29.
そろそろガーデンパーティーが終了するので、今日帰国予定の賓客たちが国王に挨拶をしている。そんな中、ハルヴィオン侯爵は落ち着かない様子で時折一定の場所に視線を向けていた。誰かを待っているようだ。
「ハルヴィオン侯爵」
だから、意外な人物が目の前に現れた時に驚愕の表情を浮かべた。
「おっ! 王太女殿下!? なぜここに……」
「どうしました? 私がここにいるのが不思議ですか?」
首を傾げるセレーネにハルヴィオン侯爵は動揺を隠すように笑顔を取り繕う。
「い、いえ。先ほど急いで王宮に戻られたようなので……」
「急ぎの用件でしたが、もう終わりました」
セレーネが頷くと、ハルヴィオン侯爵の前に黒づくめの装束を着た男が引きずり出された。その男は後ろ手に手枷をはめられ、口元には猿ぐつわをかまされている。
「これは……我が家の家令ではありませんか? 何故このような仕打ちをなさるのですか!?」
「ハルヴィオン侯爵、そのまま動かれませんよう」
ハルヴィオン侯爵が家令を助け起こそうと身を屈める前にローラントがけん制をする。助けるふりをして口封じをする可能性があるからだ。
「ドレンフォード卿! 何をしているのです? その者はハルヴィオン侯爵家の家令ですよ。即刻拘束を解きなさい!」
騒ぎを聞きつけたフローラが家令の拘束を解くように命令をするが、ローラントは首を横に振る。
「この者はセレーネ王太女殿下を暗殺しようとしていました」
「何ですって!? お姉様! 誠なのですか?」
フローラは真偽を確かめるようにセレーネに問うた。
「誠です。そしてこの者に暗殺を命令したのは貴方ですね、ハルヴィオン侯爵?」
毅然とした態度で尋ねるセレーネに視線を移したハルヴィオン侯爵はくくくと含み笑いをする。
「何を仰います。証拠はあるのですか? 王太女殿下」
「証拠はあります。ローラント」
ローラントは家令の猿ぐつわを外すと、何やら彼に囁いた。
「先ほど自供したことをもう一度この場で話せ」
家令は諦めたように項垂れると自供を始めた。
「全ては旦那様……ハルヴィオン侯爵に命じられて実行いたしました。始めは賓客に供される肉の重量偽装、花火の爆発。ここまでは王太女殿下に失態を演じさせて失脚の口実を作るためでした。ですが、全て失敗に終わると次第にエスカレートしていきました」
建国祭が始まる前からセレーネの失脚を企む陰謀は始まっていたのだ。花火の爆発は人為的だと予想していた。だが、セレーネとローラントは家令に自供させた時に肉の重量間違いが陰謀の始まりであったことに驚いたのだ。ミレーヌの助けがなければ、失態としてハルヴィオン侯爵に糾弾されていたかもしれない。
家令の自供が続くと、冷静を装っていたハルヴィオン侯爵の表情がどんどん曇っていった。
「舞踏会でシャンデリアを落下させたのも、先ほど王太女殿下に矢を射かけたのも、全てはハルヴィオン侯爵の命令でございました」
緊急の用件があるとローラントの名前でセレーネを呼び出したのは、ハルヴィオン侯爵の罠だった。しかし、何か仕掛けてくるだろうと予想していたセレーネは敢えてその罠に乗ったのだ。女神エステルの加護を受けているセレーネにはいかなる攻撃も通じない。だから、矢がセレーネに命中する前に砕けたのだ。
「家族の命を盾に取られて命令に背くことができなかったのです! お許しくださいとは申しません。わたしはとうに覚悟はできております。ですが、どうか家族の命だけはお助けください! 王太女殿下!」
家令は涙を流しながら、家族の命乞いをする。王族の弑逆は重罪だ。未遂だとしても極刑は免れない。場合によっては一族郎党処刑ということもあり得るのだ。
「ハルヴィオン侯爵。シャンデリアには貴方の魔力の痕跡が残っておりました。殿下がシャンデリアの真下に来た時に落下するよう、魔力操作をしていましたね?」
ハルヴィオン侯爵は魔力操作の才能が飛び抜けている。正確に魔力を操ることが上手いのだ。花火を爆発させたのも侯爵の仕業だ。巧みに魔力操作をして炎上させたのだ。
