スカイランドの夢
今度の夢は高所恐怖症の人はご遠慮ください。薫&葉裏
私は夢の仕切り直しがしたかった。だって、今の夢はひどすぎた!
もう一度眠りたいし、頭もぼんやりしてるし……。
私はスノードームに手を伸ばして、雪が舞うようにゆっくり回す。
目を閉じると、まぶたの裏に色とりどりの光がきらめき、どこからかオルゴールの音が流れてきた。
あれ、何て曲だったかな? ……うーん、思い出せない。
それからしばらく、私はたぶん眠っていたと思う。
そして――いつの間にか、夢の中にいた。
「わぁーっ!」
小さな子どものはしゃぐ声で目が覚めた。
隣の椅子の上に立った、五歳くらいの女の子が窓の外を指さして歓声をあげている。
あれ?ここはどこ?
私は窓際の席から身を起こして、あたりを見回した。
座席がずらりと並び、乗客はまばら……どうやら飛行機の中みたい。
しかも、がっつりエコノミー。
旅客機なんて一度しか乗ったことないけど、これはその感じにそっくりだ。
女の子が見ていた窓の外が気になって、私もそっと覗いてみる。
その瞬間、目を疑った。
空中に、島が浮かんでいる。しかもけっこうでっかい。
「間もなく、スカイランドの上空を通過します」
機内アナウンスが流れた。「着陸場がないため、降下はパラシュートとなります」
……え?
私はちょっと笑ってしまった。
いやいや、いくら夢でもパラシュートで降りるなんて無理でしょ?
そう思っていたら、スッとCAさんが現れて「搭乗券を拝見します」って。
私はまるで前から知っていたみたいに、鞄の中からそれを差し出した。
「スカイランド行きですね。それでは、こちらで降りていただきます」
「え、え、えぇぇええっ⁉ 無理無理無理!」
首をブンブン振ったのに、なぜかどこからともなくたくさんのCAさんたちがわらわらと現れて、私を担ぎ上げて運び出した。
気がついたら、パラシュートを背負わされてた。
「良いですか? 白い建物がタライくらいの大きさになったら、この紐を引っ張ってください。遅れたらだめですよ。では、どうぞ」
バンッ!
足元の床が開いた。
「きゃああああああああっ!」
私は空に放り出された。島が近づいてくる……でも、まだ建物は“お皿”くらい。ダメだ、まだ引けない。
ああ、体が回ってる!どこ向いてるかわからない!
タライ、タライ、タライって、どのくらいの大きさだっけ!?
あーもう、ええい、引いちゃえ!
パッと視界が開けて、風が変わった。パラシュートが開いたみたい。
私はふわりふわりと島の上に降りていく。
しぼんだパラシュートを引きずりながら、白い建物の前にたどり着いたとき――
「あなたが新しい司書さんね」
出迎えてくれたのは、年老いた女の人だった。
「これで私は引退して、のんびり畑を耕せるわ」
私は思わず訊いてしまった。
「この島を出るときは、どうやって出るんですか?」
彼女は、なんともあっさりした口調でこう言った。
「何を言ってるの? 入ることはできても、出るなんて無理よ。島の下は海だし」
……その瞬間、私は心の底から思った。
ここ、マジで夢であってくれ。
私の目の前に広がるのは、島の半分ほどを占めるほど大きな白い建物。宮殿か神殿かと思うような荘厳な外観。でもこれ、図書館なの?
図書委員の経験もない私が、いきなり“司書”に任命されたらしい。冗談でしょ? 正面玄関をくぐると、小さな羽のある生き物たちが飛び交っていた。虫かと思えば――人の形をしている。妖精、なの?
「ようこそ、新しい司書さん」
「司書さん、ようこそ」
「ようこそようこそようこそ――」
ああ、もう、声をそろえて何度も言わないで! 頭がぐるぐるする!
図書館の中は、十階建てのビルも入りそうな天井の高さ。壁じゅうがすべて巨大な本棚で、その間を妖精たちが飛び回っていた。本がひとりでに宙を飛んでいるように見えるほど、彼らは小さい。
「司書さんの仕事は、わたしたちのやることを見守ってくれれば良いの」「見守ってくれれば良いのよ」「良いのよ」
妖精たちは楽しげに宙を舞いながら口々にそう言った。
見上げると天井近くまで本棚がそびえ立ち、妖精たちはその間を縫うように飛び回っていた。梯子もなければ、長い脚立もない。あったとしても、登るのは怖い。
(上の方なんか点検できるわけないじゃん……高いとこ、苦手なんだから)
……いや、見守れって言われても! 上の本棚なんか雲に隠れてるし、ハシゴもないし、どうやって点検するのよ!
