28.
舞踏会の翌日、招待客たちへの詫びを兼ねて急遽王宮の庭園でガーデンパーティーが開催された。
帰国予定の賓客や予定がある貴族はそのまま王宮を辞したが、大半の招待客はガーデンパーティーに参加したのである。
「昨日の奇跡は素晴らしかったですな」
「わたくしはシャンデリアの破片で腕を切ったのですが、奇跡のおかげで跡形もなく消えましたの」
「王太女殿下に感謝ですな」
立食形式のガーデンパーティでは、昨日の舞踏会でセレーネが起こした奇跡の話題で盛り上がっていた。
「何よ。お姉様ばかり……」
どこへ行ってもセレーネの話題ばかりでフローラは面白くなかった。奇跡を目の当たりにしても、フローラのセレーネに対する態度は変わらない。
「フローラ殿下」
隅で一人佇んでいるフローラにハルヴィオン侯爵が声を掛けた。
「伯父様。ごきげんよう」
「浮かぬ顔をされていますね。せっかくの可愛らしいお顔が台無しですよ」
「だって、皆様お姉様の話ばかり。つまらないのですもの」
フローラが拗ねたように頬を膨らませると、ハルヴィオン侯爵はふっと笑う。
「今に面白い事が起こるかもしれませんよ」
「え?」
「いえ。こちらの話です。それではフローラ殿下。また後でお会いいたしましょう」
他の貴族に挨拶するために去っていったハルヴィオン侯爵の姿をフローラは首を傾げて見送った。
挨拶にやってきたキリアン・オーランドにセレーネはカーテシーをする。
「オーランド大使。昨日は危ないところを救っていただきありがとうございました」
「いや。昨日の奇跡はすごかったな。あれが女神エステルの力というわけか?」
「はい。ところでオーランド大使も魔法が使えるのですか?」
昨日、シャンデリアが落下する寸前、キリアンは一瞬の間に場所を移動していた。ただ身体能力が高いだけでは不可能な技だ。
「まあな。グラキア大陸では魔法を使える者はほとんどいないが、祖母がこちらの大陸出身で魔法が使えたので遺伝したらしい」
グラキア大陸では魔法を使える者が少ない。リンドベルム王国のように女神エステルを信仰している国では魔法を使える者が多いのだ。
(隔世遺伝というやつね。きっと髪の色もお祖母様譲りなのね)
「そうなのですか。ところで昨日の話の続きですが……」
キリアンの素性を本人に尋ねたところ、騒ぎが起こったので答えを聞き損なってしまったのだ。
「ああ、そのことか。大体検討がついているのではないか?」
「……まあ、そうですね」
セレーネなりにいろいろと推測してみたところ、とある人物に行きついた。おそらく推測は当たっているだろう。
「ところで婚約者殿は今日はいないのか?」
「ローラントには急ぎの仕事を任せています。まもなくこちらに来るかと思います」
昨日、ローラントとシャンデリアを調査したところ、人為的に手を加えた箇所に魔力の痕跡が残っていたのだ。ローラントにとって魔力の痕跡を追跡することなど造作もない。追跡したところ、意外な人物に辿り着いた。今、ローラントは裏付けをとっている最中だ。
「そうか。婚約者殿と良い国を築くのだな。其方はきっと立派な統治者になる」
「立派な統治者はともかく、この国を実り豊かな国にしたいと思っております」
(特にお米が豊かに実るように女神エステルにお祈りしないとね)
キリアンへの答えは立派だが、セレーネの心の中は不純な動機でいっぱいだった。
ガーデンパーティーが中盤に差し掛かった頃、緊急の用件があるとローラントに呼び出されたセレーネは執務室に向かっていた。中庭に面した回廊を渡っている時、ひゅっと風を切る音がする。どこかからか放たれた矢がセレーネ目がけて飛んできたが、直前で弾かれ砕けた。
矢を放った人物はなぜ直前で矢が砕けたのか理解できなかったが、一矢だけでセレーネを仕留めれるとは思わず、次の矢を番える。だが、番える直前に不意に首を羽交い絞めにされて弓矢を落としてしまった。
「殿下! 取り押さえました!」
「よくやったわ! そのまま拘束して!」
矢は回廊の二階から飛んできたので、セレーネはそこまで走って移動する。
「ローラント、その手枷変わっているわね」
ローラントが変わった手枷を取り押さえた人物につけているところだった。こちらの世界では拘束する道具として板の手枷を使う。だが、ローラントが使っている手枷は手錠に似たもので周りに文字が刻まれているのだ。
「簡単に外せないような魔法錠ですよ。魔法使いの塔が開発した魔道具です」
取り押さえた人物は何とか手枷を外そうともがいている。
「無理に外そうとしない方がいい。力任せに外そうとすると手首が落ちる魔法文字を刻んである」
それまでもがいていた人物はピタリと動きを止めた。セレーネも思わず身を震わせる。
「何ていう恐ろしいものを作るのよ。魔法使いの塔の連中は……」
「研究熱心な者が多いのです。さて、そろそろこの方の素顔を見せていただきましょうか」
黒い装束を身に着けている人物の覆面を剥ぎ取ると、初老の男の顔が露わになる。
「この者は!?」
「まあ、たまに見かける顔ね。では黒幕は決まりね」
暗殺者の類かと思われたが、セレーネを襲撃した人物は知った顔だった。
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