのでした。

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― 新着の感想 ―
本作も最高でした 秘蜜の部屋とか、免許なき医師団とかにセンスを感じます あと、官僚時代のキマジメさん出てきてちょっと嬉しい。
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