「お嬢様、ご心配なさらないでください」
声がして振り返ると、そこには翼の生えた一角獣――ユニコーンとペガサスのハイブリッド?!
「わたくし、司書様専用の執事・セバスチャンでございます。どうぞ“セバス”とお呼びください」
そう言って、セバスさんは私を背に乗せ、空中をすいすいと飛び始めた。
(この夢、最初から飛行機でパラシュート降下とかあったけど……高所恐怖症の人には向いてないよ、ほんと)
「お嬢様は妖精たちに本の整理を任せて、お好きな本を探して自由にお過ごしになればよろしいのです」
(でも、お腹すいたなあ……)
「お嬢様、お任せください」
セバスさんは近くに飛んでいた妖精に指示すると、お菓子のことが載っている絵本を持って来させた。
本を開いた妖精たちがおいしそうなお菓子やティーセットがあるテーブルの絵のページを開く。
「魔女妖精のピョンキー、こっちに来て」「ピョンキーこっちに来て」と誰かを呼んだ。
すると黒い三角帽を被ったいたずらっぽい笑顔を浮かべた妖精が飛んで来た。
持っていたワンドをそのページに振るうと、あら不思議。目の前に本物のテーブルが現れ、お菓子やティーセットも出て来た。
その代わり本のページは真っ白になった。
「お気になさらずに代わりの本は補充しておきますから」
いつの間にか私はおしゃれな部屋の中でテーブルセットの椅子に腰かけてマグカップから紅茶を飲んで、クッキーやショートケーキなどのお菓子を食べていた。
(あれれ、いつのまにかあのお菓子の代わりにポテトチップとか草加煎餅に変わっている。ま、良いか)
それに妖精たちも等身大のギャル風のお姉さんたちに変わって、一緒のテーブルに同席して勝手におしゃべりしてお菓子をボリボリ食べているし。なにこれ、夢の混沌?
そこへ妖精が慌ててやってきて、私たちに言った。
「大変だよ! 魔女妖精のピョンキーが、またいたずらしてる!」
駆け込んできた妖精の声とともに、図書館の中を動物たちが走り回り、魚が空中を泳ぎだした。
「どうやら動物図鑑と魚類図鑑を開いたようですな」
セバスさんはユニコーンの姿に戻り、現場へ急行。私は追いかけようとしたけれど、ギャル妖精に引き止められる。
「ねえ、欲しい本、ないの?」
「えっ?」
「ここには置いてない本はないのよ。あんたが欲しい本も必ずある筈。捜して持ってきてやろうか?」
「え……あるけど……これから受ける受験問題とか……」
「おっけー。すぐ持ってくる!」
そして彼女は、小さな妖精サイズに戻って飛んでいった。
そのころ、セバスさんは悪戯好きの魔女妖精ピョンキーをガラスケースに閉じ込めて帰ってきた。
「どうなさいます? このまま焼却炉に入れてしまいますか?」
ケースの中で、魔女妖精ピョンキーが上目遣いで私を見つめていた。
「それは可哀そう……なんとか他の方法で……」
「では、お嬢様専用の“奴隷”にいたしましょう」
パチン、と音がしてガラスケースが消えた。額に奴隷紋がつけられた魔女妖精は、飛び上がると私の掌の上に跪いて言った。
「この命、尽きるまでお仕えします」
するとそこへギャル妖精が、巨大な本を抱えて戻ってきた。
その表紙にはこう書いてあった。
『全国公立私立高校入学試験の問題と解答』
私は自分が受験する高校の問題を夢が醒める前に見ようと急いでページをめくって捜した。
あった!
ところが私がその問題をみようとしたら、字が泳ぎ出して浮かび上がった。
そしてゴチャゴチャに混ざって丸まって黒い塊になった。
その塊を両手に持ったピョンキーが私に向かってささげた。
「はいご主人様、これがおいりようだったのですね。とりだしておきました」
私は絶望した。
「それじゃあ、読めないじゃないの!」
セバスが言った。
「やはりこいつは焼却炉に……」
セバスがそう言った瞬間、世界は闇に包まれた。
睦月が眠る枕元で、静かに回るスノードーム。
その中には、また新しい夢が――。
次はどんな夢でしょう? 睦月はあの夢に辿り付けるでしょうか?