「証拠は揃っているのですよ、ハルヴィオン侯爵。まだ申し開きがありますか?」
黙したままのハルヴィオン侯爵にセレーネが問いかける。
「嘘よ! 伯父様がそんなことをするはずがないわ! そうだわ。お姉様がわたくしを貶めようと伯父様を犯罪者に仕立てているのね?」
これだけ証拠を突きつけているというのに、フローラが的外れなことを言い出すのでセレーネが窘めようとした時だ。
「くくく。どこまでも愚かな娘だ」
「伯父様?」
それまで黙していたハルヴィオン侯爵が口を開く。
「偽物の王女だとしても、もう少し賢ければ女王となれたかもしれぬのにな」
「え? 偽物の王女? わたくしが? え? どういうことですか? 伯父様」
明らかに動揺しているフローラをハルヴィオン侯爵は嘲笑う。
「何だ? 知らなかったのか? お前は……」
「黙れ! ハルヴィオン侯爵! それ以上フローラを愚弄することは許さぬ!」
それまで事の成り行きを見守っていた国王がハルヴィオン侯爵を恫喝する。
ハルヴィオン侯爵がセレーネの暗殺を企んでいることは、既に国王には告げてあった。自分の手で自供させたいとセレーネに頼まれた国王は事の成り行きを見守っていたのだ。
だが、ハルヴィオン侯爵がフローラを偽物の王女と口走ったのを聞いた国王は咄嗟に止めに入った。
「お前は国王の実子ではない! アンジェラがどこかで拾ってきた子供だ」
「黙れと言っておる!」
国王はハルヴィオン侯爵を殴る。殴られた衝撃でハルヴィオン侯爵はその場で倒れた。
「そ……そんな……嘘だわ。わたくしがお父様の子ではないなんて……」
フローラはふらふらとした足取りでその場にくずおれる。
「ふ、ふふふ。おかしいとは思わなかったのか? なぜお前に王位継承権がないのか?」
口から流れる血を袖で拭きながら、ハルヴィオン侯爵はなおもフローラを嘲笑う。
「嘘よ! いや! もう聞きたくない!」
「フローラ!」
耳を塞ぎ、泣き叫ぶフローラを国王が抱きしめる。
実はハルヴィオン侯爵の言ったことは真実なのだ。フローラの母アンジェラは里帰り出産をしたのだが、生まれた王女は死産だった。だが、我が子の死を受け入れられないアンジェラは家を飛び出し、我が子を探してさまよい歩いた。たまたま捨てられていた子供を見つけたアンジェラは我が子が見つかったと喜び、家に連れ帰ったのだ。フローラと名付けた子供を可愛がるアンジェラを不憫に思った当時のハルヴィオン侯爵夫妻は、出産に立ち会ったわずかな者に一生遊んで暮らせるだけの口止め料を渡した。自分たちはこの秘密を墓まで持っていくことを誓って……。
「その調子だと陛下はご存じだったようですね?」
射殺さんばかりに自分を睨みつける国王をもハルヴィオン侯爵は嘲笑う。
アンジェラは死の間際、フローラが実子ではないことを国王に懺悔したのだ。国王は真実を知ってもなおフローラを我が子として可愛がったが、一つだけ譲れないことがあった。それが王位継承権だ。いかに我が子として可愛がろうとも、正当な血統ではないフローラには王位継承権を与えることはできない。
だから、罪滅ぼしにいずれフローラには良い嫁ぎ先を見つけてやるつもりでいた。そしてその秘密は墓まで持っていくつもりでいたのだ。
「この痴れ者! いい加減にせよ。フローラは我が妹だ。王族の血統を汚すなど許されぬ。衛兵! この者を捕らえよ!」
凛としてハルヴィオン侯爵を糾弾したのはセレーネだった。
例えフローラが国王の実子ではないとしても、王女として育ってきたことは事実だ。多少わがままではあるが、フローラは王族たらんとしていた。それをあからさまに否定するハルヴィオン侯爵にセレーネは腹が立ったのだ。
「お、お姉様……」
「セレーネの言うとおりだ。其方は誰が何と言おうと余の子だ」
「お父様……」
ハルヴィオン侯爵は狂ったように笑いながら、衛兵に連れていかれた。これから牢につながれ、取り調べの後、裁かれるだろう。
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