27.
舞踏会は騒ぎのため中止となり、招待客たちには王宮内に部屋が用意された。
セレーネはローラントとともに自室に戻り、ミレーヌにお茶を用意してもらった後、人払いをした。
「どういうことか説明してもらってもいい?」
「俺の知る限りで構わないか?」
「それでいいわ」
ローラントからは敬語がなくなり、口調がすっかり前世の彼氏である凪のものになっている。
「結論から言うと、この世界は『エステルの戴冠』とは違う世界だ」
「えっ! どういうこと? だって私たち小説の登場人物よね?」
「正確には『エステルの戴冠』のスピンオフの物語だ」
そこからローラントこと凪は語り始める。
『エステルの戴冠』の作者はこの物語を書き終えた後、小説の出来に納得がいかず、全く違う視点で物語を書き始めた。それがこの世界なのだ。
「スピンオフがあるなんて知らなかったわ」
「そうだろうな。発表されなかった作品だから」
「どんな物語なの?」
「セレーネ。つまり君が主人公の物語だ」
小説の一部の読者に人気があったセレーネを主人公にした全く別物と言えるこの物語は、世間に発表されることはなかった。
「そのスピンオフは世間に発表されなかったのよね? どうして貴方は知っているの?」
「その作者と交流があったからだ」
凪は前世で作家だった。在宅ワークをしながら、作家業も兼ねている兼業作家だ。
とある作家同士のオフ会で『エステルの戴冠』の作者と知り合い、交流が始まったらしい。ちなみにその作者は男性だ。
「ある日、彼にこの物語を発表したいから、出版社に持ち込む前に原稿を読んでほしいと頼まれたんだ」
「それで原稿を読んだの?」
「いや。最後まで読むことはできなかったよ」
「どういうこと?」
セレーネことレナは眉を顰める。彼が小説をラストまで読まないなどあり得ない。どのような小説であろうと必ず全部読むのが彼の主義だからだ。
「俺たちが……死んでしまったからだ」
「えっ?」
その日、レナの仕事が終わるのを待ってデートをする約束をしていた。待ち合わせの場所で預かった原稿を読んでいると、彼女が息を切らせながら小走りでやってくる。
『あんなに走らなくてもいいのにな。まあ、レナの性格だと言っても無駄だろうな』
凪はレナが自分のもとに辿り着くのを待っていたが、もう少しというところで突然閃光が走り、気がつくと倒れていた。閃光の正体は雷だ。近くに雷が落ちて凪は感電したのだった。
(レナは?)
視線をさ迷わせると、レナは近くに倒れていた。だが、彼女の体からは煙が立ちのぼっている。雷が直撃して身体を突き抜けたのだ。当然即死だった。
「……レ……ナ……」
凪の意識もそこで途切れたので、おそらく死んだのだろう。
ようやく自分がどうして死んだのか知ることができたレナはショックを受けた。
「まさか……雷に打たれて死んだなんて思わなかった。たぶん即死だったのよね? だから死因を思い出せなかったのかしら?」
「それは分からない。だけど即死の場合はこれから死を迎えるという自覚はできないんだろうな」
レナの体が小刻みに震えているので、凪は彼女の隣に座り自分の方に引き寄せる。
「ショックだよな」
「……うん。ねえ、凪は最初から前世の記憶があったの?」
「いや。皮肉なことに雷に感電して思い出したんだ」
「どういうこと?」
ローラント・ドレンフォードとして二十年過ごしてきた凪だったが、あの運命の日、前世の記憶を取り戻した。
運命の日――。
セレーネが雷に打たれて前世の記憶を取り戻した時だ。
「えっ! あの場に貴方もいたの?」
「ああ。君を探して中庭に来た時に雷鳴が聞こえた」
中庭で叫びながら泣いているセレーネを見て、ローラントは咄嗟に駆け出した。凄まじい雷鳴が轟いた直後、閃光がセレーネを貫き、自分も雷に感電してしまったのだ。
ローラントはすぐに意識を取り戻したが、今度は割れるような痛みの頭痛が襲い、前世の記憶が一気に流れ込んできた。
「体は少し痺れていたが、動くことはできた。そして、目の前で倒れている君の姿が目に入った」
「じゃあ、もしかして蘇生処置をしてくれたのは貴方なの?」
「いや。気を失っていたが、君は生きていた」
すぐに助けを呼ぼうと周囲を見渡したが、人の姿はない。
セレーネの脈を確かめると正常に心臓は動いており、規則正しい呼吸をしていた。このまま自分がセレーネの部屋まで運んでも大丈夫そうだが、万が一ということもある。近くにいる人間を探し、宮廷医を呼びに行かせた方がいいとローラントは判断した。
だが、近くに人の姿はなくローラントが再びその場に戻った時、セレーネの姿は消えていたのだ。回廊には騎士たちが何人かおり、セレーネが倒れていたので部屋に運ばれたという話をしていた。
ローラントはセレーネが救助されたことを聞き、ひとまず安心する。
「ローラントが助けてくれたのに、貴方の名前が出なかったのはそういうことなのね」
「ああ。安心はしたがちょっと後悔したんだ。自分の手で君を運びたかったから」
「ねえ。凪はどうして私だと分かったの?」
先ほど確信していたように日本語で前世の自分の名前を呼んだ。つまり凪はセレーネがレナだと分かっていたということだ。
「……分かるよ。どんな姿になっても君がレナだと分かった」
凪はレナを抱き寄せる。小説の世界に転生してもレナと再び会うことができた。もう二度と失いたくはない。今度こそはレナを幸せにするのだ。
「私ね。記憶を取り戻した時に貴方と二度と会えないと思って悲しかった」
「だけど、会えただろう?」
「うん。生まれ変わっても貴方に会えてよかった」
二人は見つめ合い、凪の……ローラントの顔がゆっくりと近づいたので、レナは……セレーネはそっと瞳を閉じる。やがて二人の唇が重なった。しばらくの間、互いの温もりを確かめあうようにしっかりと抱きしめ合って……。
◇◇◇
甘い時間が流れていたが、ずっとそうしているわけにはいかない。
「さあ、ローラント。犯人捜しをしないといけないわ」
「お気づきでしたか?」
シャンデリアを釣っていた鎖には落下するような細工がされていた。不自然な細工は明らかに人の手に寄るものだ。
「それでシャンデリアはどこに転移させたの?」
「そこです」
ローラントはバルコニーを指差す。バルコニーに続く窓を開けると、落下したシャンデリアがそこにあった。
「何でここに転移させるのよ! 片付けが大変でしょう!」
「安全だからです。調査が終わったら、跡形もなく片付けますのでご安心ください」
シャンデリアを調べるためにローラントは転移をさせたのだ。
「貴方、本当はこの物語の結末を知っているんじゃないでしょうね?」
疑いの眼差しをセレーネが向けるので、ローラントはにっこり笑う。
「序盤しか読んでいないので知りません」
「怪しいわね」
「本当ですよ。それに……この物語の主人公は貴女ですよ、セレーネ。主人公は必ずハッピーエンドです」
「…………」
中には後味の悪い結末の物語がある。『エステルの戴冠』はハッピーエンドだったが、スピンオフがそうだとは限らない。バッドエンドでないことをセレーネは祈った。
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